第十話 【クエスト6 : 友達を増やそう ②】
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土曜日、凪紗さんとの初めてのお出かけ回。
最後に、新たな出会いが――。
どうぞお楽しみください。
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【視点:七海 凪紗】
土曜日の朝、十時少し前。
繁華街の駅前でわたしは一人で立っていた。
……なんでこんなに気合い入れちゃったんだろう。
白いブラウスに茶色のショートパンツ。いつもは下ろしている髪をひとつに結んで化粧もほんの少しだけ普段より丁寧にした。
昨日の夜ユーリくんと別れてから家に帰って考えた。明日って二人で繁華街に行くんだよね。これって……。
――いやいや。友達と遊びに行くだけだし。転校生なんだから学級委員のわたしが案内してあげるのは当然だし。
でもクラスの子たちにまた「抜け駆け!」って言われそうで。それがちょっとだけ気になって。だから別に気合い入れたわけじゃなくて、ただ土曜日だし制服じゃないし普通にお出かけの格好をしただけで。
……うん。そう、そういうこと。
最近ユーリくんと過ごす時間が楽しかった。学校を案内して街を見せてあげて。ユーリくんが一つ一つのことに素直に驚いたり感動したりする姿を見ているとこっちまで嬉しくなる。
それにユーリくんと一緒にいると昔のことを思い出す。みんなで遊び回っていたあの頃。颯太もみんないて毎日が楽しかったあの時間。
――でも。
わたしはユーリくんをあの頃の代わりにしていないだろうか。
初日から同情で近づいたことは正直に打ち明けた。ユーリくんは許してくれた。でもそれとは別にわたしの中にある「昔の仲間と一緒にいたい」という気持ちがユーリくんに向かっているだけじゃないかって。
……考えすぎかな。
でもユーリくんはユーリくんだ。ちょっとどこか抜けてて、でも優しくて、一緒にいると自然と笑顔になれる。それは代わりなんかじゃない。
――近いうちにちゃんと話そう。わたしの昔の友達のこと、もう少し詳しく。
そう思った時だった。
「凪紗さん、おはよう」
声がして顔を上げるとユーリくんが改札から出てきたところだった。
オーバーサイズの薄いグレーのカーディガンに白のインナー、黒のテーパードパンツ。シンプルだけど全体のバランスがいい。
……なんかずるい。あんなに力抜いた格好なのに普通に様になってる。
「おはよう、ユーリくん! よし、行こっか!」
考えすぎるのはやめよう。今日は楽しむ日だ。
*****
【視点:結城 雪里】
――時間を少しだけ巻き戻す。
土曜日の朝。
クローゼットの前で僕は途方に暮れていた。
(ナビさん、僕は何を着ればいいんだ)
『マスター、本日は女性との二人きりの外出です。100選によれば第一印象を左右する極めて重要な局面とのこと。ここは気合いを入れるべきかと』
(そんな大げさな……ただの街案内だよ)
『いいえ。休日に異性と二人で繁華街に出かけるのは客観的にデートに該当します。ここは一つ攻めたコーディネートをーー』
(デートじゃないって。普通でいいよ、普通で)
『……マスター、せっかくの機会にそのような消極的な姿勢はーー』
(普通で)
『……承知しました。ではそちらのグレーのカーディガンに白のインナー、黒のパンツの組み合わせでいかがでしょう。無難ではありますが清潔感はございます』
(うん、それでいい)
『……もう少し攻めてもよろしいかと思いますが』
(いいから)
結局その組み合わせで家を出た。
電車に乗ると通学時より明らかに視線を感じる。制服の時は同じ服を着た生徒たちに紛れていたが私服だとそうはいかないらしい。
(ナビさん、なんか見られてる気がする)
『制服の時よりさらに目立っております。私服の方がマスターの容姿が際立つようです。……ですからもう少し気合いを入れてもーー』
(もういいから、ナビさん)
繁華街の駅に着いて改札を出ると凪紗さんがもう待っていた。
――あ。
いつもと違う。
白いブラウスに茶色のショートパンツ。普段は下ろしている栗色の髪がひとつに結ばれていて化粧も少しだけ普段より丁寧な気がする。
なんだろう、学校で見る凪紗さんとは少し雰囲気が違う。
『……ご覧ください、マスター。凪紗様はしっかり気合いを入れていらっしゃいます。わたしの助言を聞いていればマスターもーー』
(ナビさん)
『はい』
(もういい)
『……仕様です』
「凪紗さん、おはよう」
「おはよう、ユーリくん! よし、行こっか!」
凪紗さんはいつもの明るい笑顔で歩き出した。
*****
繁華街は学校付近や近所とは全然違う空気だった。
人が多い。店が多い。看板が多い。全てが賑やかで全てが眩しい。
凪紗さんは慣れた様子で人混みを縫いながら次々と案内してくれた。
「映画見に行こ! 見たいのがあってさ!」
「映画……?」
「うん! 最近話題のやつ! 絶対ユーリくんも気に入ると思う!」
映画館というのは巨大な暗い部屋で正面の壁一面に映像が映し出される施設だった。
凪紗さんが選んだのは最近話題の異世界ファンタジーアニメの劇場版だった。
――これが。
想像以上に衝撃だった。
画面の中に描かれたモンスターたちのディテールが妙にリアルだった。ゴブリンの動き方、ワイバーンの翼の角度、森の中に潜むトレントの擬態パターン。どれも僕が実際に戦ったことのある魔物たちとあまりにも似ている。
(ナビさん)
『はい』
(この世界の人たち、魔物のこと、すごく詳しくない? 僕が元いた世界のモンスターとほぼ同じなんだけど)
『興味深い指摘です。記録上マスター以外にこちらの世界へ渡った者は確認されておりません。ただし可能性が皆無とは申し上げかねます』
(……そうか)
もしかしたら遠い昔に僕と同じようにこの世界に来た誰かがいて、その人が語った話が物語として残ったのかもしれない。
――なんだか不思議な気持ちだった。
映画の後は商店街を歩いて洋服屋を覗いたり雑貨屋に入ったりした。凪紗さんは店に入るたびに「これ似合いそう!」「あっこれ可愛い!」と楽しそうに声を上げていた。
*****
午後になって凪紗さんが「とっておきの場所がある」と言った。
連れて行かれたのは海辺に近い大きな建物だった。
中に入った瞬間、僕は足を止めた。
「……すごい」
本だ。
壁という壁が本で埋め尽くされている。吹き抜けの天井まで届くほどの本棚が何列も並びその隙間から海の青が覗いている。
――一瞬だけリーナと一緒に訪れた魔法学校の図書塔を思い出した。
「ここ、この辺りでは結構有名な図書館なの。本好きな人にはたまらない場所で、カフェも併設されてて海も見えるから……その、デートスポットとしても人気、らしいけど」
凪紗さんが最後の方だけ少し早口になった気がしたが気のせいだろう。
「昔からある地元の名物でね、小さい頃もよく来てたの。わたしたちのグループにすっごく本が好きな子がいて。水瀬柚希っていうんだけど、あの子は連れてくると何時間でも動かなくなっちゃって大変だったなぁ」
凪紗さんはくすっと笑った。その笑顔にほんの少しだけ寂しさが混じっている気がした。
「……その子、今は?」
「……うん、ちょっと今は学校に来てなくて」
それ以上は聞かなかった。凪紗さんが言いたくなった時に聞けばいい。
カフェで飲み物を買って窓際の席に並んで座った。窓の向こうには午後の海が広がっている。
穏やかな時間だった。
――と。
その時、ふと背中にかすかな視線を感じた。
戦場で鍛えた感覚だ。誰かがこちらを見ている。敵意ではない。けれど明らかに意図のある視線。
さりげなく振り返ると本棚の陰に深くキャップを被った小柄な人影が一瞬見えて、すぐに隠れた。
……気のせいじゃない。
でも今は凪紗さんとの時間だ。余計なことで心配させたくない。
僕は何事もなかったように前を向いてコーヒーを啜った。
*****
図書館を出て夕方近くになった。
空がオレンジ色に染まり始めている。
「今日、めっちゃ楽しかった! ユーリくん、映画どうだった?」
「すごかった。あんなの初めてだ」
「でしょ! また来ようね!」
凪紗さんが笑う。その横顔に夕日が当たって栗色の髪が金色に光った。
「じゃあ、わたしこっちの電車だから。ユーリくん、気をつけて帰ってね」
「うん。今日はありがとう、凪紗さん」
「ん! こちらこそ! じゃあね、ユーリくん!」
凪紗さんは手を振って改札の向こうに消えていった。
僕はそれを見届けてからゆっくりと歩き出した。
――さて。
(ナビさん)
『はい、マスター』
(図書館からずっとつけてきてる人、まだいるよね)
『はい。距離約二十メートル後方。小柄な人物です。敵意は感じられませんが明確な追跡行動を取っています』
(うん。凪紗さんがいる間は動きたくなかったけど、もう大丈夫)
僕は人通りの少ない路地にわざと足を向けた。
後ろの足音がついてくる。
角を曲がった先の行き止まりで僕は立ち止まって振り返った。
「――そこにいるの、分かってるよ」
路地の入り口で小柄な影が固まった。
深く被ったキャップの下から少し怯えた目がこちらを見ている。黒い前髪が長く顔の半分を隠していて体つきは細くて小さい。
一瞬、女の子かと思った。でも違う。
「……っ」
影が一歩後ずさる。逃げようとしている。
「大丈夫、怒ってないよ」
僕はできるだけ柔らかい声で言った。
影の動きが止まった。
「ただ、ずっとついてきてたから気になって。……君、誰?」
数秒の沈黙。
それから小さな声が震えながら返ってきた。
「ちょ……ちょっと待って」
キャップの下の目が必死に何かを訴えている。
「ぼ、僕は……怪しい者じゃなくて……その……」
声が途切れる。息を吸い込む音。
そして。
「き、君って……凪紗の、彼氏……?」
――え。
(……ナビさん)
『はい。おそらくこの方が凪紗様が図書館で言及されていた"水瀬柚希"様かと推測されます。なおマスターは現在彼氏ではございません』
(分かってるよ)
「違うよ。僕は凪紗さんのクラスメイトで転校生、今日は街を案内してもらってただけ」
「……あ、そ、そうなんだ」
少年は少しだけ肩の力を抜いたがまだこちらを警戒するように見ている。
「な、凪紗のそばに知らない人がいたから……心配で、つい」
「心配?」
「凪紗は……その、お人好しだから。知らない人にもすぐ親切にするし……また何かに巻き込まれてないかって。」
――ああ。
この子は凪紗さんのことが心配でついてきたのか。
「僕は結城雪里。先週凪紗さんのクラスに転入してきたんだ。変な人じゃないよ。……君は?」
「……み、水瀬、柚希」
小さな声。でもちゃんと名乗ってくれた。
――水瀬柚希。凪紗さんが本好きだと言っていた、あの子。
*****
☆ 〜つづく ☆




