第十五話 【クエスト7 : 不登校の友達を助けろ ④】
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第十五話です。
戦闘の結末、そしてその後に待っていたもの。
どうぞお楽しみください。
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戦闘はあっけなく終わった。
取り巻きの一人が右から殴りかかってきたのでその勢いを利用して受け流し、バランスを崩したところを軽く押して転がした。二人目は左からタックル。体を半身にかわして足を引っかけるだけで地面に転がった。三人目は二人が倒れたのを見て明らかに怯んでいたがそれでも突っ込んできたので腕を掴んで回転させて背中から寝かせた。
三人とも怪我はない。ただ立ち上がれないだけだ。
『マスター、三名制圧完了。いずれも打撲・骨折等の負傷はございません。お見事です』
颯太が最後に残った。
低い姿勢から鋭い踏み込みで距離を詰めてきた。速い。バスケで培ったフットワークだ。
でも僕は二十四年間、人間よりもはるかに速い魔物たちと戦ってきた。
颯太の右ストレートをかわして懐に入り、軽く肩を押した。それだけで颯太の体が崩れて膝をついた。
「……なんだよ、これ」
颯太が地面に手をついたまま呟いた。信じられないというような目で僕を見上げている。
「本気で殴ったのに、掠りもしねえ。……お前何なんだよ」
僕は何も答えなかった。
その時、校舎の方から足音が聞こえてきた。
「おい、何をしている!!」
柚希の担任の先生が駆けつけてきた。
*****
そこからは嵐のような時間だった。
先生が状況を確認し、すぐに教頭と校長に報告が上がった。理事会にまで話が飛び火して、体育館裏に関係者が集められた。
僕は生徒指導室で事情を聞かれた。一見すると転入してきたばかりの生徒がバスケ部員四人を叩きのめしたように見える。教頭は「停学、場合によっては退学もあり得る」と厳しい顔で言った。
――後から知ったことだが、この学校はバスケ部を特別扱いしていたらしい。颯太が入部してからチームが一気に強くなり県大会の常連になって全国大会まで手が届き始めたことで、理事会がバスケ部を学校の看板として優遇するようになっていた。だからこそ僕がバスケ部員を倒したという事実だけで大事になったのだ。この時はただ理不尽だとしか思えなかった。
でも。
柚希のクラスメイトたちが次々と証言してくれた。颯太たちが柚希を教室から連れ出したこと、一年の頃からの経緯、そして今朝の一部始終を撮影した映像。
柚希の担任の先生が「この生徒は被害者を守ろうとしただけです」と強く主張してくれた。
凪紗さんも「ユーリくんがいなかったら柚希は怪我をしていました」と訴えた。
柚希自身も、震える声ながらも一言一言はっきりと事情を説明した。
結局、映像の証拠が決め手になった。どう見ても先に手を出そうとしたのはバスケ部側で、僕は防衛しただけ。しかもバスケ部の四人には擦り傷一つない。
教頭は渋い顔をしていたが校長が「厳重注意処分」と結論を出した。
「転入早々に騒ぎを起こすとは困ったものだ。今後は学校生活を穏やかに過ごすように」
「……はい。すみませんでした」
頭を下げながらも思った。穏やかに過ごしたいのは僕の方だ。
*****
一日中事情聴取に振り回されて、気がついたら放課後になっていた。
校門を出ると凪紗さんと柚希が待っていてくれた。
「二人とも、今日は一日中僕のために動いてくれてありがとう。本当に申し訳なかった」
「何言ってんの! 当たり前でしょ!」
凪紗さんが即座に言い切った。
「ユーリくんはゆずを守ってくれたんだよ。わたしたちが味方するのは当然じゃん」
「そうだよ結城くん」
柚希も頷いた。まだ少し顔色は悪いが朝よりもずっとしっかりした目をしている。
「僕こそ本当にありがとう。僕なりに計画を立てて颯太に向き合ったんだけど、最後は感情的になって作戦も何もなくなっちゃって。結城くんが来てくれなかったらどうなってたか……」
「柚希くんが声を上げたから僕が間に合ったんだよ。柚希くんの計画がなかったら証拠も証言もなかった」
「……そう、かな」
「そうだよ」
凪紗さんがにかっと笑った。
「それにしてもユーリくん、あの時すごかったね! 颯太って全国的にも有名な選手でフィジカルもすごいのに、まるで子供を相手にしてるみたいだった。……ねえ何か格闘技やってたの? それとも転校前に本当にヤンチャしてたとか? クラスで流れてる噂って実は……」
凪紗さんがいたずらっぽく目を細める。
「……いや、ちょっと運動は得意なだけで」
「ちょっと!? あれがちょっと!?」
凪紗さんが大げさに驚いてみせて柚希がくすっと笑った。
「……結城くん、凪紗」
柚希が立ち止まった。
夕日が三人の影を長く伸ばしている。
「僕、改めて本当にありがとうって言いたい」
「ん?」
「結城くんのおかげで僕は学校に戻って来れた。今日だって結城くんに助けてもらった。結城くんがいなかったら僕はまだ図書館で一人で本を読んでるだけだったと思う」
「……柚希くん」
「それと凪紗。凪紗も僕が学校に来れなくなってからずっと連絡くれてたでしょ。週に何回も家まで来てくれて。授業のノートも整理して届けてくれて。……ちょっと間違ってるところもあったけど」
「え、本当!? ……全然気づかなかった」
「あはは。でも本当にありがたかった。改めて今日まで本当にありがとう。明日からは二人と一緒に学校に通える。それが今、すごく嬉しい。……明日からよろしくね」
柚希は深く頭を下げてそれから自分の家の方向に歩き出した。
――と、ふいに柚希が振り返って僕のところに小走りで戻ってきた。
「あ、結城くん」
「ん?」
柚希が僕の耳元に顔を寄せて小さな声で言った。
「凪紗さ、ああ見えて男子からの人気結構あるから。もし気があるなら早めに動いた方がいいよ」
「……え?」
柚希はいたずらっぽく笑って、今度こそ手を振って去っていった。
……何を言ってるんだ柚希くん。
*****
凪紗さんと二人になった。
「ねえユーリくん、さっきゆずと何話してたの?」
「え」
(ナビさん)
『男同士の秘密だと言って誤魔化してください。100選にもそう書いてあります』
(……今回は素直に従うよ)
「……男同士の秘密、かな」
「えー! 気になる! 教えてよ!」
「秘密は秘密だよ」
凪紗さんはしばらくぶーぶー言っていたが、やがて諦めたように笑った。
「……まあいいや。それよりさ、ユーリくん」
「うん」
「今回のこと、本当にありがとう」
凪紗さんの声のトーンが変わった。いつもの明るい調子ではなく静かで真っ直ぐな声。
「この十年間ずっとバラバラだった幼馴染の関係が、ユーリくんが来てたった一週間で動き出した。ゆずが学校に戻ってきてくれた。わたし一人じゃ絶対にできなかったことだよ」
「凪紗さんがずっと諦めずに頑張ってたからだよ。僕はちょっと手伝っただけで」
「ちょっとじゃないよ。……本当にまるで魔法みたい」
凪紗さんが微笑んだ。夕日が栗色の髪を金色に染めている。
「わたしもゆずも、ユーリくんに何かあったら絶対に助けるから。約束」
「……ありがとう、凪紗さん」
その言葉を聞いて胸の奥が温かくなった。
――同時に、昔の記憶が蘇った。
*****
勇者に任命された後。同期の訓練兵たちからの嫉妬が日に日にエスカレートしていた頃のこと。
ある日、宿舎の廊下で数人の同期に囲まれた。
「勇者サマはいいよなぁ、女神に気に入られてよ」
「俺たちと同じ訓練しかしてねえくせに」
言葉だけだったのが、いよいよ拳に変わりそうな空気になった時だった。
「おい」
低い声が廊下に響いた。
アレンだった。壁にもたれかかって腕を組んでいる。
「お前ら、どうやったらたった一日で、こうも人間が変われるんだ?」
アレンが同期たちの前に立った。
「ユーリがお前らの訓練に付き合って遅くまで剣術教えてたの忘れたのか。誰かが怪我した時に真っ先に駆けつけてたの忘れたのか。そういう恩を一日で忘れられるなんて、俺はお前らの方が信じられねえよ」
同期たちが気まずそうに目を逸らした。
「……そうよ」
アレンの後ろからリーナが出てきた。腕を組んでふんっと鼻を鳴らしている。
「本当に頭が回らない連中ね。勇者になるってことは魔王討伐の先頭に立つってこと。誰よりも死に近い場所に行くってことよ。それを代わる才能も勇気もないくせに嫉妬だけは一人前? みっともないにも程があるわ」
リーナの赤い目が同期たちを射抜いた。
「ユーリに手を出すならわたしが相手になるけど?」
……さすがに誰も動けなかった。
その日を境に同期たちの態度は少しずつ変わっていった。アレンとリーナが側にいてくれたおかげで関係は徐々に修復されて、遠征出発の日にはみんなで笑って送り出してくれた。
*****
――あの時と同じだ。
あの時はアレンとリーナが助けてくれた。
今は凪紗さんと柚希くんが味方になってくれている。
この世界でもまた、同じような仲間に出会えた。
……アレン、リーナ。
君たちがくれたものと同じ温かさを、僕はまたこの街で受け取っているよ。
(……ナビさん)
『はい、マスター』
(いい友達ができたよ)
『はい。本当に。……ところでマスター』
(うん?)
『先ほど水瀬柚希様がおっしゃっていた件ですが、早めに凪紗様との関係を進展させた方がよろしいかと。100選によればーー』
(ナビさん、空気読んで)
『仕様です』
……やっぱりそれで締めるんだ。
僕は小さく笑いながら夕暮れの坂道を上っていった。
ぽんっ、と目の前にウィンドウが浮かんだ。
☆クエスト7 : 不登校の友達を助けろ CLEAR☆
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報酬:柚希との学校生活
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――柚希との学校生活。
明日から三人で駅に集まって一緒に坂道を上って学校に行く。
それだけのことがこんなに嬉しい。
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クエスト7・了




