アウトロ
目を開く。
一秒前と目に映る光景は何も変わらない。
何かの間違いであって欲しかった。
その姿がせめて幽霊であって欲しかった。
女がいる。
ローテーブルに腰かけている。
真っ白なウェディングドレスを着て、伸びた黒い髪をポニーテールにして、私の晩御飯になるはずだったものを食い散らかしていて、空になった缶を何本もフローリングに転がしていて、挙句に伊織のアクセサリートレイの中身をぶちまけて灰皿代わりに使っている。
なぁ、お前が死んで私の世界はモノクロになったんだよ。
見るもの全てが昔のクソ映画みたいに白黒でさ。
なんにも感動しないんだよ。
何を見ても何をやっても、心が動かなかったんだよ。
そんな私の世界で唯一、色を持っていたのが伊織だったんだよ。
そして伊織を中心にしてちょっとずつ、少しずつ私の世界は色を取り戻してきたんだよ。
地道に、時間をかけて。伊織と私はそういう共同作業をしてたんだ。
なのに、お前は。
白と黒だけしか纏っていないのに、どうして。
どうして、そんなに色鮮やかなんだよ。
くそ、やってくれたな柊木さん。
いや、敢えて今だけはこう呼ばせてもらうよ──柊木流美子。
気付くべきだった。
娘が死んで涙を流さないなんて柊木流美子の性格からしてあり得ない。アンタらしくない。筋が通ってない。
あの会話はまさしく本心だったんだろうよ。アンタは情に厚そうだもんな。
でも、ミスディレクションだったんだ。よくよく思い返せば私の質問には答えてないし。
ずっと会話の主導権を奪われていたから吹っ掛けて取り返そうとしたんだ。だけど、心を読まれてしまったから私は動揺して失敗したんだ。
心を読むのってエスパーなら簡単なことなのか?
どうなんだよ柊木流美子。
アンタが一番の詐欺師じゃないか!
この状況を想像して、あのクソほどいいツラは今頃ほくそ笑んでるんだろうよ。
『ケツ持たなくていいガキの人生狂わすのは最高に面白れえや』ってほざいてたし。
確かに私も嘘吐きだ。
嘘を吐かれたって何も言い返せないよ。
でも、吐いていい嘘と吐いちゃいけない嘘の区別ぐらいはできるよ。
これは吐いちゃいけない嘘だろうが!
いや、柊木さんだけを責めるのは違うか。
本当に責めるべきはお前だろうな。
柊木さんはお前に口止めされてただけなのかもしれないし。
そこ間違えたら後で大変なことになりそうだしね。
なぁ、何がしたいんだよ、お前。
そんなふざけた格好で私の部屋にまた不法侵入しやがって。
フローリングに酒こぼれてるし。
大体ここ禁煙だから。吸うならせめてベランダで吸ってよ。
あーもう、伊織に何て言えばいいんだよ私は。
あぁ、あれか?
私は自他共に認める真正の馬鹿だけど、なんか急に今この瞬間、落雷に当たったみたいに閃いちゃったよ。
これ二千年前に死んだ男の真似事だろ?
なんつったってお前は私の神様だったもんな。
懐かしいよ、ほんっとに。
人として好きになって、償えないほど傷つけて、好きを誤魔化すために信仰と偽って崇めて、でも誤魔化しきれなくて殺しかけて、離れようとしても離れてくれなくて、一緒に暮らして想い出を沢山作って、勝手に消えて、勝手に死んで、勝手に約束を背負わせたんだよな?
そんで、今更棺桶から這い出て復活ってか?
お前を神様と崇めた私の前で、お前が神様を気取るのか。
それとも、本当に神様にでもなったつもりなのか?
どうなんだよ。
いい加減私に教えてくれよ。
なんで、私を置いていったんだよ。
なんで、私に好きって言ってくれなかったんだよ。
なんで、なんで生きてるの。
なんで、顔の一つも見せなかったの。
どうして、今更、私に会いに来たの。
私たちの青春、もう終わったはずでしょ?
何の為に、私は毎日手を合わせていたの?
何の為に、私は毎日祈りを捧げていたの?
何の為に、私は今日まで、生きてきたの?
ねぇ、黙ってないで答えてよ。
お願いだから、ちゃんと言葉にしてよ。
私の悪魔が顔を出さないうちに早く答えてよ。
美咲。




