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薔薇の令嬢と星を見る人 ――社交界に戻った令嬢が、使用人の天文学者を好きになるまでの話  作者: 直助


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第24話 知らぬまま、流れの先へ

 ヴァルターは、再び屈み込む。


 手は止まらない。


 土を払う。


 葉をめくる。


 さっきの列を、もう一度確かめる。


 ニールスは、その様子を見る。


 少しだけ、間がある。


「そういえば」

 一拍。


「技術指導、って言ってたな」


 土を払う。


 視線は、畑のまま。


「村の連中も呼んでくる」


 それだけ言って、立ち上がる。


 ニールスは、小さく頷く。


「お願いします」


 ヴァルターは、何も返さず歩いていく。


 しばらくして、


 人が集まってくる。


 男。


 女。


 年配の者もいる。


 十人ほど。


 輪になるほどでもない。


 ただ、自然に近づいてくる。


「……珍しいな」


「王都から来るなんて」


「若いのに」


 口々に言う。


 声に棘はない。


 ただの感想だった。


 ニールスは、軽く頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 それだけ言う。


 視線が集まる。


 ニールスは、周囲を見る。


 畑。


 土。


 葉の色。


 風の向き。


 一つずつ、確かめる。


「まず――」


 短く言う。


 言葉は多くない。


 だが、止まらない。


 最近の品種。


 育ち方の違い。


 病の出方。


 広がり方。


 触れた順序。


 風の流れ。


 今年の気候。


 気温の傾き。


 雨の間隔。


 影の位置。


 必要なことだけを、順に置いていく。


 誰かが、頷く。


 別の誰かが、土を見る。


 言葉は少ない。


 だが、聞いている。


 風が、畑を抜ける。




 日が、傾き始めている。


 光は、少しだけ柔らかい。


 畑の色も、わずかに変わる。


 ニールスの話は、続いている。


 言葉は多くない。


 だが、


 途切れない。


 誰かが頷く。


 別の誰かが、手を動かす。


 風が、ゆっくりと抜ける。


 ヴァルターが、腰を伸ばす。


「……そのくらいにしておくか」


 土を払う。


 視線を上げる。


「泊まっていくんだろ」


 一拍。


「今日はもう終わりだ」


 少しだけ、口元が緩む。


「一杯やろう」


 周りから、声が上がる。


「いいな」


「そうしよう」


 誰かが笑う。



 火が起こされる。


 枝が組まれる。


 火が移る。


 小さく、弾ける音。


 煙が、ゆっくりと上がる。


 人が、集まる。


 輪になる。


 酒が回る。


 簡単な器。


 手から手へ。


「ほら」


 差し出される。


 ニールスは、わずかに迷う。


「……では、少しだけ」


 受け取る。


 口をつける。


 強くはない。


 だが、温かい。


 声が、少しずつ増える。


 昼間よりも、柔らかい。


 誰かが笑う。


 火が、揺れる。


「珍しいよな」


 一人が言う。


「王都から来るなんて」


 別の声が続く。


「若いのに」


 笑いが混じる。


 棘はない。


「そういえば」


 別の男が、思い出したように言う。


「ヴァルターさんも、昔は王都にいたんだよな」


 ヴァルターが、顔をしかめる。


「余計なこと言うな」


 短く。


 だが、強くはない。


 ニールスは、視線を向ける。


「そうなんですか」


 一拍。


「こちらには、お一人で?」


 ヴァルターは、火を見る。


 少しだけ、間がある。


「……いや」


 短く。


「妻と娘がいた」


 一瞬だけ、火が揺れる。


「だが――」


 言葉が、止まる。


「早くに、死んじまってな」


 それだけ言う。


 視線は、火のまま。


 一拍。


「……まあ、そんな話はいい」


 酒をあおる。


 それで終わる。


 誰も、深くは触れない。


 声が、また戻る。


 火が、揺れる。




 トキアス王立大学。


 イレーネの研究室。


 紙の音が、静かに続いている。


 ペンが走る。


 窓からの光。



「アリア」


 イレーネが、手を止めずに言う。


「あなたのお父様の件だけれど」


 アリアの手が、わずかに止まる。


「手続きが、いくつか残っているの」


 紙を一枚、めくる。


「土地の扱いも、そのままになっているわ」


「離れた時に、整理しきれていないものね」


 淡々と。


 説明は、足さない。


「本来なら、代理でも進められるのだけれど」


 ペンが止まる。


 顔は上げない。


「今回の書類は、本人でないといけないの」


 静かに言う。


「悪いのだけれど、確認に行ってもらえるかしら」


「問題なければ、サインをもらってきてほしいの」


 アリアは、答えない。


 視線が、わずかに落ちる。


 ほんの一瞬。


 顔に、わずかな歪み。


 すぐに消える。


 顔を上げる。


 イレーネと、目が合う。


 逃げられない。


「……わかりました」


 短く。


「明日、父のところへ行きます」


 それだけ言う。


 イレーネは、小さく頷く。


「ありがとう、助かるわ」


 一拍。


「朝に出ても、その日のうちに戻ろうとすると遅くなるわ」


 視線が、アリアに向く。


「泊まってきなさい」


 柔らかい。


 だが、逃がさない。


「無理はしないで」


 静かに言う。


 アリアは、わずかに視線を逸らす。


「……わかりました」


 それ以上は、言わない。


 紙の音が、戻る。


 ただ――


 行き先だけが、決まる。


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