第28話 名に至るまでのこと
アリアは、息を整える。
もう、話は終わったように思えた。
ドアノブに、指をかける。
回そうとした、そのとき。
「……彼女に、嘘をついてしまって」
ニールスの声。
動きが、止まる。
言葉のあとに、わずかな沈黙が落ちる。
ニールスは、すぐには続けない。
息を吐く。
視線が、少しだけ遠くへ向く。
記憶が、ゆっくりと遡る。
――オサリア王国。
呼び出されたのは、ユリウスの私室だった。
ニールスは、扉の前で一度だけ呼吸を整え、軽く叩く。
「失礼します」
中に入る。
ユリウスは、椅子に深く腰掛けたまま言う。
「来たか」
軽い調子だった。
ニールスは、わずかに首を傾ける。
「なにか御用でしょうか」
ユリウスは、ようやく視線を向ける。
「悪いが」
間を置かずに続ける。
「トキアスとの晩餐会、俺の代わりで出てくれ」
ニールスは、言葉を失う。
「……代わり、と言いますと」
ユリウスは、面倒そうに手を振る。
「そのままの意味だ」
「お前が第二皇子として出ろ」
さらりと言う。
「面倒でよ」
ニールスは、眉をひそめる。
「……困ります」
わずかに言葉を選ぶ。
「トキアスの王族も出席する場です」
ユリウスは、肩をすくめる。
「大丈夫だ」
軽く言い切る。
「黙って座ってりゃいい」
「服も用意してある」
――馬車が用意されていた。
王城の前。
すでに人は揃っている。
国王。
王妃。
皇太子。
そして――
第二皇子の姿をした、ニールス。
御者が手綱を引く。
馬車が、ゆっくりと動き出す。
車輪が、石畳を鳴らす。
隣に座った皇太子が、ちらりと横を見る。
動きが止まる。
「……ニールス?」
一瞬。
「あいつ、また……」
小さく息を吐く。
王妃も、わずかに眉を下げる。
国王は、一度だけ息をつく。
それから、ニールスを見る。
「すまないな」
短く。
「戻っていては、会合に間に合わん」
一拍置いて、
「このまま、参加してくれ」
ニールスは、わずかに目を伏せる。
小さく息をつく。
避けられないことは、分かっていた。
「……承知しました」
――馬車が、通りを進む。
人の気配が、横を抜ける。
そのまま、通り過ぎる。
わずかな揺れ。
御者が、手綱を引いた気配。
誰かが、慌てて道を空けた。
ニールスは、ふと視線を外に向ける。
窓の外。
後ろへ流れていく通りの中で、
一人の女性が、体勢を崩す。
避けた反動。
足がもつれる。
身体が傾く。
石畳に、膝をつく。
ニールスの動きが止まる。
「――止めてください」
声が出る。
馬車が、遅れて止まる。
ニールスは、すぐに扉を開ける。
外に出る。
「大丈夫ですか」
声をかける。
女性が、顔を上げる。
その瞬間、
ニールスの表情が、わずかに変わる。
見覚えがある。
大学で、何度か見かけた。
――アリア。




