表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇の令嬢と星を見る人 ――社交界に戻った令嬢が、使用人の天文学者を好きになるまでの話  作者: 直助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/36

第19話 影は静かに寄ってくる

 トキアス王立大学。

 朝の空気は、まだ静かだった。



 ノクスは、呼び出されていた。


 教授室。


 重い扉が閉まる。


 中には、すでに数人の教授が揃っていた。


 ノクスは席に着く。視線が集まる。


 誰もすぐには口を開かない。わずかな間。


「――オサリアの件ですが」


 一人が口を開く。


「ニールスという人物」


 名前だけが置かれる。


「講義を担当させていると伺いましたが」


 確認の形を取っている。


 だが、意図は明らかだった。


 ノクスは否定しない。


「はい」


 短く、それだけ。


 空気がわずかに変わる。


「差し出がましいことを申しますが」


 別の教授が続ける。


「少々、異例ではないかと」


 言葉は穏やかだった。


 だが、視線は外れない。


 ノクスは受け止める。


「彼は非常に優秀です」


 淡々と。


「学術的な知識だけでなく、観測・指導の精度も高い」


「オサリアとの学術的な窓口としても、重要な存在です」


 簡潔に述べる。


 余計な感情は乗せない。


 小さく頷く者がいる。


 しかし、沈黙は続く。


「……とはいえ」


 別の声。


「使用人、という立場でしょう」


 やわらかい言い方だった。


 だが、言葉は残る。


「オサリアの使用人が、当大学で講義を行う」


「周囲からどう見えるか、という点も……」


 最後まで言い切らない。


 だが、十分だった。


「副学長というお立場ですし」


 少しだけ間を置く。


「今後の運用については、慎重にされた方がよろしいかと」


 静かに落とす。


 否定ではない。


 だが、線は引かれている。


 ノクスは何も言わない。


 視線をわずかに落とす。


 それだけだった。


 やがて、椅子が引かれる音。


 話は終わっていた。


 廊下。


 扉が閉まる。


 足音が一つ、響く。


 ノクスは歩く。一定の速さで。


 止まらない。


 窓際で足が止まる。


 外を見る。


 学生たちの姿。変わらない日常。


 しばらく動かない。


(……さて)


 小さく息を吐く。


 視線を戻す。


 何も決まっていない。


 それでも、考えるしかない。





 イレーネの研究室。


 机の上に、書類が広がっている。


 イレーネは目を通す。

 クロエが整理する。


 アリアもまた、黙ってページをめくっている。


 紙の擦れる音だけが続く。


「これを、お願いできるかしら」


 イレーネが一枚、差し出す。


「はい」


 アリアは受け取る。


 椅子を引く。


 立ち上がる。


 そのまま部屋を出る。




 廊下。


 人の流れ。


 足を進める。



 前から、歩いてくる影。


「アリア」


 声がかかる。


 テオドールだった。


 足を止める。


「もう、大丈夫なのか」


 まっすぐな視線。



 アリアは、軽く頷く。


「ええ。ありがとう」


 いつもの調子で返す。


 表情も、崩さない。



「そうか」


 短く。


「そういえば」



 少しだけ間を置く。


「まだ決まった話ではないが」


「君を助けた、

 オサリアの使用人――ニールスだったか」


 名前を確認するように言う。


「彼のことだが」


 視線は変わらない。


「教授たちから、

 少し話が出ているらしい」


 柔らかい言い方だった。

 

「今までのように、

 こちらへ来るのは難しくなるかもしれない」



 沈黙。



 アリアは、

 すぐには答えない。



「……そうなの」


 短く。


 それだけ。


 軽く頷く。


 


「では、また」


 テオドールは去っていく。


 

 足音が遠ざかる。


 

 アリアは、

 その場に残る。


 動かない。


 手に持った書類が、

 わずかに揺れる。


 

 視線は、

 前に向いたまま。


 

 それでも――



 足が、次に出ない。



 廊下の音が、遠くで続いている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ