第35話 懇願と経過
私から呼び出しの伝言を受けたギルバートが駆けつけてくれた。本当に走って来たようで、後ろをついて走っていた護衛が息を切らしている。
「何か御用でしょうか」
「……お前、何者だ?」
まったく息を切らしていないギルバートを見て、素直な感想を述べてしまった。
「? 姫様……王女殿下の護衛ですが」
「そういう意味ではない!」
こいつ、分かって言っているだろう。
首を傾げているギルバートを見ていると、本当に意味を理解していないようで心配になった。
とりあえず、違う質問からしてみるか。
「確か、アリアと共に訓練していたんだったか」
「はい。姫様が十歳の頃、私は負かされてしまいましたが」
「何だと? ま、まさか……アリアの方がお前より強いというのか!?」
またもや首を傾げたギルバートは、考えてからゆっくりと頷く。
「ええ、当然でしょう。姫様は、超天才なのですから。師匠も認めておられます。まあ、『あたしの次に天才だね』とおっしゃっていましたが」
「大賢者の次に天才だと……?」
「決勝戦までご覧になっていただければ、嫌でも理解することになると思いますが」
(やめてくれ。私は次の試合でギルバートと対戦するんだぞ!?)
「コホン。ギルバート、よく聞くんだ。私は王族だ。負けるのは仕方ないと思うが……手加減してくれるよな?」
負けると分かっていても、棄権するのは負けるよりも格好悪い。だから戦うが、手加減ぐらいしてくれと頼んでいるのだ。
さっき戦った騎士は、恐怖のあまり引きこもってしまっているらしい。
「……攻撃してこられると、加減ができません。他の参加者と同じく、一瞬で剣を弾いてもよろしいですか?」
「ああ、構わない。だから、殺気を向けないでくれるか」
「ああ、なるほど。分かりました」
そして、次の試合が始まった。
予定通り、私は剣を構える。王族らしく、構えだけは優雅に。
——そして剣を弾かれ、あっさりと負けたのだった。
★★★
僕とアリーは順調に勝ち上がり、とうとう決勝戦を残すところまで来ていた。
僕は耳が良いから、会場に向かう間や、戦いながらも周りの音を聞き分けていた。
アリーが第一王女として存在することを疎ましく思っている者がいたならば、監視対象にするためだ。この仕事は陛下に頼まれていたのだが、頼まれなくともやっていることだった。
「アリア王女殿下とその護衛が最後まで残りそうだな」
「出来レースじゃないのか?」
「だよなあ。全部一撃で終わらせているんだぞ? 手の内が分かっているのにかわせないなんて、おかしいだろう」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。そんなもの、相手が弱いから仕方ない。僕やアリーが本気を出せるほどの対戦者であれば、僕たちだってもう少し楽しめるのに。
「大賢者の弟子だから、魔法で何かしてるんじゃないか?」
「例えば?」
「それは分からないが……」
「憶測で物を言うと、不敬罪になるぞ」
魔法は師匠に禁止されているから、この大会では使わないのに。
まあ、アリーの婚約者候補は一掃できたから、良しとするか。
「決勝戦です!」
決勝戦を告げる声が響くと、会場からひときわ大きな歓声が沸き起こった。
僕はゆっくりと決闘場へ上がる。
向かい側からは、アリーが楽しそうな笑顔を浮かべながら歩いてきた。
「アリー、よろしくね」
「こちらこそですわ、お兄様!」
久々に全力を出せる打ち合いだ。それなりの広い場所じゃないと、周りを破壊してしまう。僕もアリーも、心が踊っているのが分かる。
そして、互いに剣を構える。
これまでの対戦とは違う。
アリー相手に、一撃で終わらせるなんて当然無理だ。
「……始め!」
合図と同時に踏み込んだ。
剣と剣が激しくぶつかり合う。
一度。
二度。
三度。
僕が右から振れば、アリーは迷うことなく受け流す。
そのまま懐へ潜り込もうとした彼女の剣を弾き、今度はこちらが一歩踏み込む。
けれど、それすら読まれていた。
「さすがだね、アリー!」
「お兄様こそ!」
剣を合わせたまま笑い合い、同時に距離を取る。
次の瞬間には、再び互いへ向かって地面を蹴っていた。
長年、一緒に訓練してきた。
僕はアリーの癖を知っているし、アリーも僕の癖を知っている。
だから、一手先を読んだくらいでは届かない。
読む、読まれる。
さらに、その先を読む。
剣を弾けば、すぐに次の一撃が飛んでくる。
かわした先には、既にアリーの剣が待っている。
踏み込むたびに砂が舞い、何度も剣戟の音が響いた。
「……おい、二人の動き、見えるか?」
「見えねえよ。剣なんて全然見えねえ」
「今、何回打ち合ったんだ……?」
観客席から聞こえてくる声に、思わず笑いそうになる。
当然、お互い魔法は使っていない。
純粋な剣術だけでの勝負だ。
正面から振り下ろされたアリーの剣を受け止める。
——重い。昔よりも、ずっと。
十歳の頃とは比べものにならないほど強くなっている。
「強くなったね、アリー」
「お兄様にだけは、言われたくありませんわ!」
押し返された瞬間、アリーの姿が視界から消えた。
いや——違う。
低い。
姿勢を落とし、僕の懐へ飛び込んできたのだ。
「っと!」
咄嗟に剣を滑り込ませる。
甲高い音と共に、再び二本の剣がぶつかった。
「敵に回さなくて良かった……」
第一王子殿下の、心底安堵したような声が聞こえてきた。
僕も同感だ。
アリーだけは、絶対に敵に回したくない。




