第2章-11 牢獄(中編)―パンチャーラ国アヒッチャトラ―
パンチャーラ国首都アヒチャトラ。
慧は、理由も聞かされずに捕縛され、牢獄へ入れられた。
既に三日間、食事はおろか水すら与えられていなかった。
三日目
強い雨。
頭痛がひどい。
高いところにある窓から、雨が吹き込んで来た。
雨水を両手と口で受けた。
はじめは手と唇と舌が吸収してしまい、喉まで届かなかった。
ようやく、ひと口の天水を飲み込む。
胃袋が、ぐるぐると音を立てて動き回った。
--------------
四日目
夜明け前。
ふいに目覚めた。
左のあばら骨と腹の境目あたりがキリキリと痛む。
起き上がっていると痛いのでそのまま、一日眠る。
--------------
第五日目
夜明け。
体のあちこちがメリメリと音がするようで、ギュとかギリギリとかジーンと言う痛みが走る。
座っていてもめまいがして、体が中の方から削られていくようだ。
どくどくと心拍の音が耳の中で聞こえる。
皮膚の下に、もう一つの皮膚、というか、別の体があるような感覚がある。
高窓の外が明るくなってきた。
男が......
座ったまま死んでいた。
BGM
” Du‘ā’ī Ilaik | Lagu Arabic Menyentuh Hati | Musik Religi Islami 2025 "
慧は男の体を横にしてから、両手を胸の上で組んでやった。
男の体は、まだしなやかだった。
慧は、元の場所へ戻って座った。
少し動いただけなのに、心拍が妙に速くなっている。
頭がすっきりしていて判断も普通にできているようだが、体力の回復が遅くなって、体が頭についてこない。
(やっぱり......俺もこの男と同じになるんでしょうか?)
(生死は時を選ばず)
(そうで......すよねぇ…)
そう言って、慧はゆっくりとうなだれた。
ーポトッー
ーポトッー
ーポトッー
ーポトッー
目を開けて、膝と膝の間に埋めていた顔の真下を見た。
(なんだろう......これ?)
ーポトッー
ーポトッー
ーポトッー
ーポトッー
ーポトッー
右手の人差し指で、床を拭って目の前へ持って来た。
そして、窓から差し込む光にかざしてみた。
(あ、血だ。)
慧は、顔を左手で拭ってみた。
すると、鼻の下にヌルリとした感触があった。
(へへ、なんでだろう?......俺、鼻血出てるよ)
(我らの行に”最後の断食”と言うものがある...
最後は、こうなる)
(......て事はもうすぐ?)
(持って二晩)
(......そう......で......すか)
【脚注】
◯最後の断食
サッレーカーン(Sallekhana)
ジャイナ出家者の究極の修行で、欲望を衰滅しながら静かに断食して死を迎える。
これは自死のように、死を急ぐ行為ではない。
カルマの最終浄化として尊厳を重視する行と言えた。
自死については、Niākya MN 144 Channovādasutta にも説示があり、古代インドの思想の中でも着目されていたことが窺える。
ブッダは、自死を否定した。
しかし、弟子の一人チャンナ尊者は病魔に侵され、苦痛が激しかったため最後に剣をとった。
そのことについて、弟子たちは非難をしたが、ブッダはこの非難を諫めて、行為そのものを否定することはせずに「無我と、その滅尽とを如実に知る(Anattañca khayañca pajānāti.)」を自ら認識していたことを評価している。




