第四話 【クエスト3 : 購買に行け】
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どうも、縁側の猫です。
午前の授業、なんとか乗り切ったユーリくん。
しかし、お昼休みの購買には新たな戦いが待っていて――。
どうぞお楽しみください。
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――キーンコーンカーンコーン。
四時間目の終了を告げるチャイムが教室に響いた。
その瞬間、目の前にぽんっとウィンドウが浮かんだ。
☆クエスト2 : 授業を受けよ CLEAR☆
『お疲れ様でした、マスター。午前四時限、見事に完走です』
(……完走、か)
たった半日。たった四つの授業を受けただけで「完走」という言葉が出てくる。
二十四年戦場を駆け抜けてきた僕がである。
(ナビさん、現代日本なかなか手強いね)
『マスターが手強いと感じるのであれば、この世界の一般的な高校生は毎日英雄級の偉業を成し遂げていることになります』
(……それは、本当にそうかもしれない)
僕は心の中で素直に敬意を表した。この世界の高校生は、すごい。
――と、感傷に浸る暇もなく。
「結城くーん!」
「お昼、一緒に食べよ!」
「うち、お弁当持ってきてるから一緒に食べたいー!」
「ちょ、抜け駆けすんなって!」
目の前がまた一瞬で女子たちの壁に変わっていた。
――なぜ。
なぜなんだ。
助けを求めるように後ろの席を振り返る。
凪紗さんが椅子の上で腕を組んでこちらを眺めていた。
そして小さく首を傾げた。
「……ふむ」
何か決心したような目をしている。
すっ、と席を立ち上がる。
「はい、そこまでー!」
凪紗さんはぱんと手を叩いて輪の中に割って入ってきた。
「転入初日の男の子を女子ほぼ総出で囲むのは禁止! ちょっと常識!」
「えーっ、じゃあ凪紗は何、独占する気?」
「独占じゃないよー、ちゃんと案内係として学校の施設を見せてあげるだけでーす」
「それ絶対嘘! 凪紗、抜け駆けすんなっ!」
「えっ、あたしもついていきたい!」
「だーめだーめ、学級委員の職務としてお連れするのでー!」
笑顔のまま凪紗さんはぐいと僕の腕を引いた。
「ほら、ユーリくん、行こ!」
「え、あ、はい」
背中に無数の抗議の声を浴びながら僕と凪紗さんは笑いながら半ば駆け足で教室を飛び出した。
廊下に出て角を曲がって、さらに階段を駆け下りて。
ようやく静かな昇降口の近くで凪紗さんは立ち止まった。
「はー、逃げ切った」
両手を膝についてくすくすと笑う。
「ごめんね、ユーリくん。あの子たちも悪気はないんだけどちょっとブレーキないときあるから」
「……ありがとう、凪紗さん」
「ん!」
凪紗さんは顔を上げてにっと笑った。
その時、目の前にまたウィンドウが浮かんだ。
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クエスト3:購買に行け
難易度:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
報酬:昼食
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(……また来た)
『昼食の確保はマスターの活動維持に不可欠です。受注をお勧めします』
(報酬が"昼食"って……)
『はい。生存に直結する、極めて実利的な報酬です』
……まあ、たしかにお腹は空いている。
「どういたしまして! あ、じゃあお昼どうする? ユーリくん、どっかで食べる予定だった?」
「えっと、購買で……」
言いかけた瞬間、凪紗さんの顔が微妙に引きつった。
「……購買?」
「うん、ナビ……じゃなくて、朝に親が購買で買えって言ってて」
「ユーリくん」
凪紗さんは眉を少しだけ寄せた。
「今日うちの購買に行くの、魔王城に突っ込むようなもんだよ」
……魔王城。
あの、僕が二十四年かけて攻略した場所。
「……そんなに?」
「そんなに」
凪紗さんは腕を組んでうんうんと頷いた。
「でもまあ行くしかないよね。おにぎりでも一個買えれば御の字。……よし、わたしも付き合う。一緒に行こ」
「え、いや、凪紗さんは普通に食べてきて」
「だめー。ユーリくんをあそこに一人で送り込むのは学級委員としての良心に反する」
そう言って彼女はまたぐいと僕の腕を引いた。
「行くよー、ユーリくん! 覚悟!」
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――そして五分後。
購買、という名のその空間を前にして僕は固まっていた。
狭い通路に押し合いへし合いひしめき合う生徒たち。
ショーケースの向こうでは店員さんが目にも止まらない速さでパンやおにぎりや飲み物をレジに打ち込んでいる。カウンターの向こうからどんどん商品が消えていく。
叫び声。
押し合う肩。
誰かの「メロンパン、最後の一個!」という宣言。
それに反応して四方八方から伸びる無数の手。
――これは。
これは違う。
戦争を被った村の食糧配給所でもこれほどではなかった。
強いて言うなら宝箱を見つけた瞬間のゴブリンの群れ。
あれに一番近い。
あの、自我を忘れて目の前の報酬に突進するあの光景。
『マスター、ゴブリンではありません。現代日本の高校生です』
(……うん、でも動きが完全に同じ)
『否定はしません』
凪紗さんが腰に手を当てて群れを睨みつけていた。それからこちらを振り返る。
「ユーリくん、希望ある? パン? おにぎり? 麺類は今日の時間だとまず無理」
「……えっとおにぎりならなんでも」
「了解! じゃあわたし行ってくる。ユーリくんはここで待ってて」
「え、でも危険じゃ」
「わたしを誰だと思ってる?」
凪紗さんはにっと勇ましく笑った。
「凪西2年3組、学級委員の七海凪紗だよ!」
そう宣言して彼女は群れに突っ込んでいった。
――戦士の後ろ姿そのものだった。
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数分後。
息を弾ませた凪紗さんが戦果を抱えて戻ってきた。
おにぎり二つとパック牛乳。
「……なんとか、ね」
「ありがとう、凪紗さん……本当に」
なんとかお昼にはありつけた。
昇降口近くの日当たりのいい階段に並んで座っておにぎりを頬張る。胃に何かを入れても朝から積み重なった疲労はほとんど回復していない気がしたが、隣で凪紗さんが「生き返るぅ」と呟きながらおにぎりを食べているのを見ていると、不思議と気持ちは穏やかだった。
――平和だ。
この一口のおにぎりと、隣で笑ってくれる誰かがいる。
それだけで、こんなにもほっとする。
ぽんっ、と目の前にウィンドウが浮かんだ。
☆クエスト3 : 購買に行け CLEAR☆
『昼食の確保に成功。クエスト3、クリアでございます』
(……これで星二つだったの?)
『はい。ただし凪紗さんの援護がなければ星四つ相当の難易度だったかと』
(……凪紗さんがいなかったら、僕どうなってたんだろう)
『おそらく昼食未確保で午後を迎え、五時限目の途中で意識が途絶えていた可能性があります』
(……怖い)
僕はおにぎりの最後の一口を大事に頬張った。
凪紗さんが横でくすっと笑う。
「ユーリくん、なんか変な顔してる」
「……気のせいだよ、凪紗さん」
春の光が昇降口の外から静かに差し込んでいた。
凪紗さんはパック牛乳のストローをくわえたまま、ふと空を見上げた。
「ねえ、ユーリくん」
「うん?」
「お昼休み、まだちょっと時間あるからさ。学校の中、案内してあげよっか。凪西のいいとこ、たくさんあるんだよ」
その声が少しだけ弾んでいるのが分かった。
こういうのが好きなんだろうな、と思った。誰かに自分の好きな場所を見せて、一緒に「いいね」と言い合うこと。
「……うん。よろしく、凪紗さん」
凪紗さんは、ぱっと顔を輝かせた。
「やった! じゃあ食べ終わったら行こ!」
――その笑顔を見た瞬間、午前の疲れが少しだけ軽くなった気がした。
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クエスト3・了




