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ゆうしゃぐらし ~世界を救った勇者、褒美に現代日本で高校生やってます~  作者: 縁側の猫
第一章

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2/17

第一話【 クエスト1:登校せよ ①】

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どうも、縁側の猫です!

第一話、ユーリくん初登校回です。のんびりお楽しみください。

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四月中旬の朝、七時半。春の澄んだ空気。坂道の先で海が朝日を受けて白く光っている。潮の匂い。遠くで鳴る電車の音。桜の花びらがどこからか一枚だけ、僕の肩に落ちてきた。


――平和だ。


何度そう思っただろうか。昨夜この世界に来てからずっと、胸の奥でこの言葉が繰り返されている。


『……マスター』


頭の中に、抑揚のないナビさんの声が響いた。念話だ。便利な機能だと昨日のうちに身に染みた。


(うん、ナビさん。どうしたの?)


『少々お待ちください。ただいまクエストを追加いたします』


「え」


思わず声が出てしまった。慌てて周囲を見回す。幸い通りには誰もいなかった。


(……クエスト?)


心の中で聞き返すと、目の前に半透明のウィンドウがふわりと浮かんだ。



───────────

【クエスト1 : 登校せよ】

難易度 : ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆

報酬 : 新たなる出会い

───────────



(……ナビさん)


『はい』


(この世界にも、クエストって概念あるの?)


『概念としては存在します。"ゲーム"と呼ばれる娯楽の一種で頻繁に用いられる用語です。ただし通常、"登校"のような日常活動に対しては使用されません。ご注意を』


(ゲーム、って?)


『……マスターの元の世界における、吟遊詩人の語る英雄譚とお考えください。ただし観客自身が主人公となって、物語の中で選択や行動ができる形式です。現代日本では主に電子機器上で遊ばれております』


(へえ……)


坂道の中ほどで一度足を止める。


吟遊詩人の物語を自分自身が動かす。そんな娯楽がこの世界にはあるのか。


(……楽しそうだね)


『ご興味がおありでしたら、マスターの元の世界と類似したシステムを持つ作品も多数ございます。"JRPG"と総称されるジャンルです。剣と魔法、勇者と魔王、仲間と旅、そういった要素で構成されております』


(……)


胸の奥で何かが小さく軋んだ。


剣と魔法。勇者と魔王。仲間と旅。


――アレン。リーナ。ナーシャ。


自分の人生そのものがこの世界では"娯楽"として消費されている。それ自体は別に嫌じゃない。ただその言葉を聞くだけで、まだ少しだけ胸が痛む。


(……ごめん、ナビさん。それはもう少し経ってから、考えるよ)


少しの沈黙のあと、ナビさんの声が返ってきた。


『承知しました。余計なご提案を失礼いたしました』


(ううん。別に余計じゃないよ)


僕はまた歩き始めた。


『マスター』


(うん?)


『転校の初日から気持ちが沈むのはお勧めいたしません』


(え?)


『転校初日は学校生活の基盤を決定する極めて重要な局面です。気弱な印象を与えれば、その後の対人関係構築において大きな不利を被る可能性が。具体的には"いじられキャラ"として一年間固定されるリスクがございます』


(……ナビさん、そういうの、どこで覚えたの)


『ミリア様の蔵書に"現代日本・学園もの必読書100選"というコレクションがございました。全て拝読済みです』


(……そう)


なんだろう。ナビさんの現代日本理解、やたらと情報量が多いのに、どこか一点ズレているような気がする。必読書100選って、なんだ。


それでも声に出して指摘する気にはならなかった。ナビさんなりに僕を心配してくれているのは伝わってくる。


(うん。ありがとう、気をつけるよ)


『結構なことです』


坂を下りきると、住宅街の間を縫うように小さな駅が見えてきた。






-----






――朝の駅というのはこんなに人がいるものなのか。


最初の感想がそれだった。


改札の前に様々な人達がずらりと並んでいる。スーツ姿の大人たち。重そうな鞄を抱えた疲れた顔のサラリーマン。犬を連れた散歩帰りらしきおばあさん。全員が全員、自分の行き先を知っているような顔ですいすいと流れていく。


僕は駅の入り口で立ち止まった。


――どこに行けばいいんだ、これ。


『マスター、まずは改札を通ります』


(その改札、というのは?)


『正面の細長い機械が並んでいる場所です。制服のポケットにお持ちの"ICカード"を、あの青く光っている部分にタッチしてください』


ポケットを探ると薄いカードが一枚入っていた。女神ミリアが用意しておいてくれたものらしい。


言われた通りに青い部分にカードをかざす。ぴっ、という軽い音とともに目の前のバーが開いた。

(開いた)


『開きました』


(魔法みたいだ)


『仕組みとしては電波による近距離通信と、ネットワーク上の残高管理でございます。詳細はまた後日』


(……うん、詳細はいい)


ホームへの階段を上る。


そこで僕は再び立ち止まることになった。


ホームは二つある。電車の行き先を示す表示板には、見慣れない地名がいくつも並んでいる。止まる駅の違う電車が何種類もあるらしい。どれに乗ればいいのかまったく分からない。


(……ナビさん)


『はい』


(これ、本当に難易度・星一つ?)


『はい。難易度設定に問題はございません』


(嘘でしょ)


『ちなみに首都である東京の、渋谷駅や新宿駅の難解さは、かつてマスターが挑まれた魔王城に匹敵、あるいは凌駕すると言われております』


(……え)


『迷路状の通路、複数階層にまたがるホーム、無数の乗り換え、突如現れる商業施設、方向感覚を奪う地下街。あれに比べればこの駅は初心者向けの演習場のようなものです』


(……嘘でしょ、ナビさん)


『事実を申し上げているだけです。マスターはいずれ東京にも行かれるでしょう。そのための心の準備を促しております』


(……それは、心の準備、相当しっかりしとかないと駄目だね)


そんなことを念話で延々とやり取りしながら、どうにか正しいホームを見つける。さらにナビさんの指示に従って正しい電車に乗り込む頃には、額にうっすら汗が滲んでいた。


――二十四年魔物と戦ってきた僕が、駅で汗をかいている。


なんだかおかしかった。


車内は通学時間帯らしく、かなり混んでいた。吊り革に掴まってふと周囲を見回す。


――あ。


同じ制服の生徒が何人もいた。


淡い水色のブレザーに白いシャツ、紺色のネクタイ。海の色を溶かしたような、柔らかい空色。僕とそっくり同じ服だ。


ほ、と息が漏れる。少なくとも電車を間違えてはいないらしい。魔王城の最深部で正しい道を見つけた時と似たような安堵だった。


(……いや、それは大げさかな)


『全く大げさではありません。現代日本の通勤ラッシュは、一部の魔界より過酷との研究もございます』


(そんな研究、ある?)


『私の中にはございます』


(……ナビさんの中だけか)


くすりと小さく笑った。


同じ服を着た、同じ年頃の仲間たち。


その光景が二十年以上も前の、あの日の記憶を呼び覚ました。






-----






――僕が十歳の春。アレンと一緒に王国軍の新兵訓練所に入った日。


「おい、ユーリ」


訓練所の宿舎の二段ベッドの上段から、アレンが顔を覗かせた。僕より一つ年上の茶髪の少年。幼馴染でいちばんの親友だった。


「お前さ、マジで剣筋えぐいよな。教官も驚いてたぜ。"十歳でこれは、百年に一人の逸材かもしれない"って」


「……そんなの、アレンだって」


「俺はお前ほどじゃねえよ。あーあ、親友が天才とか、気が重い気が重い」


アレンはわざとらしくため息をついて、それからにやっと笑った。


「でもさユーリ。お前、ちょっと優しすぎんぞ」


「え?」


「今日の訓練でも、相手の新兵が怪我しないように手加減しまくってたろ。気付いてたぞ、俺は」


「……だって、同期だし」


「そういうとこだよ」


アレンはベッドから身を乗り出すようにして、僕の頭を軽く小突いた。


「将来マオウ討伐するんだろ? そんなお人好しでやってけんのかね、お前」


「……その時は」


僕は少し考えて答えた。


「アレンが手伝ってくれるんじゃないの?」


アレンはきょとんとした顔をした。それから大きく笑った。


「……は! 当たり前だろ、バーカ」


――そうだよ、当たり前だ。一人で行かせるわけねえだろ。


あの時のアレンの笑顔。






-----






『マスター』


声に意識を引き戻された。


(……あ。ごめん、ナビさん)


『大丈夫ですか。次の駅で降ります』


(うん、大丈夫)


『……ご無理はなさらず』


いつもよりナビさんの声が、少しだけ優しく聞こえた気のせいだろうか。


(ありがとう、ナビさん。平気だよ)


窓の外に桜並木が流れていく。


平和な、穏やかな風景だった。


アレン。リーナ。ナーシャ。


みんなに今の僕の景色を見せてあげたかった。


(でも)


僕はそっと微笑んだ。


(たぶん君たちは、見てるんだよね)


『マスター。感傷に浸るのも結構ですが、次の駅です。降車準備を』


(……ナビさん、空気読んで)


『仕様です』


またそれだ。


僕は小さく吹き出した。車内の誰かが不思議そうな顔で僕を見たので、慌てて下を向いた。


電車が静かにホームへ滑り込んでいく。







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駅を出ると潮風が頬を撫でた。


海が更に近くなった。小さな港町らしい静かな駅前。目の前の一本道を、同じ制服の生徒たちがまっすぐに歩いていく。みんなの向かう先に緩やかな坂道と、その上に建つ白い校舎が見えた。


――あれが凪原西高校。


僕が今日から通う場所。


『マスター、最終確認です』


(うん)


『第一印象は一年間のクラス内序列を決定づける最重要要素です。失敗は許されません』


(ハードル上げるの、やめてもらえない?)


『事実を申し上げております』


坂道を上りながら、僕は一度深呼吸をした。


穏やかな春の風が頬を撫でて通り過ぎる。


桜並木の下で僕は校舎を見上げて、小さく呟いた。


「……行ってきます、アレン」


返事は風の音だけだった。


でもそれで十分だった。


校門をくぐる。


僕の"平和な日常"という名の最初のクエストが、今、本当に始まろうとしていた。






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〜前編・了〜



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