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薔薇の令嬢と星を見る人 ――社交界に戻った令嬢が、使用人の天文学者を好きになるまでの話  作者: 直助


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第27話 語られなかった時間を越えて

 食卓。


 皿が置かれる。


 湯気が、静かに上がる。


 誰も、すぐには手を伸ばさない。

 言葉も、続かない。


 ニールスが、少しだけ身じろぐ。


「いや……」


 軽く笑う。


「お二人が親子だとは、思っていなくて」


 場の空気が、わずかにずれる。


 ヴァルターは、箸を取る。

 動きを止めずに言う。


「ニールスと……」


 言葉を選ぶ。


「アリアは、大学で顔を合わせるのか」


 踏み込みすぎない。

 ただ、確かめる。


 ニールスが、口を開きかける。


「いや――」


 その前に、アリアが言う。


「学内ですれ違う程度の関係です」


 短く。

 余計なものは足さない。


 線が引かれる。


 ニールスの言葉は、止まる。


 ヴァルターは、小さく頷く。


「……そうか」


 それ以上は聞かない。


 箸を動かす。


「まあ」


 淡く続ける。


「元気そうで、よかった」


 言葉が、落ちる。


 食卓に、わずかな動きが戻る。


 皿の音。

 箸の音。


 沈黙は残るが、少しだけ軽くなる。




 食事が終わる。


 器が、片付けられる。

 水の音が、少しだけ続く。


 やがて、それも止まる。



 アリアが、立ち上がる。


「……では、先に休みます」


 それだけ言う。


 ヴァルターは、背を向けたまま答える。


「お前の部屋は、そのままにしてある」


 短く。


「そこを使え」


 アリアは、少しだけ視線を向ける。


 廊下の先。

 閉じた扉。


「……おやすみなさい」


 それだけ残す。


 足音が、遠ざかる。


 アリアは、部屋に入る。



 静けさが戻る。


 ヴァルターは、しばらく動かない。


 それから、ニールスに目を向ける。


「……一杯、やるか」


 軽く言う。


 ニールスは、少し遅れて頷く。


「はい」


 それ以上は言わない。


 ヴァルターは、棚から瓶を取り出す。


 器を二つ。

 机に置く。


 酒が、注がれる。




 部屋の中は、灯りが落とされている。


 横になって目を閉じるが、眠れない。


 静かすぎて、かえって意識がはっきりする。


 喉が渇いていることに気づく。


 アリアは起き上がり、扉へ向かう。


 ドアノブに手をかける。


 そのとき、声が聞こえた。


 廊下の向こうからだ。


 動きが止まる。


 開けるのをやめる。




「……アリアは」


 ヴァルターの声。


「上手くやっているのか」


 少し間があって、ニールスが答える。


「ええ、大学でも評価されています」


「お世辞ではありません」


 言葉を選びながら続ける。


「あとで事情を知って」


「一度、貴族を離れた方だと聞きました」


「トキアスでは、そこから戻るのは簡単ではありません」


 わずかに言葉を切る。


「それでも、あの場所にいる」


「……簡単なことではないと思います」



 視線が、わずかに揺れる。

 思い出す。


 図書館。


 机の上に積まれた本。


 同じ場所。


 同じ姿勢。


 時間が変わっても、動かない。


 人が入れ替わる。


 光の向きが変わる。


 それでも、変わらない。


 ページをめくる音だけが続く。



 ニールスは、ゆっくり顔を上げる。


「……でも」


 言葉を置く。


「続けていました」


「ずっと」


 短く言い切る。


「見ているだけで、分かります」



 ヴァルターは、しばらく何も言わない。


 手の中の酒を、わずかに揺らす。


 視線は落ちたまま。


 やがて、ゆっくりと顔を上げる。


「そうか」


 短く。


「俺が心配するまでもないか」


 それ以上は続かない。



 アリアは、そのまま動かない。


 扉に手をかけたまま、聞いている。


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