第十六話 【クエスト8 : 中間試験に立ち向かえ ①】
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第十六話
転入から一ヶ月。ユーリくんの学校生活も少しずつ日常になってきました。
でも高校生には避けて通れない試練が――
どうぞお楽しみください。
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五月になっていた。
凪原市に来てからもう一ヶ月が過ぎた。
坂道を下りて駅に向かいながら、ふとこの一ヶ月を振り返る。
初日に電車で盛大に迷って渋谷駅は魔王城だとナビさんに教わったこと。教室で初めて凪紗さんに声をかけられてナーシャの面影が重なったこと。購買の戦場で凪紗さんと一緒に突撃したこと。渡り廊下から見えた白い花と海。颯太との握手。コンビニのプリン。繁華街の映画館。図書館で隣に座った柚希。体育館裏で颯太の拳を受け止めたこと。
――そして、あの銀色の髪の少女。
同じ学校の制服を着て微かな魔力を纏っていたあの子。
あれ以来、学校の中を探してみたが姿は見つからなかった。
「また会える」と言っていたが、いつどこで現れるのか分からない。悪い存在ではなさそうだったが、あの子の正体は気になるままだ。
……振り返ると濃すぎる一ヶ月だ。
勇者時代の一ヶ月と比べたら戦闘は少ないが密度は負けていない。
学校の最寄り駅に着くと改札の前に二人の姿があった。
「おはよう、ユーリくん!」
「おはよう、結城くん」
凪紗さんと柚希。
柚希が学校に戻ってきてからは毎朝三人で登校するのが日課になった。駅で合流して坂道を上って校門をくぐる。それだけのことなのに毎朝ちょっとだけ嬉しい。
夜はグループトークで遅くまで他愛もない話をするようになった。凪紗さんが見つけた面白い動画、柚希が読んだ本の感想、僕が初めて知った日本の文化への驚き。気がついたらスマホの画面を見ながら布団の中で笑っていて、ナビさんに『マスター、すっかり現代の高校生ですね』と呆れられたこともある。
クラスのグループトークも賑やかだった。女子たちが僕の写真を勝手に撮って「今日のユーリくん」と称してアップするのには最初戸惑ったが、もう慣れてしまった。凪紗さんと二人でいるところを撮られて「お似合いカップル!」と盛り上がっているのを見た時はナビさんが『マスター、ここは好意的な反応を示してアピールすべきかと』と言ってきたがスルーした。
男子たちとの関係も変わった。
『男性の嫉妬心は女性に比べて持続力が低い傾向にございます。加えてマスターがバスケ部を制圧された件が好意的に広まったこと、そしてマスターと親しくなれば女子との接点が増えるのではないかという打算。この三点の複合的作用かと』
ナビさんの分析は身も蓋もないが的確だった。今では普通に挨拶を返してくれるし休み時間に話しかけてくる男子も増えた。平和だ。
授業にも少しずつ追いつけるようになってきた。毎晩の復習と週末の自主学習の成果がようやく形になり始めている。
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スキル現況
国語(現代文・古典)Lv.2
数学(数学Ⅱ・B)Lv.4
英語 Lv.3
化学 Lv.3
物理 Lv.3
日本史 Lv.2
体育 Lv.8
スマホ Lv.3
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数学と理科系が高いのは元の世界での魔法の経験が大きかった。魔法の計算式は数学の関数や方程式と驚くほど似ているし、化学の元素や物理の力学は魔法の属性や威力計算と重なる部分が多い。
英語もリーナに魔法の詠唱を教わった経験が活きていた。詠唱は一音でも間違えると大惨事になるから、聞き慣れない音を正確に再現する訓練を嫌というほど積んでいる。
問題は体育だ。
体育の授業で人間離れした動きを見せてしまって以来、先生を含む複数の運動部から「うちに入らないか」と声をかけられるようになった。ありがたい話だが全て丁重にお断りしている。これ以上目立つと平穏な学校生活に影響が出かねない。
……部活で思い出すのは颯太のことだ。
あの体育館裏の一件以来、颯太との距離はさらに開いた。教室にも以前より来なくなったし、たまに見かけて声をかけても完全に無視される。まるでダンジョンの最奥に鎮座する封印された扉みたいだ。何度ノックしても開かない。
何度か話しかけてみたが反応はなかった。
(ナビさん、颯太くんと仲良くなる方法ってないかな)
『難易度の高い案件です。現時点で桐谷颯太様はマスターに対して強い敵意を持っております』
(例えばおいしいデザートとかあげたら……)
『……マスター、デザートで心から喜ぶ男子高校生はマスター以外にそう多くはございません。別のアプローチをお勧めします』
(……そうですか)
……まあそうだろうな。何かきっかけがあればいいのだけれど。
凪紗さんも颯太の話題になると複雑な表情を見せる。柚希の一件もあって「ゆずにあんなことしたんだからもう颯太なんか無視しなよ!」と言いながらも、どこか寂しそうで完全に諦めてはいない様子が伝わってくる。
いろいろあったけれど、一ヶ月前に比べたら確実に前に進んでいる。
友達がいて、日常があって、明日が楽しみだと思える。
――それだけで十分だ。
*****
坂道を三人で上りながら、柚希がふと呟いた。
「あ、そういえばもうすぐ中間テストだね」
凪紗さんの足が止まった。
「……やめて。その単語、聞きたくない」
「いやでもあと二週間だよ」
「聞こえない聞こえなーい」
凪紗さんが両手で耳を塞ぐ。完全に拒絶反応だ。
(ナビさん、中間テストって何?)
『現代日本の学校制度において学期の中間時点で実施される学力評価試験です。全教科を対象とし成績に大きく影響します。なお水瀬柚希様が言及された通り約二週間後に実施予定です』
(試験か……元の世界でも昇格試験はあったけど)
『あちらは実技試験でしたが、こちらは筆記試験が中心です。マスターの現在のスキルレベルであれば対応可能かと思われますが、油断は禁物です』
「ユーリくんは大丈夫? 海外に長くいたから日本の試験って慣れてないよね」
凪紗さんが心配そうに聞いてきた。
「うーん、確かに試験形式には慣れてないかも」
「ゆずは? 学校来てなかった期間長いけど……」
柚希は軽く首を傾げた。
「僕は大丈夫だよ。登校してなかった間も勉強は続けてたから。大学入試の範囲まで一通り予習は終わってるし。凪紗がノートまとめてくれたのも助かったしね」
「……えっ、大学入試まで!?」
「うん。……それよりも凪紗こそ大丈夫? さっきの反応を見るに」
凪紗さんが目を逸らした。
「……わたしは、ほら、コミュ力でカバーするタイプだから」
「テストにコミュ力は出ないよ」
「ゆず、容赦ないね!?」
柚希がくすっと笑った。
「よかったらさ、三人で一緒に勉強しない? 僕が教えられるところは教えるから」
凪紗さんの目がぱっと輝いた。
「え、いいの!? ゆずが先生!? やったー!」
「あはは、先生ってほどじゃないけど……」
*****
放課後、まず学校の図書室に向かった。
――満席だった。
試験二週間前ということもあって席は全て埋まっている。廊下まで参考書を持った生徒が溢れていた。
「うわー、全然空いてない。普段から勉強してればこうはならないのに」
凪紗さんがげんなりした顔で言った。
「……凪紗、自分もその一人だよね」
「……ゆず、正論やめて?」
柚希がにこにこしている。以前のおどおどした様子が嘘のように表情が豊かになった。
「じゃあ前に凪紗さんと行ったあの図書館は? 柚希くんとも会った場所」
「あ、いいかも!」
三人で繁華街の図書館に向かった。
――が。
入口に張り紙があった。
『定期メンテナンスのため臨時休館中。再開は5月○日を予定しております』
その日付を見て三人で固まった。
「……試験最終日の翌日じゃん」
「ね……」
凪紗さんが肩を落とす。柚希も困った顔をしている。
……どうしよう。カフェは長時間居座るのは気が引けるし、公園だと集中できない。
(ナビさん、何かいい場所ないかな)
『マスターのご自宅はいかがでしょうか。リビングに十分なスペースがございます』
(……あ、そうか)
「……よかったら、僕の家で勉強しない?」
二人がこちらを見た。
「一人暮らしだから気兼ねなく使えるし、デザートも買い置きがあるよ」
凪紗さんと柚希が顔を見合わせた。
「ユーリくんち……」
「結城くんの家……」
(?……ナビさん)
『現代日本において異性を含む友人を自宅に招くのは一定の心理的ハードルがございます。特に高校生の場合はーー』
(あ、そういうことか)
「あ、もちろん無理にとは言わないけど」
「い、行く! 行きます!」
凪紗さんが勢いよく手を挙げた。
「いいね。……お邪魔じゃなければ」
「全然。じゃあ決まりだね」
ぽんっ、と目の前にウィンドウが浮かんだ。
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クエスト8:中間試験に立ち向かえ
難易度:★★★★☆☆☆☆☆☆
報酬:成績表
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(ナビさん)
『星四つ。クエストとしてはかなりの難度です』
(魔王を倒した僕が中間テストに星四つ……)
『学力と戦闘力は別物です。油断なく臨んでください、マスター』
……この世界の試練は、剣と魔法では解決できないらしい。
*****
☆ 〜つづく ☆
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お読みいただきありがとうございます。
ストックが尽きました。次回より更新スケジュールを変更いたします。申し訳ございません。
更新日: 毎日→ 日・火・木
更新時間: 22:00 → 18:20
引き続きよろしくお願いします。




