第20話 懐かしい者との再会
デビュタントを来年に控えた、アリーが十四歳になったある日のこと。
幼かった面影を残しながらも、彼女の背丈は随分と伸びた。剣を握れば凛々しく、笑えば昔と変わらない。
二十九歳となった僕は、そんなアリーの成長をずっと見守ってきたせいか、最近では兄というより、父親に近い心境になっていた。
「師匠、そろそろ王都へ向かう準備をすべきではありませんか?」
「……まあ、アーバンがそろそろ来るんじゃないかい?」
「こんなにのんびりと構えていて良いのでしょうか……」
「そんなこと言ったって、あたしはデビュタントや夜会のことなんて分からないさ」
「そういう僕も、デビュタントなのだと、前回アーバン殿が言っていましたが」
「そうさね、まだ人前に出ていないからねえ。実家の弟……あんたの父親が、ギルバートに任せると言うから放置していたのだがね」
「予定よりは遅くなりましたが、アリーの近くで守れることになったので、結果として良かったと思っています」
「……お前さんのシスコンは、治らなかったねえ」
「それですが、最近は妹というよりは、父親の気持ちが分かるようになった気がします」
聞き慣れた豪快な笑い声が、岩山に響いた。
「ガッハッハ! ギルバート、お前も難儀だなあ!」
振り返れば、いつの間にかアーバンが立っていた。
「アーバン殿!」
アーバンの隣に立つ人物を見た瞬間、僕も思わず目を見開いた。
十二年前と比べれば多少なりとも年齢は重ねている。それでも、柔らかな微笑みも落ち着いた佇まいも、記憶の中とほとんど変わらない。
「ヘレーネ!」
僕たちから離れた場所にいたはずのアリーが、ヘレーネの魔力に気づいたのだろう、凄い勢いで空を飛んできた。いつの間にか、ボードなしで飛ぶことも当たり前になっている。
昔のように飛びつこうとしたアリーだったが、ヘレーネの直前でピタリと止まり、綺麗なカーテシーを披露した。
「まあまあ、お美しいカーテシーですわね。立派に成長なさいましたね、姫様。ヘレーネは嬉しゅうございます。それに、私には昔のままで構いませんのですよ」
笑ってはいたが、ヘレーネのその目元は、少しだけ潤んでいた。
「ヘレーネ、会いたかった!」
アリーはヘレーネに抱きつくと、嬉しそうにギュッと抱きしめた。二歳になる前までしか一緒に過ごしていなかったはずなのに、ちゃんと覚えているのだなと感心して二人を眺めていた。
しばらくアリーの背を優しく撫でていたヘレーネだったが、やがて名残惜しそうに身体を離した。
「姫様。本日は、来年のデビュタントにお召しになるドレスの採寸のために伺いました。アーバン様には先に採寸表を持って帰っていただきますので、数日間は一緒に過ごせますよ」
「やったあ——!」
素直に喜ぶアリーとは逆に、僕は何だか危険を感じて一歩下がる。もう一歩下がろうとした瞬間、ガッシリとアーバンに肩を掴まれた。
「ギルバート、お前もだぞ。デビュタントなんだろう? 姫様のために、男前にしてもらわなきゃなあ! お前が姫様のナイトになるんだろう?」
「あ、はい」
「じゃあ、頑張らなきゃだなあ! ガッハッハ!」
この時の僕は何も知らなかった。
アーバン殿の『姫様の騎士』という言葉を、そのまま『アリーの護衛』として捉えていたからだ。
「あと一年ありますから、流れだけお伝えしますね。数日前には入城することになっておりますので、詳細はその時にご説明いたしますわ」
ヘレーネが今後のスケジュールを説明しながら、一つひとつ僕たちに確認していく。
当然ながら、師匠や僕、そしてアーバンも、社交界についてはまったく役に立たない。それを理解している王妃様が、ヘレーネを寄越したのだろう。であれば、僕たちは彼女に任せるしかないのだ。
「王族としての礼儀作法も必要ですわね。宝飾は王妃様が嬉々として『私が選ぶわ!』とおっしゃっていたので問題ないでしょう。あとは……ダンスですわね」
剣ならば相手の呼吸も足運びも読める。魔物の攻撃だって避けられる。
だから、ダンス程度なら簡単だと思っていた。
――その認識が、とんでもなく甘かった。
その日からダンスの特訓が始まり、僕とアリーには揃って致命的なほどリズム感がないことを、生まれて初めて知ることになるのだった。




