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薔薇の令嬢と星を見る人 ――社交界に戻った令嬢が、使用人の天文学者を好きになるまでの話  作者: 直助


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第32話 星に問えど、答えはなく

 トキアス王立大学。


 廊下を、アリアが歩いている。


 角を曲がろうとしたとき――


 人の声が聞こえる。


 足が、わずかに止まる。


「ニールス君のことなんだが」


 その名前に、反応する。


 視線が動く。


 咄嗟に、角の陰に身を寄せる。


 自分でも、理由は分からない。


 ただ、そのまま動かずにいる。



 声は、すぐ近くだった。


 ソルと、ノクス。


「この前、本人にも話したんだが」


 ソルの声。


「大学に迎えたいという話だ」


「どう考えているのか……」


 一拍。


「ノクス君からも、それとなく伝えておいてくれ」


 ノクスが、少し困ったように息を吐く。


「前から、機会があれば話してはいるんですが……」


 言葉を選ぶ。


「彼なりに、考えがあるようで」


 少しだけ、声を落とす。


「わかりました」

「今度、顔を合わせたときにでも」


 ソルは、小さく頷く。


「頼むよ」


 それだけ言う。



 アリアは、動かない。


 壁に寄ったまま、ただ聞いている。


 胸の奥に、わずかに何かが残る。


 うまく言葉にできない。


 どうして気になるのかも、分からない。


 ただ、そのまま離れない。





 イレーネの研究室。


 アリアは席に戻り、書類を整える。


 手を動かしながら、ふと口を開く。


「イレーネ先生は」


 一拍。


「教授になろうとして、なったんですか」


 イレーネは、わずかに視線を向ける。


 すぐに書類へ戻す。


「そうね」


 少し考える。


「たいして深く考えていたわけではないと思うわ」


 紙をめくる。


「ただ」


 一拍。


「それなりの責任を負う立場が、自分には必要だと思ったの」


 静かに言う。


 それ以上は続けない。


 アリアは、小さく頷く。


「……そうですか」


 短く返す。


 会話は、それで終わる。


 また、いつもの作業に戻る。


 ペンの音だけが、残る。





 夜。


 アリアの部屋。


 灯りは落としてある。


 静かな空気の中で、アリアは座っている。


 机の上。


 天球儀に、指が触れる。


 ゆっくりと、回る。


 星の配置が、少しずつずれていく。


 その動きを、ただ見ている。



 昼のことが、頭をよぎる。


 ソルの言葉。


 大学へ、という話。


 ニールスのこと。



 アリアは、わずかに眉を寄せる。


 うまく、形にならない。


(……どうして)


 一度、止まる。


(……どうして、気になるのかしら)


 答えは出ない。


 指先だけが、動く。


 天球儀が、また回る。



 視線は、そこにあるまま。


 思考は、まとまらない。


 ただ、同じところを巡る。



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