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仮称 underdogs  作者: 青江兼次
ライフ・イズ・シット
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トラック14

 トラック14

 これが最後のトラック。


 私は高校時代の仮初の恋人を本物の恋人にした。

 伊織は美咲と全然違った。

 私のアパートに押し掛けるようにやってきたかと思えば、酷い有様だった部屋を土日の休日だけで人間らしい住処へと戻してしまった。

 その後にスーパーで食材を買ってきてテキパキと料理を作り始めた。

 私は人生で初めて一緒に暮らす相手の手作り料理を食べた。

 回鍋肉だった。舌が焼き切れるんじゃないかってくらい辛かった。

 嫌がらせなのかな伊織ちゃん?

 本場の辛味とか求めてないって。

 でも不思議と美味しいって思っちゃうのが、なんか悔しいんだよね。

 本場の味以外認めないらしい伊織は、私が食べているのを横目に、洗濯物を回したり、掃除機をかけたり、どこから持ってきたのか分からないクイックルワイパーで埃を取ったりしていた。

 伊織という女は一通りの家事ができた。

 私や美咲と違ってできた女だった。


 私の生活水準は劇的に向上した。

 灰皿を捨てられ、酒も全部捨てられた。

 病院に行かされ治療を受けることになった。

 私はニコチンパッチを貼る羽目になった。

 私は伊織のせいで、或いはおかげで、真人間への道を歩みだした。

 更にシフトを増やしたバイトに精を出し、家に帰って就活で忙しいはずの伊織が料理してくれたご飯を食べ、暇な時間があれば一緒にダラダラとユーチューブを見て、一緒に寝る。

 酒も煙草もセックスもない日々。

 ごめん嘘ついた。セックスだけはやってた。

 伊織の誕生日には、せがまれて抱いたこともあった。

 それ以降は抱いたり抱かれたり、その日の二人の気分で決めていた。

 付き合ってからは流石に伊織としかしていない。

 多分……美咲とのセックスで仕上がった身体を満足させてくれるのは伊織しかいないから、それでよかった。

 それでも。

 私が火遊びをしまくっていたことは事実で、そこで蒔いたトラブルが燻っていることも事実だった。


 私のバイト先に顔も名前も憶えてない女が来たことがあった。

 その女の手には包丁が握られていた。

 私はどうすべきか、一瞬迷った。

 バイト先で流血沙汰は流石にマズいと思ったんだ。

 私が迷った僅かな間で、女は包丁を振りかぶった。

 それで『もうどうしようもない』って、分かってしまった。

 ごめんね。

 誰がどう見たって犯罪者な私だけど、それでもまだ殺人という最後の一線だけは超えてない。

 でもね。

 私は死ぬわけにはいかないから。

 喪失を抱えて生きる理由を背負わされたから。

 だから……死んでくれ。

 初伝──。


 ぴろぴろぴろん。

 間抜けな音が響いた。

 私と女はピタッと止まった。

 そして。

 何の偶然か、伊織が入店してきたんだ。

 伊織は私と女の方へ迷いなく歩いてきた。

 突然の第三者の来訪は、その女を思考停止にさせたんだと思う。

 私と伊織とその女の視線が絡み合った。

 一瞬の空白の後、女は吹き飛んでいた。


「初伝──《(あかざ)》」


 比喩じゃなく、本当に。

 女は商品棚にのめり込む勢いでぶち当たって、その後ずるずると床に落ちて倒れ伏した。

 伊織が蹴り飛ばしていた。

 完全に殺す気の目をしてた。

 なんなら女が死んでしまったのではないかと思った。ギリギリ生きてたのが奇跡に思える威力だった。

 ていうかさ……蹴りぶち込んだ瞬間に『アカザ』って呟いたのは何?

 ひょっとして……伊織がジャンプで好きな漫画って今流行りのヤツだったりする?

 伊織がぶっ飛ばしたの人間だけど大丈夫?

 ん?

 いや、それであってんのか。

 なるほどね。

 理解理解、今夜昇るのは綺麗な上弦の月だもんね。

 アホか。それで納得できるかよ。


 勿論、伊織と私は事情聴取を受けた。

 なんとか正当防衛的な何かを勝ち取ったぽかった。

 世の中チョロすぎる。こんなのまかり通っていいわけないのにね。

 まぁ?

 まかり通らなかった通らなかったで最終手段を使うだけなんだけど。

 それにしても良い蹴りだったね伊織ちゃん。私の見立てが間違ってなければ柊木さんといい勝負できるんじゃないかと思うよ。

 というか、柊木さんでも殴る前は一言あったのに、伊織は無言で蹴り飛ばしたんだよね。通り魔とやり口変わらないよ。怖すぎるよ。

 私の彼女なんだけどさ。

 人間かどうかは、ちょっと怪しい。


 ともかく、改めてぶっ壊れてる一面があることを私に教えてくれた以外は、本当に真面目な子だった。

 その筈だった。

 ある時、伊織は私の若気の至りの象徴であるはずのタトゥーを対になるように彫りたいと言ってきた。

 私は『マジでやめとけ』って言ったけど聞く耳持たずで、絶対にタトゥーを入れた店を教えまいと口を閉ざした。

 にも拘らず、気付いたら彫ってた。

 どんだけ美咲に対抗意識持ってんのよ。ドン引きだよ。

 それでも、根は真面目な子なのでしっかりと就職先を決めた。

 なんなんだよホント。

 美咲と同じデザインのタトゥー入れてんのに受かっちゃうのかよ。

 やっぱり世界は理不尽だ!


 伊織は休日の過ごし方も美咲と違った。

 伊織は私を積極的に外に連れ出す。

 テーマパークとか、水族館とか、プラネタリウムとか、海とか色々。

 その中で私の一番のお気に入りは山で一緒に星を見たことだ。

 あれは綺麗だった。都会とは違う澄んだ空気だからなのかな?

 兎に角、夜の帳に耀く星があんなに美しいって知らなかった。


 二人で眺めている時、ぽろっと『実は星はあんまり好きじゃない』って伊織は言った。

 私が『何で?』って聞いたら『触れないから』って答えた。

 それが可笑しくて笑ってしまったことを鮮明に憶えている。

 そこから『じゃあ、本当は何が好きなの?』って話になって、伊織は少し間をおいて『花かなぁ』って小さい声で言って、まさかと思って理由を尋ねたら『触れるから』って答えた。

 なんか、それが腑に落ちたって言い方が日本語として正しいか分からないけど、すとんって納まるべきとこに納まって、つまり納得できたってことで。


 これが本当の伊織なんだって、分かったんだ。


 だから私は言った。

『伊織が好きじゃないなら、せめて流れるところを二人で見れたらいいね』って。

 伊織の願いは分からないけど、少なくとも空に浮かんでいるよりは意味があると思ったから。

 伊織は何故かそれに驚いたみたいで『そうだね』って笑った。

 結局、その日は最後まで星は流れなかった。


 そんなこんなで、気付いたら伊織も働き出していた。

 あっという間の一年と少しだった。

 私はそろそろ二十五歳になろうとしていた。

 伊織は、私の誕生日を祝おうと慣れない仕事を残業までして、お金と有給を確保しようとしていた。


 私は少しずつ伊織を好きになっていた。

 何より私は伊織無しでは生きられなくなっていた。

 そして伊織の方もまた私のことをもっと好きになっていって。

 だから、伊織は私と結婚したいんだと思う。

 勿論、今の日本ではそれは法的にはできない。それは分かってる。

 あくまで気持ちの問題としてだ。

 伊織は美咲と違って自分の立場とか関係性を明確にしたいタイプだから、恋人ってレッテルの現状を変えたいと思っているはず。

 これは事故みたいなものだけど。

 私が寝ている隙に薬指のサイズを測ろうとしているのを、寝たふりをしていた私は知ってしまったんだ。

 ごめん伊織、悪気はなかったんだよ。ムズムズするから意識が覚醒しちゃったんだ。というか寝入りばなにやらなくてもいいんじゃないかな。


 私は、伊織がプロポーズしてくれるなら受け入れる気でいる。

 拒む理由もない。

 美咲への想いが枯れてしまった訳じゃない。

 伊織と同棲しようと、私は手を合わせることも、祈りをささげることも、欠かしたことは一度もない。

 毎日やっている。

 毎日悲しみが深くなる。

 辛くなる。

 死にたくなる。

 だから、日に日に増す苦しみにもう一人では耐えられない。

 そういうところまで私は来てしまったんだ。

 伊織は私が捧げる美咲への日課を当然良くは思っていない、と私は思う。背中に眼差しを感じるから。

 けど、決して私の邪魔をしたりはしない。その行為を黙って見ている。

 だから伊織と一緒にいたいんだ。

 他の人だったらきっとやめろって言うだろうから。


 私は伊織と生きていく。

 この過酷な現実を二人で一緒に生きていく。

 美咲を忘れないために、憶えているために、伊織に生かしてもらう。

 最低だけど、私らしい生き方だと思う。


 明日は私の誕生日。

 伊織は努力むなしく残業があって終電では家に帰ってこれない。

 でも『始発で帰るね』って私に約束したんだ。

 『宇多葉の誕生日だから出来るだけ一緒にいたい』って。

 それが嬉しいと思う。

 私が伊織に恋しているかどうかは分からないけど、好きであることは間違いない。


 これが最後の二十四歳の日。

 伊織のプレゼントが指輪であってほしいと思いながら、忙しい毎日の中で作り置きしてくれた晩御飯を食べようと帰宅した。




 再生停止。




 付き合ってくれてありがとう、イマジナリーな私。

 回想も妄想も走馬灯もそろそろ終わりにしないとね。

 それにしても、まじでクソみたいな人生だったね。


『ライフ・イズ・シット』は伊達じゃなかった。


 それでも、私は生きていかなきゃいけなかったんだ。

 約束の為にここまで生きてきたんだ。

 なのに、さっき網膜に焼き付いた光景が余りにクソすぎたから、理解できなかったから、目を閉じたんだよね。


 でも、いい加減向き合うよ。

 このふざけた現実と。



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