第2章-6 ウーツの剣(後編) ―ヴァッツァ国 ナヘルのニームの森―
Kaṭiyā ninamitvā pācina-disaṃ gacchāma.
Jānāmi.__
二人は中腰で、状態を前屈したかっこうで東へ移動し始めた。
五ダヌスほど行ったところで、草むらが途切れた荒れ地に出た。
すると北方向から腰に刀を下げ、胸に革製の防護鎧を着けた野盗の一味と見られる男がヌッと現れた。
先を歩いていたワジラは、その男を見た瞬間にそのまま南方向に走り出した。
野盗の男も追いかけ、あっという間にワジラに追いついて飛びかかった。
そして、激しく抵抗するワジラを、男が容赦なく組み伏せて服を脱がそうとする。
ナガが、そのポッカリと草むらの中にあいた荒れ地に顔を出したときには、男がワジラの身体に手をかけようとしていた。
俊足のナガは全速力で駆け寄ると、そのまま男の脇腹に体当たりをした。
-ドボッッッコーン!-
凄まじい音と同時、男の身体が吹っ飛び、続いてナガの一撃。
-ドスッ-
Guphū!____
―バグッ―
Gugge!____
―ボクッ―
Uṅgā!_____
―ザクッ―
Agā, agā, ā, ā...__
最後は男が腰に下げていた剣をサヤから引き抜いて、ナガはとどめを刺した。
Uṭṭha?___
うっすら血糊が着いた剣を見たナガはそう呟いた。
Naga!__
ワジラの声で、”ハッ”と我に返って振り返ると、彼女は東の方向に向かって走っている。
そして、自分の横を見ると五十ダヌスほどのところに男が投げ槍を構えて、今まさに放つところだった。
He he he, sā disaṃ dhāvanto mayhaṃ atthakāmaṃ , kumārike._ ____
ナガは一瞬で、男までの距離とワジラまでの距離を目測し、
ためらうことなく、ワジラに向かって全速力以上のダッシュをした。
Ahottamati!_____
―ビュッーゥン―
槍が夜の静寂を裂き、放物線を描き始めた。
(ぐっ!間に合わない!)
ナガは、ワジラの手前で跳躍して彼女の背中に飛びかかった。
-ボッスンッ!-
倒れたワジラが顔を上げると、槍がナガの背中の左側に立っていた。
Nagāāā!_ _____
ーKehe, hasiーtvā, arogo hohi, ti.
口から血が糸のように流れ出て、ナガはガクリと首を垂れた。
Na! Gāāāā!_________ __
ナガは、まもなく意識が遠くなってゆくのを感じた。
眼の前が暗くなり、やがて真っ白になってゆく...
すると、銀色の光が二つ現れた。
近づいてゆくと、タクシラの隣街で呼び止められた銀色の瞳をした占い師の年増おんなだった。
(あんた。悪い知らせの方を、ないがしろにしたね?)
(このことだったのかぁ...)
(人の話を素直に聞かないからさ、とんだドジ踏んづけたもんだよ。この兄さん)
(いまさら......)
年増おんなはそう言うとクルッと踵を返して遠ざかっていった。
姿も銀色の瞳も見えなくなった真っ白の世界で、もう一度、年増おんなの声だけが聞こえてきた。
(あんた。もうひとつだけ、教えてやるよ。)
(saṃsāra )
(じゃぁね。次はお金持って来なよ。)
[BGM]
“長い髪を洗うまで 石川優子”
がっくりと首を垂れ、ナガはもう息をしなかった。
Nagāāā!_ _____
盗賊の槍投げ手が近づいてきた。
Aho va, visesato eko puriso ahosi. Itthiṃ kho ahaṃ saraṃ akāsiṃ, antarāyo pana jāto.
ワジラは、ナガを抱きしめている。
Gugugugu.... gugugugugū guū... guūūuu...
Kirikiri, kirikiri, kirikiri, kirikiri.__
Girigirigiri... uūuguguguūūū... girigirigiri._____
Girigirigiri.... girigirigiri.____
-ゴッキッン!-
ワジラは自分でも無意識に強烈な歯ぎしりをしていた。
そしてついに左の糸切歯が半分に折れた。
その衝撃と痛みで、脳の奥まで煮え立ぎっていた血潮が一気に冷めて引いていった。
ワジラは、ナガの首にかかっていた翡翠のペンダントを外して自分の首に掛けた。
そして、翡翠とクマの二つのペンダントを両手で強く握りしめた。
ーぱちんー
軽やかな音とともに、翡翠の穴にクマが抱えたワジラの翡翠玉がピッタリとはまり、クマの姿は丸い翡翠の後ろに隠れてしまった。
両手を開いたワジラが呟いた。
(ナガ...)
わずかにワジラが微笑んだ。
微笑みながらワジラの目尻が瞬く間に釣り上がった。
Na te kadāci khamissāmi.
そして……
彼女は、その口を大きく開けた。
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
ーシェーーーーーーーーンー
息を肺いっぱいに吸い込み、声にならない何かが勢いよく飛び去るような、
音にならない声がワジラの喉から、あの卵を割ったときよりも高く鋭い音が間切れなく出ていた。
近づいてきた槍投げ手は、耳を両手で覆った。
Uā! Kiṃ idaṃ etaṃ? Vira, tuṇhī hohi, vira!
そう叫びながら、突っ立ったままのたうち回った。
ワジラはその口を開け、同じ音を出し続けた。
そして...
-スチャッ-
ワジラは、ナガの腰からウーツの剣を引き抜いた。
スクッと立ち上がった。
野盗の槍投げ手のところにスッと近づいて行く。
その男を横切って通り過ぎると同時のことだった。
―チカッ―
ウーツの刃が、男の左首のあたりで閃光を発した。
ただ、それだけだった。
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ジャティラ隊の野営地。
Moggallāna-upasenāpati, sutaṃ nu te?
Āma, sutaṃ. Atha kho saddo thokaṃ añño viya.
Yathābhūtaṃ. Sādhu, pesessāma cara|purise.
Dve jane alaṃ bhavissanti nu?
Uṃ._ _
モッガラーナ副隊長は護衛隊長に指示し、斥候を出した。
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森の奥に入った斥候は、程なくしてナガの亡骸と、傍らにいたワジラを馬に乗せて戻ってきた。
キャラバンの野営地に連れてこられたワジラは、モッガラーナ副隊長の質問に泣きながら答えた。
Senāpati, nago kira itthiṃ rakkhanto kālakato.___
Huṃ, atha kho ekako caritvā nikkhamanavaranaṃ atikkamitvā dosaṃ na sakkā paṭikkhipituṃ.
Amhākaṃ santhāgāre, āṇāya adinnāya pubbeva ayaṃ attho jāto. Nāgo ca no ce sañjāneyya, rattiyā āghatassa paṭibāhanaṃ na abhavissati iti
Jānāmi. Sve aruṇuggamanato pubbe jhāpessāma. Parikkhāre ca charike ca ādāya vīrasusāne nikhaṇissāma.
キャラバン隊長のジャティラは、たとえ親族であってもキャラバンの規律を他の隊員同様に遵守させる。
もし、罪を認めると不名誉な罪人としての扱いになる。
それを察したモッガラーナは、機転を利かせてそれをうまく回避した。
斥候がジャティラの天幕に入ってきた。
Senāpati, imaṃ passatha.__
Uṭṭha ka?
Āma, Nāga-sarīrassa samīpe gavesanaṃ katvā, coragaṇasadise dve purise mate passimha.
Yathāva te, te amhe anubandhantā āgacchanti viya.
Dukkaraṃ.
Āma.
ナガを貫いた槍の先を見て、三人の表情は曇っていた。
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BGM
Harf-e-Kun | The Divine Command of Creation | DervishBeats Official
ナガの亡骸の横でずっと泣いていたワジラは、斥候の馬に乗せられて旅芸人一座の野営地へ戻された。
Sve aruṇuggamanato pubbe taṃ gaṇhituṃ ehissāmi. Ajja visama, sve pana sokagītaṃ gāyāhi.
斥候の男は、そう言い残すと馬を翻した。
【脚注】
◯ワジラの喉から出る高周波
単に見世物で”卵割り”に使うためのものではなかった。
野盗に襲撃された際に、最後の手段として相手の鼓膜を激しく高周波の音で攻撃し、耳を塞ごうとして両腕が上がった隙を狙って、相手の首を一閃して仕留める。
これは、ワジラの必殺隠し剣だった。
もし名付けるならば、やはり...
”隠し剣 卵割り”
◯ジャティラ隊長とモッガラーナ副隊長の会話
このキャラバンの中で、この二人だけは犬笛(普通の人間には聴こえない高周波音)を聞き取る特殊能力がある。
同様の高周波数帯域を出すワジラの特殊な声を二人は聞き取った。




