第2章-10 大襲撃(前編) ―ヴァッツァ国 コーサンビ近くラッキタヴァナサンダの森―
ヴァッツァ国コーサンビ。
ジャティラ隊長のキャラバンは、昼までに街を抜けて、ラッキタヴァナサンダの森まで到達した。
ここから、コーサラ国へ向かうガンガーの渡し場までは、もうわずかである。
隊長のジャティラは、一ダヌス近い長身で肩幅がある。常にゆったりとした動作で、無駄な動きはしない。
遠目には戦士とも祭司とも、あるいは商人ともつかない。
アーリヤ系の直線的な鼻梁を持ち、眼窩が深く、淡い褐色の瞳。
顴骨はなく、スラッとした頬に口髭と短く整えた顎髭は、ガンダーラのキャラバンや遊牧系の伝統でもある。
そして髪は黒く後頭部で革紐により束ねていた。
常に冷静沈着、そこにいるだけで場の空気が彼を中心にして引き締まる。
このヴァッツァ国の中で、ジャティラのキャラバン隊商は三度の夜襲を受けた。
襲撃の規模は小さかったため、被害は大したことはないが、護衛部隊はもちろんのこと、キャラバン隊員のすべてが睡眠不足と疲労感に苛まれていた。
襲撃を極力回避するには、夜明け前の出発をさらに早める必要があった。
ジャティラ隊長は、
(できることならば、コーサラ国に入る前に宿駅でゆっくり休ませてやりたかった)
そう心の内では思っていた。
しかし、ヴァッツァ国は中継地としては貧弱で、首都コーサンビーを除けば宿駅となる大きな街が少ない。
やむなく森での野営を強いられていると言えた。
西の空に柳眉のような月が浮いていた。
このヴァッツァ国に入ったのが、満月の夜だったから、ほぼ半月が過ぎたことになる。
Handa, paṭivattassāma.
Sādhu, alaṃ. Ito dāni tuyhaṃ.
護衛の兵士達は、夜間警備を3交代で行った。
夜警に慣れている傭兵たちも、ひと月のあいだ交代勤務で仮眠しか取れないため、睡眠不足と疲労は隠せなかった。
Āhā, niddāyāmi.
Evaṃ.
焚き火はできないため、暗い森の端で毛布を羽織って、森の闇の中を警戒しながら、ただ、じっと交代までの時間を過ごすしかない。
森の向こう側には、斥候が二人、それぞれ東と西に別れて単独で息を潜めるよに野営していた。
森を抜けてくる野盗を警戒するためであった。
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン――シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン――シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン――シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン――シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン――シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン――シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン――シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン――シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
―シェーーーーーーーン―
ジャティラ隊長がパッと目を開き、
Kāradattaupasenāpati!!
第2隊のモッガラーナ副隊長も上体を起こした。同時にモッガラーナ副隊長の怒声が飛んだ。
Dutiyagaṇo rakkhābyūhaṃ kappe
本隊のカルダッタ副隊長は、跳ね起きて叫んだ
Pamukhagaṇo rakkhābyūhaṃ kappe
キャラバンの全隊員が、一斉に起き上がり、あっという間に防具を身につけ、槍や弓を準備して、すぐに隊列を整えた。
ジャティラ隊長が指示を出した。
Uttarapaścime corā tisataṃ, satthā ca usū ca dīghasatthāni a
Sunakhā pi bahukā, paññāsamattā
Sabbe phalakaṃ ca aṅgulikosakañca dhārenti, gīvāya kaṅkaṇaṃ bandha|nti.
Byūho haṃsavilāsasadiso.
Te vanaṃ chinditvā āgacchanti.
Appamādo mā ahosi.
Ettakaṃ.
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本隊とは少し離れた場所に、円陣の野営を組んでいた第二隊のモッガラーナ副隊長は、ジャティラ隊長と同じ内容を隊員たちに指示した。
森の向こうでビバーグしていた西側の斥候が、犬笛で正確な情報を伝えてきた。
その音をジャティラとモッガラーナは聞き取り、臨戦態勢に入った。
どのような戦も情報が重要な鍵となる。
相手よりも先に情報を得ていれば、戦術を巧みに操作できることをジャティラは知っていた。
しかし、今回の相手は、いままでの山賊とは格が違っていた。
巧緻な戦略と計算を元に、この大襲撃を掛けてきている。
Pacchimavanasmiṃ sakunā viravanti!
Āgatā nu kho.
第二隊が陣形を組む西側の森の中で、動物たちが鳴き声を上げている。
野盗の先陣がもうそこまで来ている。
森の中から、いきなり矢が数十本、飛んできた。
それらの殆どは、手前で地面に刺さったが、数本は隊の陣形まで到達した。
Dhanu balavaṃ nu kho. Navaṃ siyāti?
モッガラーナ副隊長が、傭兵部隊長に尋ねた。
Seyyathāpi Bāktriyāto āgataṃ sando ti maññāmi.
敵の弓兵は森の中に隠れていて、出てこない。
三度の弓による攻撃の後、槍兵が森から飛び出た。
その数、およそ百五十人。
一方...
ジャティラ隊に参入している傭兵二人は、北西に一人、北東にもう一人が行動していた。
彼らは、防具をほとんど身に付けず、野人のような身軽な格好で行動していた。
第二隊の傭兵部隊は総勢十五名、傭兵部隊長はモッガラーナ副隊長の横で指揮している。
控えの傭兵は五名は、陣形内に踏み込んできた敵の処理班となる。
残りは遊軍として戦場には現れず、また、部隊長も彼らがどこにいるのか知らない。
しかし、戦況が悪化した場合には、敵陣の本丸へ密かに近づいて、野盗の党首を狩る暗殺組であった。
Mā pamajjittha! Caravānassa paṭicchannā yodhā siyuṃ.____
野盗の先陣を切った百人隊長のチャンダソーマが檄を飛ばした。
キャラバン第二隊のモッガラーナ副隊長の陣営まで、野盗の槍部隊は百ダヌスまで迫っていた。




