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薔薇の令嬢と星を見る人 ――社交界に戻った令嬢が、使用人の天文学者を好きになるまでの話  作者: 直助


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第23話 袖が触れれば、それも縁

 乗合馬車は、土の道を進んでいた。


 揺れは、一定ではない。


 車輪が、小さな段差を拾う。


 荷が、わずかに鳴る。


 帆布の屋根が、風に揺れる。


 横は開いている。


 外の空気が、そのまま流れ込んでくる。


 土の匂い。


 草の匂い。


 遠くで、鳥の声。


 王都の気配は、もうない。


 景色は、どこまでも低く広がっている。


 ニールスは、何も言わない。


 ただ、揺れに身を任せている。


 乗合馬車は、ゆっくりと速度を落とした。


 車輪の音が、土の上で鈍くなる。


「着いたよ」


 御者が声をかける。


 ニールスは、顔を上げる。


「ありがとうございました」


 軽く頭を下げ、馬車を降りる。


 荷台には、まだ荷が残っている。


 馬車は、そのまま先へ向かう。


 ニールスは、懐から地図を取り出す。


 ノクスに渡されたものだ。


 視線を落とし、位置を確かめる。


 周囲を見渡す。


 畑。


 低い建物。


 人の姿は、まばらだ。


 少し歩く。


 足元は、乾いた土。


 風が、抜ける。


(……このあたりか)


 立ち止まる。


 視線を巡らせる。


 畑の一角。


 一人の男が、作業をしている。


 動きが、少しだけ止まる。


 何かを確かめるように、葉を持ち上げている。


 ニールスは、その様子を見る。


 少しだけ、視線を細める。


 葉の色が、揃っていない。


 斑点。


 端から広がっている。


 ニールスは、足を止める。


「……風の向きは、一定ですか」


 男が、顔を上げる。


「なんだ?」


 ニールスは、畑を見たまま続ける。


「広がり方が、片側に寄っています」


 一拍。


「同じものなら、全体に出るはずです」


 男の視線が、畑に戻る。


「……確かに」


 ニールスは、短く言う。


「病なら、触れたものから広がります」


「風か、人か」


 一瞬だけ間。


「その列、分けた方がいいかもしれません」


 男は、しばらく何も言わない。


 視線だけが、畑をなぞる。


 葉。


 列。


 風の向き。


 ゆっくりと、見直していく。


「……やってみるか」


 独り言のように言う。


 ニールスは、それ以上は何も言わない。


 その場を、動こうとする。


「おい」


 背後から声がかかる。


 ニールスは、足を止める。


「どこから来た」


 振り返る。


「トキアス王立大学から来ました」


 短く答える。


「技術指導の件で」


 男は、ニールスを見る。


 測るような視線。


 一拍。


「……ああ」


 何かを思い出したように、頷く。


「聞いている」


 それだけ言う。


 ニールスは、小さく頭を下げる。


「……ヴァルターさん、でしょうか」


 男の眉が、わずかに動く。


「そうだ」


 短く返す。


 それ以上は続かない。



 ヴァルターは、土を払う。


 視線は、畑のまま。


「しかし、珍しいな」


 一拍。


「トキアスの大学から来るなんて」


 ニールスは、わずかに間を置く。


「あ……」


 少しだけ言いよどむ。


「実は、自分はオサリアの人間でして」


 視線を外さず続ける。


「トキアス王立大学からの依頼で来ています」


 ヴァルターは、小さく鼻を鳴らす。


「……だろうな」


 一拍。


「あいつらが、こんなところに来るわけがない」


 吐き捨てるようではない。


 ただ、当たり前のことのように言う。


 ニールスは、何も言わない。


 風が、畑を撫でる。


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