第41話 乗り遅れた第二王子の暴走
「ふわぁ——」
大きな欠伸をしながら、俺は会場を見渡した。
どうやら、剣術大会は終わったらしい。
「第二王子ディートリヒ殿下、馬車の用意ができました」
「ああ、分かった」
俺が馬車に向かう途中、第一王子である兄アルベルトの側近の一人が駆け寄って来た。
「ディートリヒ殿下! お、お時間よろしいでしょうか」
俺のことをずっと探していたのか、大汗をかいているちんちくりんな男は、必死な形相で少し怖い。
「何用だ。俺は兄上の側近に用はない」
「……少々、お耳をお借りしてもよろしいでしょうか」
何か秘密の話なのか? 汗臭そうだったから近づきたくはなかったが、そこまで言うなら聞くだけ聞こうと顔を近付ける。
「第一王子殿下が、第一王女殿下へ王位を譲る意向を示されたのです!」
「……はあ?」
「ローレンツ、詳しく教えろ。殿下、続きは馬車の中で」
「あ、ああ、分かった」
どうやらこの男、兄上を裏切ってこちらへ報告しに来たようだ。
もしかすると、俺が王になることを望んでいるのだろうか。
そんなことを思いながら馬車に乗り込む。
俺の前には兄上の側近と、俺の側近であるオスカーが座った。
「ローレンツ、どういうことか、話の続きを聞かせてくれ」
「はい。アルベルト殿下と国王夫妻がいらっしゃる場で、アルベルト殿下が『王位継承争いから降りる』とおっしゃいました」
「なんてことだ……」
「オスカー、何が悪いんだ? ライバルが一人減るではないか」
「ディートリヒ殿下、アリア王女殿下は先ほど、ギルバート・フォン・ベルンシュタインと婚約なさいました」
「ベルンシュタイン侯爵家と婚姻を結んだだと!?」
「……はい」
それは、父上が王位をアリアに渡すと言っているも同然だろう!
「こんなの、あいつが王位を継ぐと決まったようなものじゃないか! オスカー、どうにかならないのか!」
「お二人はあの大賢者様のお弟子様でいらっしゃいますので、何かを仕掛けても返り討ちに遭うのがオチかと思われます」
「そんなに強いのか?」
「……はい、先ほどの大会でアリア王女殿下が優勝、二位がベルンシュタイン卿でした」
オスカーがジト目で俺を見ているが気にしない。俺は寝ていたから見ていなかっただけだ。仕方ないだろう。
「このままでは、アリア王女殿下の王位継承はほぼ確実でしょう」
「ではどうしろと言うんだ!」
「……私からは、何とも。ただ、殿下ならば何かお考えがあるのではないかと」
「俺の考えだと? そんなの無理だろう! 俺が剣術で勝てるはずもない」
俺が寝ている間に、兄上は王位継承争いから降り、アリアは侯爵家の男と婚約し、その二人で大会の一位と二位まで取ったらしい。
……待て。
俺だけ、何も知らないではないか。
俺がいない間に全て決まったというのか! 馬鹿にしやがって!
このまま何もしなければ、本当に全てを奪われる。
イライラしながら外を見た俺の目に、窓の外を走る馬車が入ってきた。
……あれはベルンシュタイン侯爵家の紋章ではないか。
ちょうどいい。
「俺を馬鹿にしたこと、後悔させてやる!」
俺は魔力を最大限まで膨らませ、窓からベルンシュタイン侯爵家の馬車へ向けて攻撃魔法を放った。
——ドン!
馬車が急停止し、中から人影が飛び出してきた。
それでも構わず、俺は次々と魔法を撃ち込んだ。
——ド、ドド、ドドドドン!
「ディートリヒ殿下!? おやめください!」
「うわあ——!」
「きゃ——っ!」
闘技場から王城へ続く道の途中は、帰路につく者たちで溢れ返っていた。
それでも俺は魔法を撃つ手を止めなかった。
「やめるんだ!」
偉そうに叫んだのは、ギルバートだな。
俺は狙いをギルバートに向けた。
「アリー、避難誘導をお願い!」
「はい! ギル、気をつけて! 皆さん、慌てず闘技場へ戻ってください! 護衛の方は子どもとご老人を優先して!」
第一王女の声が響く。混乱していた人々が、次々と彼女の指示に従って動き始めた。
はっ、何が「気をつけて」だ。俺は魔力量だけは多いんだ。
未来の旦那が黒焦げになるまで撃ち続けてやる!
ギルバートが見えなくなるまで魔法を撃ち込んでいたため、どうなっているか分からずにいたが、そろそろ良いだろうと攻撃をやめる。
すると、そこに現れたのは……無傷のギルバートだった。
「……な、なんだって? 全ての攻撃を受け止めていただろう!」
「ええ、まあ」
「なら、なぜ無傷なんだ!」
「この程度でしたら」
あり得ない。無傷だぞ? このままでは俺の威厳がっ!
そうだ、アレがあった。以前もらった、とっておきの魔道具だ。
確か上着に……あった!
「これを食らえ!」
数年前、とある者から「いざという時に使え」と渡された道具。
俺はそれをギルバートに投げつけた。
見物しようと窓を覗くと、不気味な魔物たちがあちこちから湧き出てきた。
くくっ、これでお前たちは終わりだ!
「ギル、右をお願い! 私は左へ!」
「いや、アリーは避難を!」
「もう終わっています!」
「ありがとう、アリー! じゃあ、魔物を狩るよ!」
「スリーカウントで!」
「いくよー! さん、にい、いち! ゴー!」
なんと、一瞬で——本当に瞬きをする間に、魔物が全滅していた。
……何を楽しそうにやっているんだ、こいつら。
いや、違う。そういう反応を期待していたんじゃない。
「う、嘘だろ……」
「見える範囲では、大きな被害はなさそうですね……」
——ガチャ。
「……何をしているんだ、お前は」
背後から、聞き覚えのある低い声がした。
「……」
振り返りたくない。ものすごく振り返りたくない。
呆気に取られていた俺たちは、アーバンが近くまで来ていたことに気がつかなかったのだ。
「第二王子ディートリヒ殿下。王城までご同行願います」
「断る」
「拒否権はありません」
「オスカー! 何とかしろ!」
「……無理です」
「ローレンツ!」
「わ、私も無理です!」
俺たち三人は、あっという間に拘束され——。
城へ強制送還されたのだった。




