第14話 小さな魔導師
あれから三年——僕たちの住処の周りをうろつく者たちがいると、師匠が探知魔法で気づいていた。
東の方角から、森を通って向かって来ようとしているらしい。三年前に、アーバンがここまで来るために使った道でもあった。
「東から来ているなら、直接向かえば住処の位置を特定されてしまいます。南へ迂回します」
「そうしな。四人いる。一人は魔法使いらしい。妙な魔力反応もあるねえ」
「お兄さま、私も行きたいです!」
「アリーは……」
頬をぷくっと膨らませた彼女を見て、僕は一瞬で負けた。
「分かった。ただし僕の後ろにいること。魔法は使っていいけれど、剣と体術はなるべく使わない。顔も見られないようにする。それが守れるならね」
「はいっ!」
アリーは一度交わした約束だけは、きっちり守る。次も連れて行ってもらうためだろう。
「ふむ、あたしは岩山の上で『視て』いるからね。やるなら、しっかりやっておいで」
「「はいっ!」」
こうして僕とアリーはボードで南に向かい、時計回りにぐるっと迂回してから不審者のところへ辿り着いた。彼らとの距離は百メートルぐらいだ。
「……あの瓶かな」
「うん、あれだね。魔物特有の澱みが入ってる」
「そんなの分かるの?」
「分かるよ。お母さまが前に一匹、見せてくれたでしょう?」
「ああ、そういえば捕まえてきたね」
三年前、師匠が教材代わりに捕まえてきた魔物を、まだ覚えているらしい。
「あれが出てきたら、全部魔法でやっつければいい?」
「火魔法は駄目だよ。森の中では、火事になっちゃうからね」
「はい、お兄さま!」
打ち合わせをしているうちに、あちらの魔導師が瓶の蓋を開けてしまった。って、頭が悪いのか……自分たちまで襲われている。
「面倒だなあ……」
「お兄さま、私は魔物を倒しますね!」
言うが早いか、アリーの周囲に幾つもの氷の矢が生まれる。
一斉に放たれたそれは、木々の隙間を縫うように飛び、こちらへ向かっていた魔物だけを次々と撃ち抜いていった。
……三年前なら、一発撃つだけでも大喜びしていたのにな。
「アリー、無理はしないでね!」
「はーい!」
「風よ——」
僕は風魔法の鞭で四人の足を絡め、魔物の中から引きずり出して宙に浮かべた。
「痛え、痛えよお! た、助けてくれー!」
僕は、昨年アーバンが教えてくれた幻惑と擬態の魔法を使って、彼らの前に姿を現した。
彼らには、長身の黒いマントを羽織った男に見えているはずだ。
「誰に雇われた」
「い、言えるかよ!」
「なら、このまま魔物の群れに戻す」
「なっ……!」
「ここで死ぬか、依頼主から逃げ切れる可能性に賭けるか。好きな方を選べ」
「わ、分かった! 言う! 王族だ!」
「目的は?」
「魔物を放てば金をやるって……それだけだ!」
「そうか。なら、行け」
「あ、ああ! もうここには二度と近寄らねえ!」
――近寄らない?
僕は、ここへ来るなとは一言も言っていない。
「待て」
男たちの顔が強張った。
「俺は今、近づくなと言ったか?」
「……っ。剣を抜け!」
「本当に馬鹿なんだな。さっきの鞭で魔導師だと分かっただろうに。無謀だとは思わないのか?」
僕は再び、風の鞭で彼らを縛り上げた。面倒だったが、一番近くの街の警邏隊に引き渡すことにしたのだ。
「王都のアーバン殿に手紙を届けてほしい」
警邏隊に四人を引き渡し、アーバン宛ての手紙を託した。ついでに、待たせてしまったアリーへのクッキーも買って帰る。
「アリー、お待たせ! お詫びのクッキーだよ」
「わーい。お兄さま、ありがとう!」
「魔物は……全滅だね。お疲れ様、アリー」
「えへへ」
……ただし、周囲の惨状には目を瞑ることにした。
氷の矢が突き刺さった木。根元から薙ぎ倒された低木。逃げ遅れたのか、魔物ではない獣まで何匹か転がっている。
魔物は確かに、一匹残らず全滅していた。
「アリー、頑張ったね」
「はい!」
満面の笑みを向けられてしまえば、叱る気にもなれない。
……今夜、こっそり修復しに来よう。




