第31話 同じ釜の飯のあとで
オサリア王国。
城内の廊下を、ニールスが歩いている。
人の気配はまばらで、足音だけが残る。
歩きながら、思い出している。
ソルの言葉。
大学として、迎え入れたいという話。
今すぐではないが、いずれ返事がほしいと。
ニールスは、わずかに視線を落とす。
(……どうするか)
考えがまとまらない。
歩きながら、同じところを巡る。
答えは出ない。
足だけが、前に進む。
そのとき、ふと立ち止まる。
「……あ」
思い出す。
トキアスに持っていくはずの書類。
机の上に置いたままになっている。
小さく息を吐く。
「……まずいな」
踵を返す。
足早に、来た道を戻る。
思考は、途中で途切れたまま。
答えは、まだ出ていない。
トキアス王立大学。
廊下を、ニールスが歩いている。
人の声が、遠くに混じる。
イレーネの研究室へ向かう途中――
「おっ」
声がかかる。
ノクスだった。
「この前は、急にすまなかったね」
軽く笑う。
「助かったよ」
ニールスは、足を止める。
「いえ」
小さく首を振る。
「良い経験ができました」
ノクスは、満足そうに頷く。
「そうか、それは良かった」
それだけ言う。
「では、また」
すぐに背を向ける。
足取りは軽い。
ニールスは、その場に少しだけ残る。
遠ざかる背中を見送る。
やがて視線を外し、
再び歩き出す。
研究室の前で立ち止まる。
軽く、扉を叩く。
「どうぞ」
中から声が返る。
扉を開ける。
室内に入る。
イレーネが顔を上げる。
「あら」
少しだけ意外そうに。
「残念ね、アリアは離席中よ」
ニールスは、わずかに首を振る。
「いえ」
「書類を届けに来ただけです」
それだけ言う。
イレーネは、小さく笑う。
「それは失礼したわね」
一拍。
「まあ、お茶でも飲んでいきなさい」
横にいたクロエが、静かに動く。
カップを置く。
「どうぞ、ニールスさん」
「ありがとうございます」
ニールスは、手を伸ばす。
湯気が、わずかに揺れる。
イレーネが、何気なく口を開く。
「アリアのお父様と会ったのでしょう?」
視線は、カップのまま。
「どうだった?」
ニールスは、一瞬だけ考える。
「……はい」
言葉を探す。
「なんというか……」
一度、止まる。
「あまり、似ていないというか」
言い切る。
イレーネは、少しだけ首を傾ける。
「そうかしら」
穏やかに言う。
「アリアがこちらに戻ってきたとき、似ていると思ったわよ」
一拍。
「お父様が、まだ貴族だった頃しか知らないけれど」
ニールスは、視線を落とす。
二人の姿を思い浮かべる。
並べてみる。
(……似ているか?)
結論は出ないまま、
カップに口をつけた。
そのとき、扉が開く。
アリアが戻ってくる。
足が止まる。
室内の様子を見て、すぐに理解する。
ニールスと、視線が合う。
一瞬。
わずかに間が空く。
「……どうも」
短く言う。
ニールスも、小さく頷く。
「この前は」
それだけ返す。
それ以上は続かない。
だが、空気は以前ほど硬くない。
アリアは、自分の机へ向かう。
椅子を引き、座る。
書類を広げる。
何事もなかったように、手を動かし始める。
ニールスは、その様子を見ている。
気まずさは、もうない。
だが――
(……変わっていない、か)
そんな感覚が残る。
言葉にはしない。
イレーネは、そのやり取りを見ている。
わずかに目を細める。
視線は書類のまま。
ふと、口にする。
「同じ釜の飯を食べる、というのは」
少しだけ、間を置く。
「案外、大事なものなのね」
それだけ言う。
ニールスは、わずかに首を傾ける。
(……どういうことだ)
すぐには、分からない。
考えは、そのまま残る。




