第34話 駆け巡る噂と、落ち着かない二人
国王陛下主催のパーティーから時は流れ、剣術大会の前日となった。
毎日の稽古後、僕は城の料理長や宰相殿に呼ばれたりと、忙しい日々を送っていた。
「さて、帰るか。ああ、帰りにクッキーをもらいに行くんだった」
料理長からアリーに渡して欲しいと頼まれていたのだ。
僕は、城の渡り廊下を早足で歩いているとき、大声で話している男たちの声を耳にした。
「剣術大会で優秀な成績を収めた者が、アリア王女殿下の婚約者候補になるらしいぞ!」
「おい、本当か?」
「俺、頑張っちゃおうかなー!」
「馬鹿か。お前、嫁さんいるだろう」
「あんな可憐な姫様だぞ? 競争率は半端なさそうだよな!」
……何だって? アリーに婚約者……?
思わず足が止まりそうになる。
胸の奥がざわついて、先ほどまで考えていたクッキーのことなど、一瞬で頭から消えてしまった。
王女なのだから、いずれ婚約者が決まる。それくらい分かっていたはずなのに、実際にその話を耳にすると、どうにも面白くない。
僕は聞いていないぞ。帰って師匠に伝えなければ。
ざわつく内心には気づかないふりをして、料理長の元へ急ぐ。
確かにアリーの保護者として城に通ってはいるが、僕としては面倒事が嫌いな師匠の代わりをこなしているだけに過ぎない。
正式な苦情は、師匠を通して出すしかないのだ。
王女なのだから婚約はいずれ当然だ、と自分に言い聞かせるが、僕の心は翌日になっても妙に落ち着かないのだった。
★★★
剣術大会当日。
師匠に噂話を伝えるも、「気にする必要はない」と、一言で切り捨てられてしまった。
これは僕が優勝するしかないと、気合を入れて準備運動を済ませた。
会場の外からは、既に集まった観客たちのざわめきが聞こえている。
例年より参加者も多いらしく、控室の外を騎士や貴族の子息たちが忙しなく行き交っていた。
王族の控室に現れたのは、剣術用の服をビシッとキメた第一王子だった。
「やはり、君も出場するのだな。優勝を狙っているのか?」
「そうせざるを得ない噂を耳にしましたので」
「くくく、兄として、か? それとも男としてだろうか。後者であれば、対戦の折には、全力で行かせてもらうぞ」
どうやら第一王子も、妹アリアの婚約者候補に変な男が入り込まないよう、半分面白がりつつ出場するようだ。
「少なくとも、脳みその足りない筋肉馬鹿が相手では、姫様が可哀想ですから」
「ほう。今のところは、そういうことにしておいてやろう」
ニヤリと口角を上げた第一王子は、開会式のために王族の座る場所へと向かうらしく、ひらりと手を振って出て行った。
「お兄様、準備できました!」
勢いよく扉を開けて現れたアリーは、いつものドレス姿とはまるで違っていた。
髪は動きやすいようにまとめられ、身体に合った剣術服に身を包んでいる。
十歳の頃には僕に勝つほどだった少女は、今ではすっかり一人の剣士らしい佇まいになっていた。
「うん、とても凛々しいね。ヘレーネに新しく作ってもらったのかい?」
「いいえ、これは王妃様が若い頃に着ていらした剣術用の服なんです。ほとんど見学ばかりで、土汚れはつかなかったそうなんです」
「あはは、なるほど。王妃様のご両親は過保護だったんだね」
「こんなに楽しいのに。お兄様と一緒に訓練していたから、とっても強くなれましたしね!」
「アリーが頑張り屋さんだからだよ。僕も決勝戦まで行けるように頑張るよ。最後に当たると良いね」
「お母様が、『勝ち上がったら、最後に当たるように組んだ』と言ってましたから、楽しみです!」
扉の外に気配を感じた。そろそろ開会式の始まる時間だから、迎えが来たのだろう。僕たちは立ち上がり、開会式の会場へ向かった。
★★★
どうやら、私を守る近衛騎士と最初に対戦するのはギルバートらしい。
「頑張ってください、お兄様!」
手を振りながら、可愛らしい笑顔でギルバートを見送る妹に、ちょっとだけ嫉妬を覚える。
「おい、無様に負けるなよ」
「はっ! 必ず勝ち上がってみせます!」
鼻息を荒くして会場に向かうのは、近衛騎士の一人だ。
団長が言うにはそこそこの強さで、素人とであれば余裕で勝てるだろうと言っていたが、どうなることやら。
どちらにしろ、まずは様子見だな。彼の剣術を見たことがないのだから、知りようがない。
その程度の考えで、私はギルバートと騎士の試合を眺めようと思っていたのに。
「始め!」
開始の合図と同時に、観客席から歓声が上がる――はずだった。
だが、その歓声すら形になる前に。
——ガツッ! カラン、カラン。
私には……見えなかった。瞬きをしてしまったからか?
勝負は一瞬でついた。ギルバートがいつの間にか騎士の目の前にいて、騎士の手に握られていた剣は無くなっていた。
一拍遅れて、会場がどよめいた。
敗れた騎士本人すら、自分の剣が弾き飛ばされたことを理解できていないようだった。
「何が起こった?」
「申し訳ありません、私にも見えませんでした……」
私の後ろにいた騎士団の副団長が驚愕の表情で返事をした。
それもそのはず、私や騎士団の人間にとって、各種大会の観戦も立派な仕事の一つだ。
今までの試合で、一番早く終わったのではないだろうか。
「おい、待て。あと二回、勝ち上がられたら……」
「殿下と当たりますね……」
「次の休憩に、ギルバートを呼び出せ! 良いな!」
「はっ!」
先ほどまで余裕だった気分はどこへやら。
私はギルバートが来るまで、落ち着かない時間を過ごすことになった。




