第十二話 【クエスト7 : 不登校の友達を助けろ ①】
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今回は柚希くんの視点から始まります。勇気を出した一歩、その先に待っていたものは――。
どうぞお楽しみください。
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【視点:水瀬 柚希】
――高校に入学した日のことを、今でもはっきり覚えている。
凪紗や颯太や、りあと同じ学校。もう一度みんなで仲良くなれるかもしれない。そう思って選んだ学校だった。
でも待っていたのは颯太からのいじめと、りあの無関心と、凪紗の怪我だった。
あの日から僕は学校に行けなくなった。
でも諦めたわけじゃなかった。学校には行けなくても図書館には通い続けた。友達の関係をどうにかする方法を探して心理学の本を読み漁って、自分にできることを必死に考え続けていた。
ただそれでも胸の奥には黒い塊がずっと居座っていてどうしてもどかせなかった。どれだけ本を読んでも学校に戻る勇気だけはどうしても出なかった。
――でも。
昨日、結城雪里という人に会った。
あの人は僕の話を聞いて、僕が読んでいた本の背表紙を見て、僕の努力を分かってくれた。
臆病じゃないと言ってくれた。
学校に一緒に行こうと言ってくれた。颯太のことも自分が間に入ると言ってくれた。
あの時、なんだか胸の奥にずっと居座っていた黒い塊がすうっと溶けていくような感覚があった。心配も不安も消えたわけじゃない。でもあの重さが嘘みたいに軽くなった。
――不思議だった。
出会ってまだ二日しか経っていない。なのにあの人の目を見ていたら「大丈夫かもしれない」と思えた。正義感とか優しさとか、そういう言葉だけじゃ足りない何か。まっすぐで温かくて本気で人を助けようとしている目。
まるで物語に出てくる勇者みたいだと思った。
家に帰って家族に学校に行ってみようと思うと伝えたら、本当に喜んでくれた。こんなに心配してくれてたんだ。ずっと。
それから凪紗に連絡した。学校に行ってみようと思うと。
返事はすぐに来た。
『ゆず! 学校来てくれるの!? 嬉しい!!! 明日一緒に行こうね!!!!!!』
びっくりマークの数がすごい。凪紗らしい。
しばらくして凪紗がグループトークを作ってくれた。メンバーは凪紗と結城くんと僕の三人。明日の朝、駅で合流して一緒に登校しようと決まった。
スマホを置いて天井を見上げた。
――早く明日になればいいのに。
本気でそう思えたのは何ヶ月ぶりだろう。
結城くん。凪紗。こんなにいい友達が応援してくれている。
だったら僕もただ助けてもらうだけじゃいけない。やるべきことがある。
*****
【視点:結城 雪里】
月曜日の朝。
家を出て坂道を下りていると、ぽんっと目の前にウィンドウが浮かんだ
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クエスト7:不登校の友達を助けろ
難易度:★★★☆☆☆☆☆☆☆
報酬:柚希との学校生活
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(ナビさん)
『はい、マスター』
(柚希くんは学校に行くって言ってくれたけど……根本的な原因はまだ解決してないもんね)
『はい。水瀬柚希様の登校拒否の直接的な原因は桐谷颯太様との関係にあります。柚希様が登校を決意されたとはいえ状況が改善されたわけではございません。クエストの趣旨はそこにあるかと』
(……やっぱりそうか)
昨晩のグループトークを確認する。凪紗さんのびっくりマークの嵐と柚希くんの控えめな「よろしくお願いします」。
八時に駅で合流する予定だった。
――が。
グループトークに新しいメッセージ。凪紗さんから。
『ごめんーーーー!!! 昨日ゆずのこと嬉しすぎて興奮して一睡もできなくて今起きた!! 遅刻する!!! 先に行ってて!!!!』
……凪紗さん。
(ナビさん)
『凪紗様らしいと言えば凪紗様らしい事態ですね』
(うん。……僕も急いで柚希くんのところに)
学校の最寄り駅に着いて改札を出た。柚希くんはもうどこかにいるはずだ。
――その時だった。
「ーーねえ」
後ろから声がした。
小さな澄んだ声。
僕は足を止めた。
振り返る。
朝の光の中に一人の少女が立っていた。
――銀色の髪。白い肌。小柄な体。凪原西高の制服を着ている。どこか懐かしいような不思議な雰囲気。
そしてその少女の周りに微かに漂う気配に僕の体が反応した。
――魔力。
この世界に来てから一度も感じたことのなかった、あの感覚。微かだが確かにある。魔力の残滓。
(ナビさん)
『……はい。マスター、わたしも感知しております。微弱ですが確かにこの世界のものではない力の波動です』
少女が僕を見上げた。
大きな瞳がまっすぐにこちらを捉えている。
「あなたが、ユーリくん?」
――僕の名前を知っている。
*****
【視点:水瀬 柚希】
電車を降りて学校の最寄り駅に立った。
何ヶ月ぶりだろう。この改札を通るのは。
スマホを確認する。グループトークに凪紗のメッセージ。興奮して眠れなくて寝坊したらしい。
……凪紗らしいな。
結城くんは出発したと言っていたが少し遅れているようだ。何かあったのかもしれない。
でも大丈夫。
昨日までの僕なら一人で校門をくぐるなんて考えられなかった。
でも今日は違う。
結城くんが言ってくれた。臆病じゃないと。僕の努力を見てくれていたと。凪紗が朝から大騒ぎするくらい僕の登校を喜んでくれていると。
――一人でも行ける。
改札を出て坂道を上り始めた。春の朝の潮風が頬に当たる。久しぶりの制服は少し窮屈だったが足は止まらなかった。
*****
まず職員室に向かった。
扉をノックして中に入ると一年の時の担任の先生が机に向かっていた。
「……先生」
先生が顔を上げた。
一瞬固まって、それから椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「水瀬……! 水瀬か!?」
「は、はい。……お久しぶりです」
「お前……来たのか。学校に」
「はい。……ご迷惑をおかけしました」
先生の目が赤くなった。眼鏡の奥で何度も瞬きしている。
「……馬鹿。迷惑なんかじゃない。迷惑をかけたのはこっちの方だ」
「……先生」
「お前のこと、守ってやれなかった。分かってたんだ、あいつらがお前に何をしてるか。でも学校が……いや、言い訳だな。俺が不甲斐なかった」
先生は唇を噛んだ。
颯太がバスケ部に入ってからチームは一気に強くなった。颯太の実力で県大会に出場できるようになり全国大会まで視野に入り始めた。それに伴って理事会がバスケ部を特別扱いし始めて多少の問題行動は黙認されるようになった。
先生はそれに抗えなかった。教師として生徒を守るべき立場にいながら。
「……すまなかった、水瀬。本当にすまなかった」
「先生、顔を上げてください」
先生が驚いた顔で僕を見た。
……自分でも驚いていた。こんなにはっきり声が出るなんて。
「先生のせいじゃないです。僕も逃げてしまったから。……でも今日、戻ってきました」
「……」
「二年も先生が担任だって聞きました。よろしくお願いします」
先生は眼鏡を外して目元を拭った。
「……ああ。こちらこそ。今度は絶対に、守るから」
教務室を出て階段を上る。二年の教室は三階だと教えてもらった。
足が震えている。でも止まらない。
教室の前に立った。
中からざわめきが聞こえる。朝のホームルーム前の、普通の教室の音。
――深呼吸。
扉を開けた。
教室が一瞬静まり返った。
全員の視線が僕に集まる。
……怖い。
でも。
「……水瀬?」
窓際の席から一人の男子が立ち上がった。一年の時に同じクラスだった子だ。
「水瀬じゃん! マジで!? お前生きてたのかよ!」
「い、生きてるよ……死んでないよ……」
「うわーーマジだ! おい、水瀬来たぞ!」
何人かが駆け寄ってきた。一年の時に同じクラスだった子たちだ。
「水瀬! お前さ、あの時マジでごめんな。俺ら何もできなくて」
「ほんとだよ。バスケ部の連中怖くてさ……でもずっと気にしてたんだ」
「今度は俺らも味方するから。もうあんなこと絶対させないから」
一人一人の顔を見た。
みんな本気だった。申し訳なさと嬉しさが入り混じった真剣な目をしていた。
……ああ。
凪紗や結城くんだけじゃなかった。
こんなにたくさんの人が僕のことを気にしてくれていたんだ。
「……ありがとう。本当にありがとう」
目が熱くなった。でも今日は泣かない。泣いてる場合じゃない。
僕はぐっと拳を握りしめて顔を上げた。
「あの、みんなにお願いがあるんだけど」
「ん? なに?」
「来たばっかりで申し訳ないんだけど……僕を助けてほしいことがあって」
教室にいた全員がこちらを見た。
僕は深く息を吸い込んだ。
*****
☆ 〜つづく ☆




