第23話 扉の向こうへ
デビュタント当日を迎えた僕たちは、デビュタント用の衣装に身を包み、王族の控室へ向かっていた。
隣を歩くアリーは、いつもの訓練着とはまるで違って見えた。
王族の色を取り入れたドレスに身を包み、丁寧に結い上げられた髪には宝石が輝いている。
あの小さな手で僕の指を握っていた赤ん坊が、今日、ひとりの淑女として社交界へ出るのだと思うと、胸の奥が妙に熱くなった。
「アリー、とても綺麗だよ。世界一美しいお姫様だ。兄として鼻が高いよ」
「ふふっ。ありがとうございます、ギルバートお兄様。お兄様も、とても格好いいです! とっても素敵です!」
仲良くお喋りしながら歩く僕たちの後ろで呆れていた師匠が、苦笑いしながら話しかけてきた。
「あんたたちは変わらないねえ」
「はい、お母様! 私はお母様も大好きですよ!」
「……そうかい」
ふいっとそっぽを向いた師匠に、「ぷっ!」と吹き出す音が聞こえた。
「何だい、ヘレーネ。文句があるのかい」
「ふふ、ございませんわ、アレン様。それより、アレン様はこちらへどうぞ。王妃様からお聞きに——」
「あたしは出ないって言ったはずだが?」
「ええっ!? お母様、私は一緒が良いです……」
うるうるした瞳に見つめられた師匠は一瞬で折れた。
「くっ、仕方ないねえ……あたしは遠くから見守っているだけだからね!」
「はいっ!ありがとうございます、お母様!」
ほのぼのした会話をしながら控室に到着すると、両陛下はすでにいらっしゃった。
「昨日以来だね、アレン、アリア嬢。そしてギルバート。前もって相談するのを忘れていたのだが、今良いだろうか?」
「ギルバート、あんたに任せるよ。あたしは着替えてくるからね」
「かしこまりました」
軽く頭を下げて師匠を見送ると、陛下が僕をじっと見つめていた。すぐに視線を逸らされたが、間違いなく僕を観察していたのだろう。
まあ、大事な娘が懐いているのだから心配になるのは当たり前か。
「こほん。デビュタントは、通常なら第一王子のダンスから始まる。ただ、王族にデビュタントを迎える者がいる場合は、その者が最初に踊る決まりなのだ。そなたたちは、ダンスを踊れるだろうか?」
ああ、なるほど。わざわざお聞きになるのは、アリーが王族であることをはっきりと公表する前にお披露目できるからファーストダンスを踊らせたいとお考えなのだろう。
「申し訳ないのですが、二人とも、まったく踊れません」
「そ、そうか。……しかし、せっかくのお披露目だから何か出来ないだろうか?」
「……剣舞ならできるんじゃないかねえ」
「剣舞??」
着替えて戻って来た師匠の後ろをヘレーネ様が追いかけてきた。
「アレン様、御髪がまだですわ」
「下ろしたままで良いと言ってるだろう」
「せめて、綺麗に梳かせてください!」
「……はあ、分かったよ」
両陛下が目を丸くしている。そりゃそうだろう。『剣舞』の答えになっていないのだ。
「何か棒切れはないかい? 二本ほしいねえ」
「こちらをどうぞ」
近くに立っていた騎士が、木刀を二本差し出した。王族の控室に置いてあったことから、王子たちが退屈な時間を潰すために使うのだろうと推測した。
「アリー、ギルバート。アーバンが教えてくれた型の三つ目と五つ目を、向き合ってやってごらん。それができたら、六つ目と七つ目も続けてやるんだ。手が触れる場所が全部で八回あるから、その時は手を繋いで、遠心力でクルリと一回転してご覧」
「「はい!」」
視線を合わせ、呼吸が揃った瞬間、僕たちは動き出した。
アリーが一歩踏み込み、僕が半歩引く。
木刀が交差し、次の瞬間には左右へ流れる。
決められた型をなぞっているだけなのに、互いの動きを知り尽くしているせいか、すべての動作が自然と揃った。
二度目に手が触れたところで指を絡め、その勢いのままアリーを引く。ドレスの裾がふわりと円を描いた。
「な、なんて美しいんだ。ドレスなのにキレが凄いな」
「ええ、本当に。テンポの速い曲に合わせるのも良さそうですわね」
「……広い部屋を準備しておいて、正解でしたな」
様子を見に来たらしい宰相が、呆れた声でため息を吐いていた。
「剣舞を最初に披露するのですか?」
「いや、剣舞であれば、後半飽きてきた頃が良いだろう。……そうだな、王女として公表するのも最後の方にしよう。王女としてではなく、一人の貴族としてデビュタントを見てみると良い」
「それは良いですわね! 説明するより、その目で見た方が早いでしょう」
「それでは、不敬なことを言い出す者が出てきそうですが……」
宰相が心配そうにしている。確かに、素性の知れない令嬢がいきなり出てきて挨拶もしないのだから可能性としてはある。
「それは大丈夫だろう。ギルバート、護衛は任せて良いな?」
「はっ」
「……その青年に、ですか?」
護衛騎士が思わず口を挟み、陛下が楽しそうに笑った。
「彼は二十八だよ」
「……失礼いたしました!」
勢いよく頭を下げられ、僕は苦笑する。
こういう反応にも、もう慣れていた。
「気にしないでください。僕も師匠も、慣れていますから」
「仕方ないさね。あたしたちは理解されにくいからね。まあ、それを説明するのも面倒だからと、放置しているあたしたちも悪いしね」
「面倒だから、ですか……」
呆れる僕に、師匠はニヤリとした笑みを浮かべた。
「お前が説明してくれても良いんだよ、ギルバート」
「遠慮しておきます」
「くくっ、だろう?」
いつものように師匠と笑い合っていると、隣でアリーまで楽しそうに笑った。
笑い合う僕たちを見つめていた王妃様が、ほんの一瞬だけ寂しそうに目を伏せられた。
僕は何も言えず、隣に立つアリーの肩へ、そっと手を添えることしかできなかった。
「そろそろ、お時間です」
侍従の声に、部屋の空気が変わった。
アリーが僅かに息を呑む。
「緊張してる?」
「……少しだけ」
「大丈夫。僕が隣にいるよ」
そう言って手を差し出すと、アリーはいつもの笑顔を見せて、その手を取った。
「はい、お兄様」
師匠とヘレーネ様を伴い、僕たちは大広間へ続く廊下を進む。
やがて巨大な扉の前で足を止めた。
中から聞こえていた話し声が、扉が開くにつれて少しずつ大きくなる。
そして僕たちが姿を現した瞬間――。
「……おい、あれ……」
誰かの声を皮切りに、大広間がざわめいた。




