第18話 五年という猶予
「なんだい、バルタザール。面倒事じゃないだろうね?」
言い淀んだ彼に、師匠がしびれを切らす。それを見て、怯えたように、バルタザール様はボソボソと話し出した。
「そ、その、両陛下が……。次代の国王は姫様に、とおっしゃっておられまして……」
「「「は?」」」
僕たちは目を丸くして驚いていた。可能性はあると聞かされてはいたが、まだアリーが十歳の時点で決める必要なんてないからだ。
「アーバン殿がですね、姫様の素晴らしさをひたすら両陛下にお伝えなさるものですから……」
「それだけで、ですか?」
僕と師匠は、顔を見合わせて同時に首を傾げた。
アリーの素晴らしさは、愛らしい瞳や動作、それから……たくさんありすぎるが、おそらくそっちではないのだろう。
あのアーバンのことだから、剣術や武術についてだろうか。
「それだけとおっしゃいますが、アーバンの言っていることが本当であれば、姫様は女王になるにふさわしいだけの功績を積み上げておられるのですし……」
「はあ? アリーが何をしたって言うんだい。魔物の排除であれば、ギルバートの功績でもあるだろう」
「はい、その通りなのですが。ですので、両陛下はギルバート様を姫様つきの護衛に、とおっしゃっておられまして」
汗をかきながらも必死に説明してくれるバルタザール様に、僕はちょっとだけ、振り回されているのを可哀想に感じた。
まあ、アリーの護衛をやれと言われたら、喜んでやるけれど。
しかし、これは決定事項なのだろうか。大賢者である師匠の意見を無視して決められることではないだろう。
「僕たちの保護者はアレン叔母様です。ですので、まずはそちらで話し合ってもらえますか」
僕が師匠に振ると、嫌そうな顔をしながらも頷いてくれた。
「まあ、そうさね。あたしが先に条件なりを決めてやるべきだろうね。一応、姫さんを預かった時に、『立派な女王になるように育ててくれ』と言われた記憶があるからねえ。駄目だとは言えないさ」
「あ、ありがとうございます!」
ホッとしたのだろう。詰めていた息を吐き出して、やっと強張った顔を緩めたバルタザール様に、僕は同情しながら話の続きを聞いた。
「いつ、姫さんを王城で引き取るつもりだい?」
「そこまでは、まだ決まっておりません。側妃の手が届かぬうちに、とおっしゃっておられます」
「それなら、お披露目が先だろう。手を出しにくくなる」
「はい、そうですね。ですので、近々パーティーを開かれる予定なのですが——」
「それじゃ駄目だ。まだ幼い姫さんを言いくるめて、自分の思い通りに動かそうとする輩が出てくるに違いない」
「そ、それはそうなのですが……。そんなことを言っていたら、いつまで経ってもお披露目できないかと」
「……五年後だ」
「え?」
「姫さんのデビュタントの日に、王城へ帰ろうじゃないか。まあ、準備が必要だから、前日になるとは思うが」
「そ、そんなに後になりますか? 姫様お一人でも、これだけお強いのに」
「魔法がどんなに強くても、まだ毒には弱い。どこから狙われるかなんて、分からないだろう」
「……ど、毒、ですか?」
「何をビビっているんだい。王子たちだって、毒に慣らされているだろう?」
「で、ですが、姫様は女性ですし——」
「馬鹿かい、あんたは。男だろうが、女だろうが、国のトップに立つのであれば、最悪を想定しなくてどうするんだい。あたしは可愛い娘をむざむざ殺される気はないよ」
「な、なっ、た、確かに、それも一理ありますが……」
「確かにこの子たちは強い。だが、今度は座学も必要になるだろう。姫さんもギルバートも、学園卒業程度の勉学は終わらせているが、それだけだ。まだ、狸親父たちに立ち向かわせるには時期尚早だろう」
「……分かりました。両陛下には、そのようにお伝えいたします」
こうしてバルタザール様は、項垂れたまま帰っていった。
そんなに早くアリーを王城へ戻す必要があるのだろうか。
不思議に思いながらも、まだアリーや師匠と暮らせると分かって、どこかホッとした自分に気づくのだった。




