第2章-12 大襲撃(後編)―ヴァッサ国コーサンビ近くラッキタヴァナサンダの森―
(前編からの続き)
野盗集団の襲撃が始まった。
百人隊長チャンダソーマが率いる突撃部隊が、モッガラーナ副隊長の陣営まで後僅かに迫った!
ラッキタヴァナサンダの森の中からは、獣たちの叫びや、ざわついた気配がひしひしと伝わって来ていた。
野盗の槍部隊は、弓弧の陣形を作って迫ってくる。
Mā byūhaṃ bhejjittha!Te sace okkamanti pi, daḷhaṃ rakkhatha!iya!
百人隊長のチャンダソーマが叱咤すると、全員が雄叫びを上げる。
Voṭṭhatha!!!_______
チャンダソーマは、弓弧の陣形の真ん中、その一番後方に位置していた。
それは、ちょうど弓を引き絞ったときに、矢じりを乗せている指のような位置である。
その位置からなら、陣形の乱れや戦況が人目でわかるのであった。
ただし、そこから激を飛ばすには、並外れた声量の特殊な声が必要だった。
彼の声は、赤ん坊の鳴き声よりも甲高い超黄色い音。
その怒声を聞いたものは、嫌でも大脳をかきむしられる。
そして...
Kiṃ karotha, bho!! Dakkhiṇapassassa tatiyo, sace sayasi, sotaṃ paharissāmi!
...しっかりと”オネエ”入り。
[BGM]
“荒野の果てに:葵三音子”
(推奨1.3倍速)
キャラバン隊の傭兵が一人...
百人隊長チャンダソーマの後方、およそ十ダヌスの位置にやや早足で歩いてついてきていた。
その傭兵は上体を折り曲げ、中腰の姿勢、早足で歩いている。
その体を草むらの高さより低く保ったまま、足の早さは加速している。
ーピシッ!ー
ーピシッ!ー
目のまで隠れる黒革の面頬に、草が容赦なくかすってゆく。
しかし、傭兵はまったく意に介さず進む。
Sādhu etaṃ! Tath eva, tath evagacchatha, ayyā!daī!!
Aho vata! Sundaro, suṭṭhu sundaro byūho!________
腰に下げている筒から、片手で長火鉢のようなものを取り出し、それを口にくわえた。
そして馬の手前、四ダヌスのあたりで、傭兵は走る速度を上げた。
チャンダソーマのまたがっている馬の尻に向かって勢いよく跳躍して両手をつき、後ろから飛び乗ると馬にまたがった。
―ドスッ―
右向きに振り向いたチャンダソーマの顔を両手で掴む。
そのまま時計方向にねじった。
―ボッゴッ!クンンッ!!―
ー脛骨第三関節脱臼ー
尚、生命維持に支障なし。
百人隊長チャンダソーマは馬上で口をパクパクしながら、眼をひん剥いて、背中に反転した顔でその傭兵を睨みつけている。
傭兵は口に咥えていた、一ハスタほどの火箸のような武器の尖った先をチャンダソーマの盆の窪に当てると同時に、眉間から尖った針先が出るまでスッと刺し通した。
睨んでいたチャンダソーマの眼は、白目に変わった。
次の瞬間、馬から飛び降りて、片膝を地面に着き反対を立てた低い姿勢を取った。
長火箸のような武器に着いた血糊を足元の草で拭き取ると、すぐに腰の筒に仕舞い込み、全速で南へ向かって走り去った。
一方...
森に隠れている弓部隊のディーガーユ百人隊長は、二人の側近と一緒に、大きな欅の木の根本で、折りたたみの椅子を出して座っていた。
戦闘中だと言うのに、足元には酒の入ったツボが置いてある。
二人の側近も、酒を飲んで赤ら顔をしていた。
東側から、もう一人の傭兵が近づいてきていた。
その傭兵は、弓隊の百人隊長のいる欅の木から二十ダヌスほど手前の椎木に、何も道具を使わずに素手でスルリと登った。
そして...
太い枝の先に這ってゆく。
次の瞬間、隣の木の枝に飛び移った。
まるで、山猿のように。
小柄な傭兵は、体重も軽かった。
枝から枝へ飛び移っても、ほとんど音がしない。
あたかも、森で暮らす猿が枝に飛び移ったようなものであった。
ほどなく...
小柄な傭兵は、欅の枝に乗った。
Evaṃ kho no kammaṃ niṭṭ hitaṃ viya . Candasomo purato gacchanto yathāpubbaṃ suṭṭhu karissati.
Evameva.
Atha pana sā itthī. ..no, puriso nu kho?
Gahahaha!
その枝の下には、談笑する三人がいた。
腰の小さな小物入れのような中から、クルクルと丸めた紐のようなものを取り出した。
そして片方の端にスイカの大きさぐらいの輪っかを作り、もう片方を短い特殊な籠手をはめた右手首に巻き付けた。
そして...
その輪っかをスルスルと地上におろしてゆく。
その輪っかの先には、弓隊の百人隊長 ディーガーユの頭があった。
輪っかがディーガーユの首にかかると同時に、その傭兵は欅の木から飛び降りた。
百人隊長 ディーガーユの身体が宙に浮く。
側近たちが、驚いて咄嗟にディーガーユの身体にしがみついた。
その瞬間、男三人分の体重がディーガーユの首の紐にのしかかった。
―ゴッ!クッ!―
―ピッ、ピッ―
ー脛骨第一関節剥離ー
及び、鈍的外力による頸動脈と頚静脈の挫滅的断裂により絶命。
―ドッ サンンッ!―
傭兵は、口に加えていた鋭利な一枚刃で紐を断ち切ると同時に北へ向かって全力で走り去った。
指揮官の百人隊長チャンダソーマを失った直下のローヒタは赤毛だった。
その赤毛の突撃専門兵は錯乱状態になっていた。
Eheyy eva! Okkamatha!______
Tāva okkamitvāyeva gacchatha!mae!_
戦況は狂乱状態となり、突入してくる敵があまりにも多く、キャラバンの鶴の舞陣形が崩れた。
Kāradattaupasenāpati, avatthā kīdisaṃ?
Mahantāni vighātāni.
キャラバンの隊員に多くの負傷者がでている。
外交官が2名のうち一名死亡、医師はむろんのこと、獣医も負傷している隊員を手当している。
使役人夫や、軍人上がりの牛飼いたちにも多くの死傷者がいる。
Bho, khippaṃ bandhanapaṭṭaṃ āhara!
Idhāpi taṃ, mā mandamando ahosi. Udakaṃuṇhaṃ karohi!
救護にあたる医師らの様子を見て、ジャティラが言った。
Idāni kho ettakameva na.
Kālo nu kho maññāmi.
Āma.
ジャティラ隊長は、天幕の中に入った。
羊毛と麻の混紡のガンダーラ特有の短丈マントを肩から外すと、上半身を薄手の綿製上着になった。
さらに、隊商長の証、左腕につけている青銅の腕輪を外した。
革製ベルト、銅製バックル、小さな護符袋も外し、足元の革製ブーツを脱ぐ。
そして、灰褐色の厚手の羊毛ズボンを脱ぎ、そして礼拝用の深い藍色の長い腰巻きを纏った。
ジャティラは、礼拝用の敷物を持って天幕の外に出てきた。
そして、地面に敷き、身体を完全に投げ出して礼拝し、そして立ち上がり合掌、三度繰り返した。
マントラを唱えた。
“Maggasmiṃ no rakkhā hotu,
sabba-dukkhā pamuccantu.
Sukhena gacchāma,
sabbe devatā rakkhantu.”
「この道中、われらに護りあれ。
あらゆる災いが離れますように。
無事に進めますように。
すべての諸神よ、われらを守りたまえ。」
そして、おもむろに立ち上がり...
天を仰いだ。
息を大きく吸った。
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
[BGM]
“Something In My House (12'') | Dead Or Alive”
―ウォホオォォォォーホオオオォオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
―ウォホオォォォォーホオオオォオオォオオォオオ~―
ジャティラは、まるでオオカミが仲間を呼んでいるかのような、遠吠えのような雄叫びを上げた。
すこしすると...、
森の中に...、
ざわざわとした気配が起きた。
Uggacchāāāāā!_____
最初の悲鳴は、北の森の奥の方からでた。
そして、だんだんとその悲鳴がいくつも近づいてきて、
やがて......
森の中から、ドール(インドオオカミ犬)の群れが三つ、西側、北、南にそれぞれの塊となって姿を現した。
突撃隊と先陣の槍兵たちに、ドールの群れが背後と左右から襲いかかる。
Āāāghātaṃ!_______
Dhiratthu, ghāāāghān-ti!__āāā!ā-
一匹のドールが、野盗の太ももの裏側に噛みつく、
激痛に悲鳴を上げて天を仰ぐ、
するとすぐに別のドールが、その喉に噛みつく。
間髪を容れず野盗の脛骨を噛み砕き、喉をごっそり食いちぎった。
別の場所でも、向こうの突撃兵にも、こちらの槍兵でも同じ光景が繰り返されていて、壮絶な光景が広がっていった。
―グワッフ!―
Uggacchāāāāā!____
―ガッフォッ! コリッッグ! グッシャァァ―
―ゴッポォォァォォ!―
―ヒューヒュー―
―プクプクプク―
それはまるで、
屠殺の流れ作業を見ているような光景だった。
ドールが人間を襲って殺戮しているというよりは、決められた手順に従って”処理”をしているだけのように見えた。
その処理が済んで、喉がなくなった野盗の多くはその場に斃れているが、中には屈強な者もいるらしく、その頭を背中に背負って歩いている。
しかし、
すべての敵兵を殲滅処理するまで、それほど時間はかからなかった。
ドールが去った後には、野盗集団の屍が累々と横たわり、キャラバンの隊員だけが生き残って動いていた。
それは、じつに奇妙な光景だった。
やがて、東の斥候が本隊へ戻ってきた。
Corānaṃ mahābyūho!
Nadiṃ antaraṃ katvā para tīre!
ジャティラ隊長は、胸元に下げていた呼笛を内衣から出すと五回吹いた。
戦いが終わった。
BGM
“ حیرتِ عِشق | The Ecstasy of Ishq ”
笛の音を聞いた第二隊のモッガラーナ副隊長は、ガンダーラ・アスニー川の村の外れで会った占星術師テリーの顔を思い浮かべながら、あの占いの言葉をいく度も反芻していた。
“Vanaṃ vīraṃanugacchati.
Yātrā na niṭṭhāti.”
【脚注】
◯ズボン
古代インド本土では異例だが、ガンダーラ〜バクトリアでは史実的にズボン文化があったと比定される。厚手のウール、土色・灰褐色を想定。
◯長さの単位
aratniアラトニ(前腕の長さ)約45.6 cm肘から指先(2 vitasti)
hastaハスタ(肘尺)約45–50 cm上とほぼ同じ(24 aṅgula)
dhanusダヌス(弓丈 / 牛車の軸長)約1.9 m4 aratni
◯ジャティラの礼拝マット
◯ドールがキャラバン隊員を襲わない理由
ジャティラ隊長は出発前に、準備として以下を指示していた。
Caravānassa purisā vatthāni candanena suṭṭhu temetu.
(キャラバン隊員は着衣に白檀を深く染み込ませるよう)
このサンダルウッドの香り成分には、ジャティラ自身の体臭と同じ成分が含まれていたため。
◯ドール(インドオオカミ犬)」
正式名:アカオオカミ(Dhole)
〇占星術師テリー
エピソード25-26 参照




