第2章-3 大礼祭(前編) ―ガンダーラ国スワート川―
ガンダーラ国スワート谷を下った集落。
集落の外れには古いヴェーダ寺院があり、年に一度の大祭が催されている。
ガンダーラはマガダ国やコーサラ国ほど宗教的な縛りはない。それは政治的な統制よりも、西方バクトリアなどとの交易と文化交流を通じての外交政策に重きをおいているためだった。
tata, supabhatam.___
yaa! Aaloka, cirassam disvaanaṃ.
aho, ajja bhiyyo sobhasi vati.__
hihihi, evam na hoti... atha kho anumodaami.
ajja, bhandam na aahari?___
na hi, pacchaa Jaapito tataaharissaati. api
ciraaya._
ヴェーダ寺院に続く道は、大小の露天商がすでに店を広げている。
年に一度の大きな祭礼であるため、地方や西国のカンボジャからも商売人が集ってくる。
従って、店に並ぶ商品も非常に珍しいものが見られる。
saa! ehi, gaṇha! Bakhtariya-gandhodakaṃ idaṃ!
passa! Kamboja-desassa kasmira-kambalo ayaṃ!
thokaṃ, me muñca, bho!__
na, na vaṭṭati. idaṃ sundaraṃ bhaṇḍaṃ hi.__
そんな掛け声が、あちこちで飛び交っていて、寺院内の祭典よりもこっちのほうが賑やかである。
yo, Aaloka. ciraṃ apeesi maṃ.
tataa! ativiya maṃ apeesi nu kho.
khama khama, gahapatiṭṭhāne aṅgāraṃ otāretvā āgato; tato pana ekamuhuttaṃnisīditvā... gahahaha!__
... amma re!__
ジャーピタは村へ来る途中で、父の友人がやっている食堂へ”硬い炭”を降ろして、そこで一服してから来たのだった。
彼の焼いている硬い炭。
それは、この村の伝統食堂では欠かせない。
ガンダーラ国内でも北西部のこの辺りは、シンドゥ川(インダス川)の支流であるスワート渓谷の清らかな流れで育つ天然の渓流魚がたくさん獲れる。
それも、川底の石裏に住むオオナガレトビゲラ、カゲロウ、ヤゴやカジカの類、成虫となって飛んでくるカゲロウはもちろん、成虫のカメムシやバッタ、大きなジョロウグモなどの豊富な餌を食べて育つので、魚体が大きくずっしりと太い。
そして、このスノートラウトを開いて岩塩に浸し、さらに天日干しにした"スノートラウトの一夜干し"。
この地方にしかない名産品である。
そのスノートラウトの一夜干し。
これをジャーピタの焼いている硬い炭の炭火でサッと焙る。
この炭火は、ジャーピタの硬い炭でなければアノ独特の香り、思わず食いつきたくなるような芳香が出てこないのである。
この地方独特の料理となってから、もう何十年も経つ。
もともと、このように料理していたのはジャーピタの祖母で、ジャーピタは幼い頃から実家でよく食べていた。
父の代になった時、村で食堂をやっている父の友人が遊びに来た。母は、このスノートラウトの一夜干しを昼食に振る舞った。
それがきっかけになっている。
Ālokā, sundaraṃ kiñci āharitvā āgatomhi!
そういうとジャーピタは、持っていた革袋の中から竹の皮で包んだものを二つ差し出した。
Kiṃ etaṃ?_
Sunoṭrauta-ekaratti-suskaṃ aṅgāra-pakkaṃ
Eho! Ativiya nandāmi
ジャーピタは自分で料理していつも食べているので、もらっても嬉しくないのだが、アーロカや村人は、年に何度もお目にかかる料理ではないので、それはそれは大喜びする。
この祭礼の期間も、その伝統食堂は店を開けているので、村人はもちろんだが、地方やプシュカラヴァティの街なかから来た人たちは、先を争うようにして、店に集まってくる。
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ジャーピタが運んでくれたアーロカの荷物は、店開きする場所に降ろされ、陳列棚やテーブルといった什器をまずは設置してから、この祭礼用に取っておいた大小様々なデザインのガンダーラ・ニーラを並べ始めた。
すると⋯
Bhoti, imani bhājanani sabbāni kiṇituṃ icchāmi.Kīvatā me dātuṃ sakkā bhavi|ssati?
そうカンボージャ訛が交じる言葉で近づいてきた男は、頭にターバンを巻き、長い口ひげは白く、瞳の色は銀色をしていた。
明らかに西方バクトリアの商人であった。




