第26話 ダンスではない
会場のアナウンスが響き渡る。貴族たちはすぐに静かになり、僕たちの剣舞が行われると理解したようだ。
「アリア殿下、ギルバート卿、前へいらしてください」
僕がアリーをエスコートし、会場の中心へ移動する。
ざわめきが消えた代わりに、無数の視線が僕たちへ集まる。
通常のデビュタントならば、ここで披露するのは優雅なダンスだ。けれど、僕とアリーの手にあるのは飾り剣。
誰もが期待と困惑を半分ずつ浮かべながら、こちらを見つめていた。
そこにテンポの速いダンス用の音楽が流れる。僕もアリーも知っている曲だ。この曲なら、師匠に言われた内容を二度繰り返せばピッタリ終わるだろう。
「大丈夫だよ、アリー。楽しもう」
「……はいっ、お兄様!」
飾りのついた剣を構え、曲のペースが上がるタイミングで二人で踏み込んだ。
剣を打ち合わせ、すぐに身を翻す。
アリーが一歩踏み込めば、僕は半歩引き、次の瞬間には立場を入れ替える。
剣術ならば何度も繰り返してきた動きだ。ただ、今日は相手を倒すためではなく、美しく見せるために剣を振るう。
それだけなのに、不思議とアリーとは呼吸が合った。
そんな僕たちの剣舞に、感嘆の声があちらこちらで上がっているのが聞こえた。
そこに、不穏な話し声まで聞こえてしまう。
「おい、このままではあいつが目立ってしまうではないか! どうにか邪魔しろ!」
「し、しかし殿下——」
「早くしろ! ぐずぐずしていたら、曲が終わってしまうだろうが!」
なにか仕掛けてくる気なのだろうか。僕はアリーに視線を向けると、楽しそうに舞う姿が目に入った。
……絶対に邪魔はさせない。
僕は師匠直伝の探知魔法で、魔力の揺らぎを探りつつ、全力で舞った。
途中で見えた師匠の顔が、とても楽しそうだったのは気になるが、手を貸してくれる気はないのだろうと嘆息しつつ、集中力を削がないように舞い続けた。
曲が後半へ差しかかったところで、大きく魔力が動いた。
……アホなのか?
魔法を放とうとしている場所も、狙っている方向も、はっきり分かる。
もしかしたら、第二王子に無理やり命じられたのかもしれない。
やらざるを得ないが、アリーを傷つければ大変なことになる。それくらいは理解している者なのだろうか。
アリーも魔力の揺らぎに気づいたのだろう。一瞬だけ、剣先が鈍った。
「お兄様……」
「大丈夫だよ、僕がいる」
「はい、お兄様」
アリーは飛び切りの笑顔を向けてくれた。僕を信用してくれる大事な妹のためにも、何事もなかったかのように彼女をクルリと美しく見えるように回しながら、魔法を展開する。
当然、防御魔法と消去魔法だ。アリーの全力の攻撃魔法すら消せるようになっている僕に、消せない魔法はない。
——パシュ。
それだけだった。
爆発も、閃光も、衝撃もない。
僕が展開した魔法に触れた瞬間、飛んできた魔力そのものが消え失せた。
会場のほとんどの人間には、何が起きたのかすら分からなかっただろう。
アーバンの豪快な笑い声とともに、陛下への説明が聞こえてくる。
「ガッハッハ! 陛下、ギルバートが膨れ上がった魔力を無に帰しましたぞ! まさか、相手も消されるとまでは思わなかったでしょうな!」
「アーバン、落ち着け。どういうことだ? ギルバートは消去魔法を使えるというのか?」
「前に説明したではありませんか。ギルバートは姫様の全力の魔法を受け止められる、ただ一人の男なのです」
「……聞いた記憶はあるが。聞き流してはならなかったのではないか? もしかしなくても、とても凄いことなのでは?」
「陛下、凄いどころではありません。私としましては、是非とも魔導師団に欲しいと、彼が幼少期の頃から思っておりました」
必死に陛下へ説明しているのは、魔導師団長のバルタザールだ。
アリーを岩山へ連れてきた人物でもあるが、あの頃から僕の魔法を欲しがっていたらしい。
「お兄様、最後はどうしましょう?」
アリーの可愛らしい声に、ふと我に返る。
「最後は僕が持ち上げる。アリーは右へ剣を伸ばして、そのまま静止して」
「はい、お兄様!」
「降ろす時は僕が合図するから、任せて」
「はい、お兄様!」
視線を合わせ、クライマックスの盛り上がりを耳で聞き、しっかりとタイミングを合わせる。
「じゃあ行くよ。三、二、一、今だ!」
思った通りの動きをしてくれたアリーを、僕は剣を持たない左腕で高く掲げた。右腕も後ろへ向けてピンと伸ばすことで、少しは派手な演出ができたのではないだろうか。
音楽が、止まった。
高く掲げたアリーの髪とドレスが、わずかに揺れる。
剣先は真っ直ぐ前に向けられ、僕もまた剣を後方へ伸ばしたまま静止する。
一秒、二秒……。
会場が、息を止めたように静まり返った。
——パチ、パチ。
最初に手を叩いたのは、師匠だった。
一人、また一人と拍手が重なり、次の瞬間には大広間を揺らすほどの歓声になった。
何とか成功したようだ。
ゆっくりとアリーを降ろし、労っていると、アナウンスが聞こえてくる。
「ただいま、剣舞を披露なさいましたのは、第一王女アリア殿下であられます。剣舞のお相手は、ギルバート・フォン・ベルンシュタイン——」
僕は慌てて師匠の元にアリーの手を引いて戻った。二人きりでいたら、囲まれてしまうだろうと思ったのだ。
しかし、その直後。厳かな声が会場に響き渡る。
「二人とも、前へ」




