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薔薇の令嬢と星を見る人 ――社交界に戻った令嬢が、使用人の天文学者を好きになるまでの話  作者: 直助


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第20話 静かなところで、すべては進む

 夜。


 部屋。


 灯りは、落ちている。


 机の上。


 天球儀。


 指先が、触れる。


 わずかに、回る。


 止まる。


 視線が、そこに残る。


 何を見ているのか、

 自分でも分からない。


 胸の奥に、

 何かが引っかかっている。


 理由は、

 浮かばない。


 ただ――


 静かに、

 落ち着かない。




 朝。


 イレーネの研究室。


 いつもと変わらない机。

 書類。


 窓からの光。


 扉が開く。


「おはようございます」


 アリアが入る。


「おはよう」


 イレーネは顔を上げる。


 一瞬だけ、

 視線が止まる。


「……浮かない顔ね」


「うまくいく方が、珍しいのかもしれないわね」


 何が、とは言わない。


 アリアは、

 わずかに眉を寄せる。


「どういうことでしょうか」


 イレーネは、

 ペンを走らせたまま、


「いえ、こっちの話よ」


 それ以上は続けない。


 紙の音だけが、

 部屋に残る。



 時間が、少し過ぎていた。


 紙の音が、続いている。


 アリアの手が、止まる。


 視線が、紙の上に落ちたまま動かない。


「……手が止まっているわよ」


 イレーネが言う。


 顔は上げない。


「……すみません」


 アリアは答える。


 だが、

 視線は戻らない。


 少し遅れて、

 ページをめくる。


 音だけが、浮く。


 しばらくして。


 アリアは、

 静かに立ち上がる。


「少し、用事を済ませてきます」


 イレーネは、

 顔を上げないまま、


「ええ」


 それだけ返す。


 廊下。


 足音が、一定に続く。


 迷いはない。


 進む方向も、

 決まっている。


 人の流れの中。


 一つの背中を見つける。


「テオドール」


 声をかける。


 足が止まる。


 振り返る。


「アリア」


 穏やかな声。


 アリアは、

 わずかに間を置いてから口を開く。


「昨日の話だけど」


 一拍。


「オサリアの使用人の件……」


 視線が、少しだけ落ちる。


「教授たちに、話してもらえない?」


 言い切る。


 だが、

 強くはない。


「助けてもらって……」


 続けかけて、


 止まる。


「何もしないのも、違う気がして」


 言葉を置く。


 それ以上は言わない。


 テオドールは、

 少しだけ考える。


 すぐに、頷く。


「わかった」


 自然に。


「話してみるよ」


 それだけ。


 一拍。


 視線が、わずかに変わる。


「それと」


 軽く続ける。


「この前の話だけど」


 少しだけ間を置く。


「急がせるつもりはないけど、

 前向きに考えてくれてるなら、嬉しい」


 柔らかい。


 アリアは、

 一瞬だけ視線を上げる。


「……ええ」


 短く。


 それだけ答える。


 それ以上は、

 続かない。


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