第三話 【クエスト2 : 授業を受けよ】
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どうも、縁側の猫です
ユーリくん、初登校の日はまだまだ続きます。
クラスメイトとのはじめまして、授業という名のダンジョン、ラッシュアワー並みの購買戦線。現代日本の学校生活、果たして元勇者は無事に乗り越えられるのか――?
どうぞお楽しみください
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朝のホームルームが終わった、その瞬間のことだった。
「ねっ、結城くん! ライン交換しよ!」
「あっ、抜け駆けはダメだって! あたしも交換したい!」
「えーっ、順番とかあるの? 早い者勝ちじゃないの?」
ぐわ、と押し寄せる波。
僕の机が一瞬で女子たちに囲まれていた。数えるのも大変な人数が僕のスマホを覗き込んで、それぞれのスマホを差し出してくる。
「結城くんってさー、どこ出身? 海外とか?」
「好きなものとかある? スポーツとか、ドラマとか」
「ってか肌きれいじゃない? スキン何使ってる?」
「髪もツヤッツヤなんだけど、なんかしてる?」
「家どこ? 駅どっち側?」
矢継ぎ早の質問攻め。
――これはダンジョンだ。
しかもただのダンジョンじゃない。僕の脳内処理能力を同時多発的に削ってくるタイプの極めて厄介なやつだ。
(ナビさん、助けて)
『承知しました。優先度の高い質問から順に処理します』
頭の中に戦闘開始時のような張り詰めた声。
『質問1:出身地。安全回答――「県外からの転入でそこそこ遠いところ」。詳細は曖昧に』
「えーと、県外から来たばっかで」
「へー、じゃあ転校前の学校とかあるんだよね? どこ?」
『回答不能。"家の都合で頻繁に引っ越していた"で処理を』
「……色々あって、前はあんま一箇所にいなかったから」
「うわ、大人っぽ! 御曹司説あるかも~!」
いや、ただの元勇者だ。
『質問2:趣味。安全回答――「読書」。深追いされた場合は"ジャンルは色々"で逃げる』
「趣味は……読書、かな」
「やっぱ頭いいタイプ~! どんな本読むの?」
「……ジャンルは色々」
『質問3:スキンケア。……保留。マスターに知識ゼロのため回答不能』
(スキンケアって何!?)
『現代日本女性が皮膚の状態を維持するために行う一連の行為です。詳細は後日』
(後日って、今聞かれてるよ!?)
「……えっと」
僕が詰まった、そのわずか一瞬の間に。
「わかった、なんもしてないパターンだ!」
「素でこれ!? うっそ、遺伝子レベルでずるい~!」
「あ、もうそれなら別のこと聞く! 家、どのへん?」
『回答可能。海が見える高台の一軒家、でおおむね問題ありません』
「海が見える高台のほう」
「えーっ、うちの近くかも! 今度うち来なよ!」
「抜け駆けすんなって!」
がやがや。わいわい。きゃっきゃ。
生涯で一度も経験したことのない種類の奇妙な戦場だった。剣を振るわないでただ返事をし続ける戦場。
そして僕の後ろの席。
凪紗さんは椅子に斜めに腰掛けて、こちらの様子をにこにこと眺めていた。
――何か助けてあげようか、とは思っていない様子が全開だった。
彼女と目が合う。
凪紗さんは口だけ動かして小さく囁いた。
「が・ん・ば・れ~」
……ひどい。
と、その時。
ぽんっ、とスマホの画面にウィンドウがいくつも立ち上がった。
「あっ、結城くんのライン追加した! ってか連絡先登録するだけだと寂しくない? うちらのクラスグループもあるよ、入る?」
「入る?じゃなくて入る! 凪紗が管理者だから、凪紗に言って!」
「えーじゃあ凪紗ー、結城くんを追加してー!」
凪紗さんはにこっと微笑んで自分のスマホを取り出した。
「はーい、了解。ユーリくん、招待送るね」
ぴろん、と僕のスマホに通知が届く。
画面を開くとそこには見慣れない名前のグループトークが表示されていた。
【凪西最強2-3組】参加者:29名
(……"凪西最強2-3組"?)
『凪原西高校2年3組の、通称"最強"を自称するグループの意です』
(最強……いや、そこまで名乗っていいの、このクラス)
『管理者は七海凪紗さんです』
(……ああ、うん、なんかそんな気がしてた)
グループに追加されると、いきなり画面が止まる勢いでメッセージが流れ始めた。
「「おっ、転校生きた!」
「はじめまして~」
「結城くん、よろしく!」
「スタンプ送ってー!」
「ルール説明! このグループでは抜け駆け禁止! 結城くんとの絡みは全員平等に!」
「そんなルールあったっけ?」
「今作った」」
画面のスクロールが追いつかない。
一体、何をどう返せばいいんだ、これは。
『マスター、落ち着いてください。現代日本における最も安全な初回挨拶――「皆さん、はじめまして。結城雪里です。よろしくお願いします」。これで対応可能です』
(これで本当に大丈夫?)
『はい。返事さえあればこの場はひとまず収まります』
言われた通りにおぼつかない指先で文字を打ち込む。打ち慣れていないから時間がかかる。なんとか文章を作り上げて送信。
「「皆さん、はじめまして。結城雪里です。よろしくお願いします」」
直後、画面が賑やかに弾けた。
「「きた!」
「律儀~!」
「まじめ!」
「結城くん優等生じゃん、安心した~」
「結城くん"さん付け"なの、なんか面白い」」
そして次の瞬間。
ぽんっ、と目の前にまた一つウィンドウが浮かんだ。
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スキル・レベルアップ
「スマホ」 Lv.1 → Lv.2
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『おめでとうございます、マスター。グループチャット参加および初発言の達成により"スマホ"スキルがレベル2に到達いたしました』
(……早くない?)
『"大人数の場における第一声"は本スキルの成長において極めて重要な経験値です』
(はあ、そうなんだ)
『レベル2の効能はテキスト入力速度の若干の向上、および画面スクロールへの慣れです』
(……地味)
『地道な成長が最大レベルへの唯一の道です』
(....うん。まあ僕は10まで要らないしね)
『そうでした』
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ふう、と僕は小さく息を吐いた。挨拶一つでここまで疲れるとは思わなかった。
――と、その時。
再び目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
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クエスト2 : 授業を受けよ
難易度:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
報酬 : 日本の高校生としての"基礎"
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(ナビさん)
『はい、マスター』
(これ急に出てきたけど、星二つ?)
『現代日本の高校二年生の一時限目から四時限目までを乗り切る、標準的な難易度です』
(……星一つだった朝の"登校せよ"より難しいの?)
『はい。集中力、知識、忍耐力、全方位の持久戦となります』
(……そうですか)
『マスター、心構えだけは忘れずに』
――教室の時計の針がちりんと一限目の開始時刻を指した。
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そして僕は、新たな地獄を知った。
日本の高校の授業、というものを。
一時間目は数学だった。
黒板に書かれる見たこともない数式。曲がりくねった線の横に「sin」「cos」という記号が並び、先生は当たり前のように「三角関数」と呼んでいるが、僕にはまったく覚えのない概念だった。
(ナビさん、これ何)
『数学の基礎概念です。角度と辺の長さの関係を表す関数で、高校一年生で履修済みの内容です』
(高校一年……つまりこの教室の全員がもう知っている?)
『はい。マスター以外の全員が』
(……)
――レベル1のスタートって、本当にそういうことだったんだ。
しかも困ったことにである。
「――では、この問題、結城くん、答えてみるか」
数学の先生がチョークの指先を僕の方へ向けた。
――なんで。
「新入りだからって遠慮しなくていいぞ。前の学校でも習ってるだろ、これくらい」
……たぶん習っていない。
というかここに来てまだ一日も経っていない。
頭の中でナビさんの声がさらに張り詰めた。
『マスター、状況はダンジョンに例えるなら先ほどより難易度が上がっております。覚悟を』
(どのくらい上がった?)
『感覚としては"洞窟の奥、初見のトラップ付き"です』
(……死ねる)
『ただし正解すればマスターの株は爆上がりです。乗り越えましょう』
ナビさんが教科書の図を僕の脳内に高速で展開してくれる。見たことのない三角形、正方形、数字、x、y。
――理解するんじゃない。模倣するんだ。
僕はナビさんの指示通り黒板の前に出てチョークを取った。
心の中で必死に数字と記号を追いかける。
……別に間違えても僕個人としてはそんなに気にしない。ただこうして注目を浴びてしまっている以上、無難に切り抜けて普通の転校生としてそっと日常に溶け込みたい。
それだけだ。それだけなんだけど、それがいちばん難しかったりする。
ナビさんの誘導通りに数字と記号を並べる。
書き終えて一歩下がる。
「……お、正解」
先生が少しだけ驚いたような顔をした。
「うん、いいぞ、結城。ちゃんと分かってるじゃないか」
ぱちぱち、とまばらな拍手。
「えっ頭いいじゃん、結城くん!」
「さっすが~! 御曹司説、補強されたわ!」
「全然関係ねえだろ御曹司」
クラスからそんな声が上がる。
自分の席に戻りながら僕はこっそり深く息を吐いた。
(……乗り切った)
『ナイスプレイ、マスター』
ナビさんの声も心なしか誇らしげだった。
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一時間目はなんとか乗り切った。
しかしこの地獄にはまだ続きがあった。
二時間目、古典。
漢字の読みをまた当てられる。
三時間目、英語。
――これが本当に何一つ分からなかった。
ミリアさんが転生にあたってこちらの世界の言語能力をつけてくれた。ただしそれは"日本語"に限った話だった。
(ナビさん……これ何て書いてあるの?)
『英語と呼ばれる日本以外の多くの地域で使用される言語です。残念ながら翻訳機能の対象外となっております』
(じゃあどうすれば……)
『耳で聞こえた音をそのまま再現してください。意味は後回しで構いません』
意味不明な呪文のような音をなんとか真似て音読する。
先生は不思議そうな顔をしたが特に直しはしなかった。
(ナビさん、今の合ってた?)
『正確にはかなり間違っております。ただ発音が"それっぽい雰囲気"だったため先生は判断に迷ったようです』
(それ誉めてる?)
『半分ほどは』
四時間目、歴史。
先生がなぜか僕に年号を答えさせる。
全授業、連続。全授業、指名。
明らかにおかしい。
(ナビさん、なんで僕ばっか当てられてるの?)
『……分析結果、判明しました』
(うん)
『"新顔で、さらに見た目の良い男子"が教室に加わると教員陣は無意識のうちに授業中その存在を視界に捉え、結果として発言機会が偏る傾向にあります』
(……それ僕のせいじゃないよね?)
『おっしゃる通りです』
(理不尽だ)
『同意いたします』
そして休み時間。
教室の自分の席に戻るたびに女子たちがまた集まってきて新たな質問攻めが始まる。
「結城くん、めっちゃ勉強できるじゃん!」
「前の学校、進学校? 何校?」
「これ、うちのクラスの数学の平均点こうなんだけど、どう思う?」
「スキンの話の続きね、まじで何もしてないの? 嘘でしょ?」
僕の脳内ではナビさんがずっと戦闘指揮官のような速度で指示を飛ばしていた。
『質問1:進学校判定回避――「そういう扱いの学校じゃなかった」』
『質問2:平均点の話題――「頑張ってるクラスだと思う」、共感で逃げる』
『質問3:スキン未回答保留中――「遺伝かも」で再度濁す』
(ナビさん、僕、現代日本に来てまだ丸一日も経ってないよ)
『お気持ちお察しします。しかしこれが現代日本の高校二年、四月の新学期です』
(こんなの毎日続くの?)
『いえ。新しさが薄れれば自然と落ち着きます。おそらく三日ほどで』
(三日……)
長い。
かつて高難易度ダンジョンの攻略に三日三晩費やした時よりも長く感じそうだ。
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☆ 〜つづく ☆




