第15話 守る技術
あれから半年。
僕が出した手紙が届いたあと、様々な調査を進めたアーバンが、僕たちの元を再訪した。
久しぶりに姿を見せた彼は、以前と変わらず大きな荷物を背負っていたものの、表情には僅かに疲れが見える。
王都では、こちらが思っている以上に調査が難航しているのかもしれない。
「王都では、前回の侵入者を引き取り、依頼者について調査中だ。ただ、王子のどちらかまでは確定していない。悪いな、かなり手間取っている」
「どうせ、魔物を放しに来たのは下っ端なんだろう。足がつかないようにあちらも必死さね」
「ああ、そうだろうな。我が国の王族は、王位継承順位の一位が第一王子、二位が第二王子、三位が姫様だ。そのうち、二位の第二王子だけが側妃の子。第二王子派が裏で何かやっていると思うのが普通なんだが……」
アーバンは難しい顔をしたまま腕を組む。
状況だけを見れば、最も疑わしいのは第二王子派だ。
けれど、あまりにも分かりやすすぎるからこそ、断定できないのだろう。
「捻っているなら違うかもしれんが、捻ってもいなさそうだ。ただ単に、犯人がバレなければ良いと思っているのだろう。牽制の意味も込めて、な」
「そこまで考えての行動ではない気もするが……まあ、姫様が無事なら問題はない」
「ああ、それは問題ない。魔物はすべて姫さんが返り討ちしたからな。いい訓練になったんじゃないか?」
視線を向けられたアリーが、笑顔で「はいっ!」と答える。
すると、アーバンは一瞬だけ目を丸くしてから、ゲラゲラと大声で笑い始めた。
「さすがだな。実際には何匹ぐらいいたんだ?」
「数百匹ですね。DからFクラスの弱い魔物が多かったことからも、騒ぎを起こすことでアリーをあぶり出そうとした可能性があります」
僕としては、そこまで危険な相手だったという認識はない。
数こそ多かったが、一匹一匹は強くなかった。
アリーの訓練相手として考えれば、むしろ丁度良かったくらいだ。
ところが、アーバンは笑うのをやめ、呆れたように僕を見る。
「……ギルバート、先に言っておく。DからFクラスだろうが、魔物が数百匹も放たれたなら、普通は怪我人や死人が出るんだからな。問題なく沈静化したのは、お前たち……姫様までもが強いからだ」
「ああ、なるほど……」
言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。
ここにいると、どうにも基準が分からなくなる。
「いいか、ギルバート。お前だけは正常な感覚を身につけろ」
アーバンは真剣な顔で、ずいっと身を乗り出してきた。
「アレンは『すべてが自分より弱い』としか思っていないし、姫様はまだ幼く経験も少ない。だからこそ、お前が『正常な感覚』を持つ必要があるんだ。分かるな?」
懇願するような目で僕を見つめるアーバンから、彼は過去に師匠から随分と苦労させられていたのだろうと察した。
そういえば、師匠の昔話をするときのアーバンは、妙に疲れた顔をすることがある。
きっと僕の知らないところで、色々あったに違いない。
「はい、そうですね。僕がちゃんと把握して、アリーを制御できるようにならないといけませんね」
「ああ。姫様と……お前のためでもあるからな」
「?」
僕のため、という意味はよく分からなかったが、アーバンはそれ以上説明するつもりはないらしい。
「まあ、分かりました。では、調査は団長に任せるとして、僕たちにできることはありますか?」
「ああ、そうだった。実は、依頼をしに来たんだ」
「依頼、ですか?」
「ああ。ちゃんとした報酬も出すからな。最近、森の北側で魔物が増えているのは知っているか?」
「森の北側ですか? ここからは随分離れていますから、異変には気づきませんでした」
普段、僕たちが生活しているのは、この岩山を中心とした一帯だ。
狩りに出ることはあっても、わざわざ百キロ近く離れた北側まで行くことは少ない。
「アレンは?」
「確かに魔物が増えているが、そこまで多くはないだろう。うちの子たちが行くまでもないんじゃないか?」
「それが、更に北の集落が襲われているんだ。だから、こちら側から回って、間引いてもらえると助かるんだ。計測カウンターを渡すから、一匹辺り銅貨二枚でどうだ?」
「そんなにもらえるのですか? 破格ですよね」
弱い魔物なら、素材にもならないものが多い。
討伐報酬として考えれば、一匹銅貨二枚は随分と高い。
「そりゃそうだ。ギルバート、たとえば国が騎士を動かすとして、いくらかかると思う?」
「え?」
問われて、少し考える。
騎士本人への給金だけではない。
馬、食料、装備。
長期間の遠征になれば、野営の準備も必要になる。
「なるほど、ここは王都から距離がありますから、人数が増えれば増えるだけ、出費も嵩むのですね」
「そういうことだ。軍隊を一つ動かすよりも、一匹銅貨二枚で済むなら、そっちの方が安くつくんだ。それに、騎士団を大々的に入れれば、ここらの住処周辺を探られる危険があるだろう?」
「王族に敵がいるのであれば、多少距離があるとはいえ、確かに近寄らせたくはないですね」
僕たちの居場所を知っている人間は少ない。
これまで、それがアリーを守る最大の防壁になっていた。
侵入者の一件があった今、その防壁を自分たちから壊すような真似は避けた方がいい。
「だろう? だから、時間があったら減らしておいてくれないか」
「お兄さま、減らしに行こう!」
アリーは目を輝かせて喜んでいた。
魔法を使うにも、こういった機会でもなければ、最近は制御魔法ばかりやらせているからだ。
アリーの魔法は威力が高すぎる。
ただ訓練のために森へ入れば、魔物より先に森そのものが被害を受けかねない。
だから近頃は、攻撃魔法よりも威力を抑えたり、範囲を絞ったりする訓練を中心にしていた。
「僕、この数年は防御魔法しか使ってないんだけどな……」
ポツリと零した言葉に、師匠がバンバンと背中を叩く。
「ギルバートが防御壁、軌道修正、余波の相殺、修復を担当してくれているから、アリーはのびのびと暮らせているんだ。感謝しているよ」
ぐっ……。
師匠に褒められると、やらざるを得ない気持ちになる。
滅多に褒めない人が、ここまで言ってくれているのだ。
とはいえ、毎回そうやっておだてられて、僕はアリーの魔法をフォローしてきたのだけれど。
最初の頃は、ただ防御壁を張るだけだった。
だが、アリーの魔法は日に日に強くなった。
壁で受け止めれば、衝撃で周囲が吹き飛ぶ。
上へ逸らせば、飛んでいった魔法がどこへ落ちるか分からない。
地面へ逃がせば、今度は大穴が開く。
どうすれば周囲を壊さずに済むのか。
それを考えているうちに、いつの間にか僕の役目はただの『防御』ではなくなっていた。
『防御魔法は硬くすりゃいいってもんじゃないよ。受け止めるんじゃなく、流すんだ』
防御魔法の訓練だと思えという師匠は、特に防御魔法の指導には力を入れてくれた。
『全部防ぐ必要はない。危ないところだけ消せばいいんだ』
その言葉どおりに練習を重ね、今ではアリーの攻撃魔法のほとんどを受け止め、流し、必要な部分だけを消せるようになっていた。
魔力量そのものが大きく増えたわけではない。
けれど、魔力操作の精密さだけなら、昔とは比べものにならないほど上がっている。
だからこそ、師匠はアーバンの提案に文句を言わないのだろう。
「ギルバート。やるかやらないかは、あんたが決めな。あたしはやらないし、アリーがやるならフォローが必要だろう」
そう言うと思った。
アリーを見る。
期待に満ちた紫色の瞳が、じっと僕を見上げていた。
「はあ。団長からの依頼ですし、やりますけど。毎日百匹ぐらいの駆除を予定していますが、ご希望はありますか」
「……数を指定しろと?」
「はい。アリーの上級魔法一撃で、百メートル圏内の魔物は狩れますから、北側に近づけば近づくほど——」
「ま、待て待て! 森を破壊してくれるなよ!?」
「ああ、それは問題ありません。僕が木々を守りますから」
「……はあ?」
アーバンの顔から、理解という文字が消えた。
師匠が肩を揺らして笑う。
「見た方が早いんじゃないかい?」
「あー、そうですね」
確かに、説明するより実際に見せた方が早いだろう。
僕は立ち上がり、アリーへ手を差し出した。
「アリー、僕より前に行っちゃ駄目だよ」
「はい、お兄さま! お約束します!」
僕はその頭を優しく撫でる。
久しぶりに思い切り魔法を使えるからか、アリーは今にも飛び跳ねそうなくらい嬉しそうだ。
その笑顔を見ながら、僕は小さく息を吐いた。
まあ、たまには好きなだけ魔法を使わせてやってもいいだろう。
森を壊さないようにするのは――僕の仕事なのだから。




