第22話 育ての兄と血縁の兄
陛下がお呼びだと近衛騎士が私の元を訪れたため、私は仕事を切り上げて応接間に向かった。
中に入ると、小さな少女と大賢者アレン、そして少女の護衛らしき青年が控えていた。
この子が私の妹なのだろう。近々会えると母上が嬉しそうに言っていた。十五歳にしては小柄な第一王女を、私はまじまじと見つめた。
「……何だ。めちゃくちゃ可愛いじゃないか」
「兄上!」
私は第一王子であるアルベルト。私を兄と呼ぶのは第二王子のディートリヒだ。
「……ありがとうございます」
「ふふっ」
嬉しそうに微笑む母上に笑顔を向けると、ディートリヒが噛み付くように口を挟んだ。
「兄上。王位継承に関わる者を、見た目だけで判断するのはいかがなものかと」
「妹を見て可愛いと言って何が悪い」
「くっ……」
「何だよ」
「『何だよ』ではありません。それより……」
ディートリヒの視線が、護衛の青年に向いた。
「こいつ、誰です?」
そう言われて青年を観察する。彼の持つ色は、ベルンシュタイン侯爵家のものだが、あの家にこれくらいの年齢の令息はいなかったはずだ。
「ギルバート・フォン・ベルンシュタインと申します。アリア様の兄……いえ、護衛をしております」
兄、と言いかけたか。すると、隣にいた王女が即座に声を上げた。
「お兄様です!」
ディートリヒが眉をひそめている。
「……は? 兄だと? お前の兄は、俺とアルベルト兄上だろう……王族の色ではないようだが」
「はい。僕は王族ではありませんので」
「ではなぜ兄なんだ?」
……なるほど。アレン殿の弟子なら、理由は一つしかないな。これはまた、とんでもないのを連れてきた。
執務の日々に飽きていた私は、ついニヤリとしてしまった。
慌てて表情を整え、答えに窮している妹のために助け舟を出した。
「お前は思ったことを全部口に出さないと死ぬのか」
「兄上は何も言わなさすぎなんですよ!」
「考えてから喋っているだけだ」
「それを嫌味と言うんです!」
陛下も母上も、優しい眼差しで私たちを眺めていらっしゃる。口の悪い弟も、一つの個性だとおっしゃるが、王族としての品位に欠けるだろうに。
それに対して、妹の振る舞いは素晴らしいの一言だ。十五歳で姿勢も話し方も、王族としての在り方を理解しているからこそだろう。育てたのが大賢者であれば、それもそうかと納得する。
「今日は顔合わせをしておきたくてな。明日には、第一王女であるアリアのデビュタントが行われる。そなたたちも兄として、妹をサポートしてやってくれるか」
「はっ。かしこまりました」
「……かしこまりました」
あからさまに嫌そうな声で答えるディートリヒの背中を小突きながら応接間から退出した。
「兄上、放っておいてください」
苛立っているディートリヒには何を言っても響かない。兄として、それを理解している私は、おとなしく部屋に戻ったのだった。
★★★
王子たちが退出すると、国王陛下がアリーとアレンだけ残るように言われた。護衛として紹介された僕は外に出され、扉の前で待つことになった。
何か大事な話があるのだろう。応接間には結界が張ってあり、中の会話は聞こえない「はず」だった。
風魔法と闇魔法まで使えるようになっていた僕は、聞こうと思えば聞けるけれど、当然、聞くつもりはなかった。
ところが「婚約者」という単語を偶然拾ってしまった。
そして、聞いた後に後悔することになるのだった。
『アリア嬢、そなたは王族として婚約者を至急、選ぶ必要がある。この度のデビュタントでは、護衛であるギルバートが守ってくれるだろうが、本来であれば婚約者が一番近くでそなたを守るべきなのだ』
「……婚約者」
僕はポツリと呟いた。
アリーは驚いているのだろう、魔力の揺らぎがある。アレンがアリーを憐れんだのか、助け舟を出した。
『姫さんにとっては、初めての社交界なんだ。一度、社交とはどういうものかを理解させてから進めたらどうだい』
『ふむ、アレンの言うことも一理ある。では、この話はデビュタントの後にしよう。アリア嬢、遠いところからご苦労であった。ゆっくり休むが良い』
ひとまず今すぐ決めなくていいのだと、少し安心したらしいアリーの魔力が落ち着いた。僕も少しホッとして、止めていた息を吐き出した。
『はい、ありがとうございます』
——ガチャ。
考え事に気を取られていた僕は、扉が開いたことに驚くも、澄ました顔でアリーをエスコートする。
アリーの部屋に案内される道のりで、僕は『至急、婚約者を』という言葉が頭にこびりついて離れないのであった。




