第43話 黒幕の名前
「……何の騒ぎだ?」
呼ばれて訪れたアレンは、姫様とギルバートを連れ、開かれた扉から室内を覗き込んだ。
床には、俺が放り出したままのディートリヒ殿下。周囲には騎士が立ち、逃げ出せないよう囲んでいる。
そして机の上には、押収した魔道具が置かれていた。
その異様な光景を順に眺めたアレンが、わずかに眉を寄せる。
「……随分と派手にやったねえ」
「アレン! この魔道具と同じ物で間違いないか、確認してくれ!」
陛下に急かされ、アレンの視線が机の上へ向いた。
「ギルバート」
「はい、師匠」
呼ばれただけで意図を察したらしい。
ギルバートは姫様から離れ、魔道具の前まで歩み寄った。
手に取ることはせず、表面の紋様や刻まれた術式を静かに確認していく。
その横顔には迷いがなく、ほどなくして小さく頷いた。
「……こちらは岩山付近で使われた魔道具と同じ物で間違いありません」
その言葉が落ちた途端、室内の空気が変わった。
誰も声を上げない。
だが、先ほどまでとは違う緊張が室内に満ちたのが分かる。
「ほお……。アーバン、これは誰が持っていたんだ?」
声音はいつも通りだ。
だからこそ怖い。
アレンが本当に腹を立てている時は、大声を出しはしない。
むしろ、妙に静かになる。
……これは駄目なやつだ。
ギルバートも同じことを察したらしい。姫様を促し、さり気なく数歩後ろへ下がっている。
賢明な判断だ。
「そちらのディートリヒ殿下です」
宰相がしれっと答える。
これまで影のように静かにしていたくせに、ここぞとばかりに口を挟んできた。
そういえば、宰相は第二王子に随分と苦労させられていると聞いたことがある。
日頃の鬱憤を晴らすつもりではないだろうな。
「な、な、なぜ同じだと分かるんだ! まだ調べてもいないだろう!」
ディートリヒ殿下が狼狽えながら声を上げる。
先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、騎士に囲まれたまま落ち着きなく周囲を見回していた。
「ギルバート」
「……はい、師匠。こちらの魔道具からは、微弱ですが魔力が出ております。その魔力が前回の魔道具と同じ持ち主の魔力ですので、間違いないでしょう」
「ふむ。それでは、その魔力の持ち主が誰か分かるのだろうか?」
「魔力を比べれば、誰の魔力かを調べることは可能です。水魔法の使い手を集めていただければ可能かと。ですが――」
ギルバートが再び魔道具へ視線を落とした。
「この魔道具の構造を確認しましたが、我が国の物ではありません。数百年前から所持すらも禁じられています。隣国から、不完全な状態……魔力を注ぐ前の、空の状態で持ち込まれたので、関所も通れたのでしょう」
そこまで分かるのか。
さすがはギルバートだと感心する。
全てを説明したわけではないのに、しっかりと答えにたどり着いたようだ。
しかし、見守っていた国王夫妻は顔色を悪くし、宰相閣下はズレてもいない眼鏡を直している。
国内だけで収まる話ではなくなった。
隣国が関わっている可能性が出てきた以上、単なる王子の暴走では済まない。
「……なんだって? 隣国と繋がっているだと!?」
案の定、陛下の声が室内に響いた。
「陛下、落ち着いてください。血圧が上がります」
王妃様が淡々と宥める。
この状況でもそこを気にするのか。
「アーバン、ギルバートくんの話と騎士団の見解に相違はありますか?」
「いいえ、王妃様。相違ございません」
俺が答えると、陛下の目がほんの一瞬だけ宰相へ向いた。
宰相もわずかに目を細める。
……ああ、そういうことか。
「残念だ、ディートリヒ。お前が隣国のスパイだったとは」
「え? ええっ!?」
ディートリヒ殿下の顔から血の気が引いた。
「父上、俺ではありません! 私に何もできないことは、父上が一番ご存じでしょう!」
それはそうだ。
陛下も、第二王子がスパイだなんて露ほども思っていない。
そもそも、隣国と密かに連絡を取り合うような器用な真似ができる人物でもない。
魔道具の出所が分からなければ、自分が犯罪者になるということすら理解していないから、噛み砕いて脅しているだけだ。
「隣国のスパイですからな。賢くない振りが上手い可能性もありますでしょう」
宰相がすかさず追い打ちをかける。
口元こそ真面目なままだが、目が笑っているように見えるのは気のせいだろうか。
……かなり根に持っているらしい。
「ち、違う! 俺じゃない!」
「殿下、こちらの魔道具を誰から渡されたのかが分からない限り、殿下の疑いは晴れませんよ」
ギルバートが冷静に助言した。
面白がっている大人たちとは大違いだ。
ディートリヒ殿下もようやく、自分が置かれている状況を理解し始めたらしい。
顔を青ざめさせたまま、必死に記憶を探っている。
「誰にもらった」
「だから覚えてないんだ!」
「いつ頃、もらったんだ」
「数年前だ!」
「顔は? 覚えていないのか」
「何年も前のことだぞ。思い出せない」
問い詰めるたびに、ディートリヒ殿下の視線が宙を彷徨う。
本人にとっては大した出来事ではなかったのだろう。
こんな危険な魔道具を受け取っておいて、その程度の認識だったことに頭が痛くなる。
「では、年齢は?」
「白髪混じりだったから、いい年では?」
「爵位は?」
「王族以外は、貴族か平民かぐらいでしか分からない」
宰相の眉間に皺が寄った。
今度こそ本当に頭痛がしているのかもしれない。
「王城で見たことは?」
「王城でもらったぞ」
一斉に視線がディートリヒ殿下へ向く。
本人だけが、その言葉の重要さに気付いていない。
「場所は? どこでですか?」
「……あー、待てよ」
ディートリヒ殿下が眉を寄せ、ようやく真剣に記憶を辿り始めた。
室内が静まり返る。
誰も急かさない。
ここまで来れば、名前の一つでも出てくれば大きな手掛かりになる。
「……ああ」
何かを思い出したのか、ディートリヒ殿下が顔を上げた。
「クロイツベルク侯爵だ」
「「「「…………」」」」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
国王夫妻も、宰相も。
当然、俺も。
まさか、こんなところでその名前が出るとは思わなかった。
「なんだ?」
沈黙の意味すら分かっていないディートリヒ殿下が、不思議そうに俺たちを見る。
陛下の表情から、先ほどまでの芝居がかった様子が消えた。
「クロイツベルク侯爵を拘束しろ」




