第八話 【クエスト5 : コンビニに行け】
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激動の初登校を終えたユーリくん。夜のコンビニ回です。
元勇者、プリンと出会う。
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玄関の扉を開けた瞬間、体中の力が抜けた。
――帰ってきた。
靴を脱いで廊下に上がる。朝出た時のまま静かな一軒家。窓の外にはもう夕日は沈んで空は紫色と紺色のあいだくらいに染まっている。
長い一日だった。
登校。凪紗さんとの出会い。授業。購買。学校案内。颯太との出会い。街歩き。
――正直に言えば勇者時代のダンジョン攻略に匹敵する密度だった。
でも。
不思議と嫌な疲れじゃなかった。ちゃんと何かを乗り越えた後のじんわりとした達成感がある。
リビングに入るとふわりと温かい匂いがした。
――ん?
食卓を見るとそこに料理が並んでいた。
深い色の煮込み料理。大きめに切られた肉と野菜がとろりとしたソースの中に沈んでいる。隣には湯気の立つ白いご飯。
そして皿の横に小さな手紙が添えてあった。
ピンク色の便箋。丸っこい字。
”ユーリくんへ
初日おつかれ~! 新しいお友達もできたみたいじゃん、やるぅ!
がんばった君に、ママが腕によりをかけて作ったビーフシチューだよ。 ちゃんと食べてね!
あ、お皿は洗っといてね。高校生なんだから自分のことは自分でやるのだ!
LOVEたっぷり、ママより♡”
「……ミリアさん」
僕は手紙を持ったまま小さく笑ってしまった。
女神がビーフシチューを。腕によりをかけて。ママより。
……突っ込みどころが多すぎて何から言えばいいか分からない。
『ミリア様は本日の午後、この家に立ち入った形跡があります。滞在時間は約二時間。その間キッチンの使用が確認されました』
(二時間もいたの?)
『煮込み料理ですので妥当な時間かと』
(……女神が煮込んでたんだ)
『はい。なお味の保証はいたします』
スプーンを手に取って一口すくう。
……うまい。
肉は柔らかくてソースは深い味わいでじんわりと体に染み渡っていく。
丁寧で優しい味がする。
(……おいしいよ、ミリアさん)
誰もいないリビングでそう呟いて僕は黙々と食べ続けた。
*****
食事を終えて皿を洗い終わると僕は机に向かった。
教科書とノートを広げる。
(ナビさん)
『はい』
(今日の授業の復習をしたいんだけど)
『承知しました。では本日の授業内容を整理してーー』
(あ、待って)
『はい?』
(今日は自分でやってみる)
『……と言いますと?』
(ナビさんにずっとガイドしてもらうのはさすがに反則だと思うんだ。授業中はしょうがないけど家での勉強くらいは自分の力でやらないと)
少しの沈黙。
『……マスター』
(うん?)
『大変結構な心がけです』
(ありがとう)
『ただし分からない箇所がございましたら遠慮なくお申し付けください。放置すると翌日の授業で致命傷になります』
(了解)
教科書を開く。数学。三角関数。sin、cos。
……うん、やっぱり全然分からない。
でもナビさんが今日の授業中に脳内に展開してくれた情報の断片がうっすらと残っている。それを手がかりに一つ一つ紐解いていく。
遅い。途方もなく遅い。元の世界で新しい剣術を覚えた時の何倍も時間がかかる。
でも不思議と苦ではなかった。
しばらく格闘しているとぽんっとウィンドウが浮かんだ。
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スキル習得
「国語」Lv.1 「数学」Lv.1
「英語」Lv.1 「歴史」Lv.1
「古典」Lv.1
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『本日の授業と自主学習の成果、お見事です』
(……ナビさんが褒めてくれるとやっぱ嬉しいね)
『仕様です』
(それは仕様じゃないでしょ)
*****
勉強をひと段落させて僕は風呂に入ることにした。
ミリアさんが用意してくれたこの家にはユニットバスという設備がある。昨日ナビさんに使い方だけは教わっていた。
蛇口をひねるとお湯が出る。それだけで十分驚きだったが湯船に浸かった瞬間はさらに次元が違った。
「……ふぅ」
温かい。体の芯までじんわりと溶けていくような温かさ。
元の世界の宿屋にも風呂はあったが大抵は冷たい水か良くてもぬるい湯だった。こんな風に好きな温度のお湯に好きなだけ浸かれるなんて。
(……リーナがこれを知ったら絶対に喜んだだろうな)
リーナは宿屋の風呂にいつも文句を言っていた。「冷たい! ぬるい! わたしが火の魔法で沸かした方がマシ!」と。実際に一度沸かしたら熱すぎて大騒ぎになったことがある。
……みんなに見せてあげたかったなこの世界のお風呂。
*****
風呂上がり。髪を拭きながらリビングに戻るとテレビという装置の電源を入れてみた。
ナビさんに教わった通りリモコンのボタンを押すと画面が明るくなって映像が流れ始める。
ニュースというものらしい。この世界の出来事を映像と音声で伝える仕組み。
魔物の襲撃も魔王軍の侵攻もどこにもない。政治の話、天気の話、どこかの街の祭りの話。
――平和だ。
画面をぼんやりと眺めながら情報を頭に入れていく。この世界のことをもっと知らなければ。
――と、その時。
ぽんっ。
見慣れた半透明のウィンドウが目の前に浮かんだ。
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クエスト5:コンビニに行け
難易度:★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
報酬:夜の楽しみ
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(……ナビさん)
『はい、マスター』
(もうクエスト5なの? 今日だけでいくつクリアすればいいんだ)
『日常とはその程度に忙しいものです、マスター』
(コンビニって、ミリアさんが言ってた"何でも買える店"だっけ)
『はい。24時間営業の小型店舗で食料品や日用品が購入可能です。なお現代日本において一人暮らしの男子高校生が夜に自宅を抜け出しコンビニで夜食を買い、ついでにこっそりと成人向け雑誌を立ち読みするのは極めて一般的な行動とされています』
(……後半、いる?)
『人知れず青春を謳歌するのも高校生の嗜みかと』
(……ナビさん、その情報源ぜったい100選でしょ)
でもまあコンビニは気になっていた。何でも買える店。この世界の万屋みたいなものだろう。
風呂上がりで体も温まっているしちょっと外の空気を吸うのも悪くない。
「……行ってみるか」
*****
夜の凪原市は昼間とはまた違う顔をしていた。
街灯がぽつぽつと道を照らして潮風が心地よく頬を撫でる。遠くで波の音がかすかに聞こえる。
――夜の風って気持ちいいんだな。
元の世界では夜に外を歩くのは危険だった。魔物が活発になる時間帯。常に剣の柄に手を置いて気配を探りながら進む。それが僕の知っている「夜の外出」だった。
でもここでは違う。
ただ歩くだけでいい。それだけで気持ちいい。
坂を下りて少し歩くと明るい光が見えてきた。
「コンビニ」と書かれた看板。ガラス張りの店内が夜の中に浮かび上がっている。自動ドアが開くとぴんぽんと軽い音が鳴った。
店内に入った瞬間、僕は足を止めた。
「……すごい」
棚。棚。棚。
壁一面に商品が整然と並んでいる。食べ物、飲み物、菓子、弁当、パン、おにぎり、麺類。さらにその奥には文房具、雑誌、日用品。
こんなに小さな店にこれだけの種類のものが詰まっている。元の世界の一番大きな市場よりも品揃えが良いかもしれない。
(ナビさん、これ全部売り物?)
『はい。全て購入可能です。なお購入にはレジと呼ばれるカウンターでの会計が必要ですがICカードもご利用いただけます。朝、駅で使用したものと同じです』
(あのカード、ここでも使えるの?)
『万能です』
すごいなこの世界。カード一枚であちこちで買い物ができる。
僕は棚をゆっくりと見て回った。一つ一つの商品を手に取って眺めて戻す。この世界の人たちはこんなにたくさんの種類の食べ物に囲まれて暮らしているのか。
『マスター、成人向け雑誌コーナーはあちらの奥です』
(いらない)
『即答でした』
(即答だよ)
僕はさっさと別の棚に向かった。
*****
菓子コーナーの前で僕は足を止めた。
色とりどりのパッケージが並ぶ中で一つの商品が目に留まった。
透明な容器の中にぷるぷるとした半透明の物体が入っている。薄い茶色というか琥珀色というか。微妙にとろりとした質感。
(ナビさん)
『はい』
(スライムが容器に入って売られてるんだけど)
『違います』
(いや、でもこの質感と色、薬草スライムにそっくり……)
『それは"プリン"と呼ばれる菓子です。卵と牛乳と砂糖を主原料とした極めてポピュラーなデザートです。スライムではありません』
(でも見た目が)
『スライムではありません。マスター、二度申し上げます。スライムではありません』
そう言われて改めて商品名を読んでみる。
『 超 極 濃 厚 プ リ ン ~至福のとろける一口~ 』
(……名前、すごいね)
『はい。現代日本のスイーツ業界は商品名に過剰な形容詞を用いる傾向があります。「超」「極」「濃厚」は基本三種の神器とされています』
(三種の神器って)
『とにかく、このプリンは全国のコンビニスイーツランキングで上位に入る人気商品です。一度お試しになることをお勧めします』
(……そっか。この世界ではこれは普通のお菓子なんだ)
スライムにしか見えないがこの世界の人々はこれを喜んで食べている。ならば僕も食べてみるべきだろう。
勇者たるもの未知の食材にも果敢に挑まねばならない。
(よし、買う)
『ご英断です』
*****
家に戻って買ってきた「超極濃厚プリン~至福のとろける一口~」を開けた。
スプーンを一すくい口に運ぶ。
――――。
「……っ」
言葉が出なかった。
甘い。とろける。舌の上で滑らかに溶けていって体中に染み渡っていく。
疲れた体にこの甘さは。
「……ナビさん」
『はい』
「これ、すごい」
『プリンですが』
「いや、これすごい。全身に体力が回復していく感覚がある。秘境で見つけた伝説のエリクサーに匹敵すると言っても過言じゃない」
『過言です』
「過言じゃない」
『過言です、マスター。税込み298円のコンビニスイーツです。伝説のエリクサーは推定市場価値が金貨三千枚相当でした。比較対象として不適切です。冷静になってください』
「……でもおいしい」
『それは否定しません』
僕は最後の一口まで大事に食べた。
空になった容器をテーブルに置いてふう、と息を吐く。
――この世界にはエリクサーはない。魔法の薬も回復魔法もない。
でも298円のプリンがある。
それだけで十分な気がした。
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☆クエスト5 : コンビニに行け CLEAR☆
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現在のユーリくんのステータス
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結城 雪里
凪原西高校 2年3組
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【スキル】
スマホ Lv.2
国語 Lv.1
数学 Lv.1
英語 Lv.1
歴史 Lv.1
古典 Lv.1
【クリア済みクエスト】
クエスト1 : 登校せよ ✓
クエスト2 : 授業を受けよ ✓
クエスト3 : 購買に行け ✓
クエスト4 : 友達を作ろう ✓
クエスト5 : コンビニに行け ✓
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