第33話 国王主催のパーティー
アリーの体調も良くなったので、王城へ戻ろうかと話していたあたしたちに、彼女は悲しい顔をして俯いていた。
王城へ戻る話が出るたび、アリーの表情が分かりやすく曇っていた。
以前なら「分かりました」と笑って受け入れていただろうに、侯爵家で過ごした一週間がよほど心地良かったのだろう。
ギルバートと同じ屋敷で眠り、朝になれば顔を合わせられる。そんな当たり前の日々を手放したくないらしい。
「アレン、アリア殿下は城が嫌なのだろうか?」
心配そうに声をかけてくる兄コンラートに、こちらの事情を少し話しておくべきかと口を開く。
「ギルバートと部屋が別々になるからねえ。姫さんはああ見えて、雷の音が嫌いだったり、血の臭いが苦手だったりするのさ」
「ギルバートがいれば大丈夫だと?」
「ああ。同じ空間に、あたしかギルバートがいれば、姫さんは機嫌が良いんだ。昔からね」
「……幼子のように言うな。不敬だと怒られないのか?」
「十五年も一緒に暮らして来たんだから、当たり前だろう。それに、王妃も国王も、あたしに文句は言えないからねえ」
「それはそうだろうが……」
「アレンちゃん、剣術大会が終わるまでは、侯爵家に留まったらどうかしら。アリア殿下の負担も軽くなるんじゃないかしら」
「そう出来るものなら、そうしたいさ。姫さんがまた痩せ細ってしまったら可哀想だからねえ」
「そうよねえ。わたくしが話をつけてくるわ。明日、王妃主催のお茶会があるのよ。だから、明日まで待っていてくれる?」
「ああ、分かった。よろしく頼むよ」
「もちろんよ。アレンちゃんのお願いなら、お義姉ちゃん、頑張っちゃうわ」
楽しそうに明日の準備に向かう義姉に全てを委ねた翌日……。
「剣術大会が終わったら、戻っておいでって言ってたわよー」
と、あっさり認められたのだった。
「あ、でも、来週に行われる、国王主催のパーティーには出るようにって。ドレスも全て用意したって言ってたわ」
「仕方ないねえ。そこまで譲歩してくれたんだ。出るしかないだろう」
その晩、ギルバートたちに説明すると、アリーはホッとした顔をし、ギルバートは「パーティーぐらいなら」と承諾したのだった。
★★★
さすがは国王が主催するだけあって、きらびやかな会場には、穏やかな音楽と品の良い笑い声が満ちていた。
「アリー、緊張しているの? 大丈夫だよ、僕が隣にいるからね」
「……はい、お兄様」
いつもより不安そうなアリーをエスコートして、名前を呼ばれた僕たちは、王族用の入口から入場した。
「キャ——ッ! ギルバート様だわ!」
「アリア王女殿下だ! 可愛らしい」
「王家が隠していただけはある」
「お近づきになりたいわ」
視線が一斉にこちらへ向いた瞬間、僕の腕に添えられたアリーの指先に、僅かに力が入った。
注目を集めてしまうのは仕方ないのだが、男どもの視線がアリーを熱の籠もった瞳で見つめているのが気に入らない。
アリーを僕の背に隠れるように引くと、彼女がホッと息をついたのが分かった。人目にさらされて余計に緊張したのだろう。
「大丈夫? 小さな飴をヘレーネから預かっているから、食べるといいよ」
小指の先ほどの小さな飴を、アリーに二つ握らせると、すぐに口に含むのが見えた。
アリーは甘いものが好きだから、少しでも落ち着くと良いのだが。
「ギルバート様、よろしいでしょうか」
アリーより少し年上だろう令嬢たちが、僕の周りに集まってしまった。断ろうと口を開くと同時に、アリーにも令息たちが声をかけ始めたようだ。
「申し訳ないが、僕は姫様の護衛に集中しなければならないんだ」
「こんな目立つ場所では何も起こりませんわ。どうか、わたくしと一曲踊っていただけませんこと?」
「ちょっと、抜け駆けしないでくださいませ! 順番は公平に決めるべきですわ!」
「……順番であれば、僕はエスコートしている姫様と最初に踊るべきですよね?」
僕は『バッ!』と振り返り、アリーの前に跪いた。
「姫様、僕に姫様と踊る名誉をくださいませんか」
「ええ、喜んで」
強張っていた表情を和らげたアリーを、会場の真ん中へエスコートする。
穏やかな曲が流れ始めた。先ほど、頼んでおいた曲で一安心していると、アリーが僕の耳元に顔を寄せた。
「ありがとうございます、お兄様。本当に助かりました」
「それは良かった。二曲ほどゆったりした曲を頼んだから、踊り終わるまでは心が休めると良いんだけど」
「うん……。お兄様、たくさんのご令嬢に囲まれていたね」
「アリーもじゃないか。この後は大変だろうけれど、頑張って今日を乗り切るしかないな」
「その、お兄様は……。いえ、なんでもありません。早く今日という日が終わることを願います」
「本当にね。でも、こうやってアリーとダンスするのは楽しいよ。随分上手くなったね」
「はい。前回のパーティーで踊っている人を見ることができましたので、あの日に流れていた曲なら、全て踊れます」
「……さすがアリーだね。見ただけで覚えられるなんて感心するよ」
「凄いのはお兄様ですわ。ヘレーネのダンスレッスンは大変だったでしょう?」
「あはは。スパルタだったけれど、こうしてアリーをリードしてあげられるから感謝しているよ」
「ふふっ、私のためにありがとうございます、お兄様」
「アリーのためなら、何でもしてあげるよ」
とても良い笑顔で僕を見つめ、体を寄せてくるアリーに、胸の奥が妙に騒いだ。
……きっと、いつもと違うドレス姿だからだ。
十五年も成長を見守ってきた妹のような少女なのだから、こんなことで動揺する方がおかしい。
そう自分に言い聞かせながらも、美しく着飾った彼女を誰にも触れさせたくないという気持ちは、どうしても消えてくれなかった。
僕はその正体を考えないよう蓋をして、アリーを守るためだけに神経を集中するのだった。




