第25話 巡り合う、その前に
朝。
石畳の道を、足早に進む。
人の流れを抜ける。
乗合馬車の出る場所。
すでに、馬は繋がれている。
御者が、手綱を取る。
動き出す寸前。
「待ってください」
声が上がる。
足音が、近づく。
「乗ります」
御者が振り返る。
「……おや」
馬を軽く止める。
「乗っていくかい」
アリアは、息を整えながら頷く。
「はい」
御者は、アリアの姿を一度見て、
少しだけ笑う。
「珍しいね」
「二日続けて、若いのを乗せるとは」
アリアは、わずかに首を傾ける。
視線だけで、問い返す。
御者は、肩をすくめる。
「昨日もな」
軽く続ける。
「大学の関係の若者が乗っていった」
「こんなこともあるもんだ」
アリアは、視線を少しだけ止める。
「……そうなんですか」
それ以上は聞かない。
御者が、顎で示す。
「空いてるとこ、そこだ」
荷の間。
簡易な座り場。
アリアは、裾を整え、
静かに腰を下ろす。
「じゃあ、行くぞ」
手綱が引かれる。
馬が歩き出す。
車輪が、石を踏む。
音が、ゆっくりと動き出す。
揺れが、続く。
帆布の屋根が、わずかに鳴る。
横は開いている。
風が、そのまま入り込む。
街の音が、少しずつ遠ざかる。
建物の影が、流れる。
人の声が、薄れていく。
やがて、石畳が途切れる。
揺れが、変わる。
アリアは、何も言わない。
視線は、外に向いたまま。
(……父に会うのは)
(どれくらいぶりかしら)
(十年……)
馬車は、揺れ続ける。
土の道が、まっすぐに伸びている。
風が、畑を撫でる。
低い建物が、点々と続く。
遠くで、煙が上がっている。
同じような景色が、繰り返される。
ただ、前へ進んでいく。
畑に、陽が差している。
土は、まだ少し湿っている。
ニールスは、手を動かしている。
列に沿って、苗を見ていく。
隣では、村人が同じ動きをなぞる。
「そこは、間を空けた方がいいです」
短く言う。
手は止めない。
男が、頷く。
少しだけ、位置をずらす。
ニールスは、次の列へ移る。
葉に触れる。
色を見る。
土を指で崩す。
何も言わずに、立ち上がる。
時間が、進む。
陽が、高くなる。
影が、短くなる。
作業の手が、少しずつ止まる。
道具が、置かれる。
人が、集まる。
ヴァルターが、声をかける。
「そのあたりでいいだろ」
誰かが、笑う。
頷きが、返る。
木陰に、人が集まる。
簡単な台が置かれる。
布が広げられる。
器が並ぶ。
パン。
煮た野菜。
粗い肉。
湯気が、上がる。
ニールスも、その中にいる。
言葉は、多くない。
だが、空気は緩んでいる。
器が回る。
誰かが、笑う。
ヴァルターが、ニールスを見る。
「手慣れてるな」
「農業やってるやつの手だ」
ニールスは、少しだけ首を振る。
「いえ」
短く。
「専攻は、別です」
ヴァルターの眉が、わずかに動く。
「……ほう」
それ以上は聞かない。
ニールスも、続けない。
器が、静かに置かれる。
会話が、続いている。
その中に――
足音が、混じる。
土を踏む、軽い音。
誰かが、顔を上げる。
視線が、そちらへ向く。
ニールスも、遅れて目を向ける。
一人の女性が、歩いてくる。
見覚えがある。
だが――
すぐには、結びつかない。
距離が、縮まる。
表情が、はっきりする。
ニールスの動きが、止まる。
「……」
言葉が、出ない。
アリアは、そのまま歩く。
迷いはない。
視線も、揺れない。
ヴァルターの前で、止まる。
「お久しぶりです」
静かに。
「お父様」




