第25話 心を動かす者たち
第一王子アルベルト殿下のダンスが終わり、視線がこちらに戻ることを懸念した僕は、アリーと師匠を軽食のある会場の一角へ移動するように促した。
食事中は、あまり話しかけてこないとヘレーネから聞いていたのだ。
しかし、逆効果だった気がする。
アリーは、どの料理も美味しそうに、にこにこしながら食べている。それでいてマナーはしっかりと守っているから、所作は美しいのだ。
「あのご令嬢、本当に誰なんだ?」
「是非、お近づきになりたいな」
「あんなに美味しそうに食べるんだ。上位貴族ではないだろう」
「しかし、王族の色だし、周りを囲んでいる人物も特定できないから近寄りがたいよな」
そんな会話が聞こえてきた。僕たちが固まっていると、やはり話しかけづらいらしい。
しかし、思い切って声をかけてくる強者も、たまにはいるわけで。
「コホン。失礼します、お嬢さん。よろしければ、二人で話しませんか?」
「え? あ、ごめんなさい。今日はお兄様と過ごす予定なの」
「そんなこと言わずに。構いませんよね、そちらのお兄さん。社交とはそういうものですものね」
「駄目だ」
「「えっ?」」
驚くアリーに首を傾げていると、師匠が僕に視線を寄越した。
すると、師匠は眉間をグリグリと押してみせた。ああ、僕が険しい顔をしていたのか。
この男の距離感が気に入らなかったのは確かだ。アリーとの距離が近すぎる。彼女の護衛として、近づくことを許すべきではないだろう。
苛立ちを隠し、僕は心の中で深呼吸をする。座学で学んだ貴族たちの名前と振る舞いは覚えている。追い払うためにも、核心を突かなければならない。
僕は瞬時に考えをまとめ、肩の力を抜いた。そして、彼を見て微笑んでみせた。
「貴方はロドリゲス侯爵家の三男でしょう。社交界での噂は、かねがね伺っておりますよ」
「……っ! 失礼する!」
怒って背を向ける男に冷ややかな視線を向けてから、アリーへと視線を戻す。
すると、彼女はどこか固い笑顔で僕を見つめていた。
……少し、言い過ぎただろうか。
そんな彼女の様子が少し心配になるも、面倒な人間に声をかけられてしまった。
「ん? お前、ギルバートか? 次男とはいえ、当主に挨拶ぐらいしたらどうだ」
声をかけてきたのは、ベルンシュタイン侯爵家の嫡男だった。
血のつながった兄とはいえ、まったく興味がないから今まで放置してきたのだ。
血縁だからといって、僕は彼らを家族だとは思わない。
しかし、さすがに社交の場で礼を欠くわけにもいかないだろう。
「申し訳ありません。私は今、姫様の護衛を任されており、ご挨拶は叶いません」
礼儀正しく淡々と事実だけを述べる僕に、彼は目を丸くして戸惑っているようだ。
「悪いね、ヘンリー。彼はあたしが預かってるんだ」
「い、いえ、叔母様。問題ありません。失礼しました」
師匠に撃退された兄は、すごすごと退散していった。
「……師匠、助かりました」
「ふふん。面白いところだったから、邪魔されたくなかっただけさね」
「それでも。ありがとうございました」
小声で礼を言い、アリーの背後に戻ろうと彼女の顔をチラリと見ると……。
やはり少し、悲しそうな……寂しそうな笑顔を浮かべていた。しかしそれは、僕や師匠がやっと気づく程度の、ごく些細な変化で。
僕は心配になり、アリーに声をかけようと一歩近づく。すると、僕より先に、師匠が彼女に声をかけた。
「アリー、そろそろ剣舞の時間だよ。しっかりおし」
「……はい、お母様」
そう言った彼女の瞳は、しっかりと前を向いていたのだった。




