表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/46

第1章-39 大商談 -クル国ハスティナプル-




クル国、首都ハスティナプルにキャラバンは到着した。

Cittamāsa(二~三月)、上弦の月がハスティナプルの街を照らし、白い街並みを幻想的な風景に変えている。


キャラバンの随行者、隊員たちは街なかの旅籠(やど)に分宿し、牛飼い達は街の外れで天幕を張り野営をしている。


ジャティラ隊長と経理官は、クル国ギルド長老プンナカ(Puṇṇaka-Vāṇija)との商談のため、ハスティナプルの中央にあるギルド会館を訪れた。


クル国の商業ギルドとの取引は濃密で、ガンダーラ国の主要輸出入先であったため、このキャラバンの積み荷の四割ほどをここにおろす。



会館の門前にはタクシラのギルド会館よりも三倍ほどは広い前庭が広がっていた。

短い芝草に覆われていて、大通りから建物の正面入口まで続く石畳の両脇には、

大きな樫の木が広い間隔で並んでいた。




ジャティラ隊長と経理官は、馬を玄関横の馬柵に繋ぎ、経理官は入口の警備役人に(おとな)いを入れた。












Ayaṃ (こちらは)Gandhārar(ガンダーラ国)aṭṭhassa (タクシラの)Takkasilāy(ギルドから)a seṭṭ(来た)hīnaṃ saṅ(ジャティラ隊長)ghato āg(、私は経理官)ato sārath(ティルナッド)i Jatilo; ahaṃ pana gaṇako Tilunaḍḍo nāma











ジャティラとティルナッドは事務室に案内され、椅子に腰掛けると、程なくして、クル国商業ギルド長老のプンナカが満面の笑みで出てきた。















Aho Jatila(いやぁ、)-sārathi, (ジャティラ隊長)cirassaṃ taṃ (待ちわびたぞ)āgamanaṃ apekkhāmi ahosiṃ







Cirassaṃ (お久しぶりです)adassanaṃ(長老) ahosi, thera









Ehi ehi, (さぁさぁ、)idha āga(こちらに)ccha

















二人は事務室の奥にある長老の部屋に通された。



部屋の中は明るく、三つの方角にそれぞれ大きな出窓がある。窓の扉は両開きで、木製ピボット(軸回転)によって扉を固定してあるので、容易に開閉ができる構造だった。


窓の外には小川が流れていて、鴨の親子が一列になって流れの中を行き来している。岸辺には黄色い花がいっぱい咲いて、その向こうには風通しの良さそうな林も見える。
















Ehi(ささ、), idha nis(掛けなさい)īda












部屋の真ん中には円形のテーブルがあり、やや後ろに傾斜をもたせた長く幅も広い背もたれの付いた椅子が十脚ほどテーブルを囲んでいる。


ジャティラ隊長とティルナッド経理官は入口側の二席、プンナカ長老は正面の窓を背に着席した。












Sattāhena (予定よりも)kira atikka(1週間ほど)nto āgam(遅れたな)anakālo te















Āma(はい、), Asanī-na(アスニー川)dītīre ch(で6日間ほど)a divasān(足止めを)i antarā(食いました)yena ṭhitā mayaṃ









Asanī-nadī(アスニー川)ma… t(あそこは源流)attha pabb(の山脈に雨雲)atantāsu v(が溜まりやすい)atantās(からのう)u valāhakā s(それに今は、)annipātan(雨季に入る)ti; idāni ca va(まぁ、6日で渡って)ssānaṃ pav(こられたのなら)esakālo up(、幸運なほう)akaṇṭho(じゃろうて。). Sace chahe(それにしても、)va divase(この頃は、雨季)hi taritvā(の始まりが年々、) āgatā, b(早まっておる)gyavantā(そうかと思えば) tumhe. Idā(乾季にも雨が)ni pana va(雨が降ること)ssakālo pu(もあって、難儀)bbeva pa(じゃのう、)visati; ka(、まったく、)dāci gim(そうそう、、)hānepi devo vassati. Dukkaraṃ idaṃ, aho vata… yaṃ kho pana…












話が止まらなくなったプンナカ長老。

これまでにも度々、長老の長話しを経験していた経理官のティルナッドは、これ以上話が脱線しないように先手を打った。














Khama me, (・・コホン、)thera Puṇṇa(プンナカ長老、)ka, kathaṃ(お話の途中で) antarāyaṃ(申し訳あり) karomi; (ませんが、)paṭhamaṃ (まずは、積荷の)bhaṇḍassa (事務作業を)kamman(........)taṃ kātuṃ labheyyāma nu kho?









Ha! Khama(はっ!おお、) me. Cirass(これは失礼した。)aṃ Gandhā(なにせ、久しぶり)rato āgat(のガンダーラ)o sārathi,(からのキャラバン) atithi me eso;(私には賓客) tasmā kath(つい話がしたく)āya ussāh(なってしまう。)o jāto. K(申し訳ない。)hamatha m(では、)e. Idāni m(契約官を呼ぼう)agga-nāyakaṃ pakkosāpessāmi










プンナカ長老は席を立ち、自分の机の上にある呼び鈴を振った。





程なくすると入口の扉が開いて、女性が入ってきた。








Svāgataṃ(いらっしゃいませ) vo. Dīghassa (長旅、)addhuno ki(ご苦労さまでした)lamathā khantā vo








アーリヤ人特有のスッとした面立ちで黒い瞳、目元に薄い藍色の化粧を施している。


長い髪は、綺麗にまとめて渦を巻くように頭の後ろ、左耳の後ろの方には白と黄色の枝垂れるような花房に紫の花弁の蘭が飾ってある。いわゆるmālā(花飾り)を着けていた。




女性がお茶の接待をテーブルに準備し終わると、プンナカ長老が女性に指示した。









Magga-nā(契約官を)yakaṃ pakkosāhi










その女性が用意したお茶は、例の一件があったスターネシュバルでも、キャラバン隊の調理担当のモダルが作ってくれたものと似ていた。

しかし、このお茶は、なにか別のスパイスが加えられているようだった。



茶請けに出てきたのは、やはりこの地方の伝統料理なのだろう、ハスの実を中に入れて油であげたロティ、それに若いバナナを潰して薄くしたものを油で揚げたものだった。


ロティの方は非常に甘いが、バナナの方は甘みはなく、サクサクとした食感の塩気が効いた軽食のようなものだった。






お茶と茶菓子をつまみながら、ジャティラが話をした。










Ayaṃ mañ(いつ見ても、)co niccaṃ(このテーブルは) sobhati(立派ですな), thera







Evaṃ vut(そう言って)te tuṭṭho(もらえると、) homi. Mam(私も嬉しい。)a pitāmaha(私の曾祖父の)pitāmahakā(ときから使って)lato paṭ(おるから、)ṭhāya ayaṃ(もはや百年) upayutto;(にもなる) sataṃ vassāni upanīto bhavissati






kiṃ rukkha(素材の原木は)mūlaṃ eta(何でしたか?)ssa ahosi?






Sālarukkho(沙羅の樹じゃ) ayaṃ; eva(これほどの)rūpo mahā(大木はもう)rukkho id(無いじゃろう)āni dullabho









円形のテーブルは沙羅の樹の枯木を輪切りにしたものだった。直径六ダヌス、厚みも二十アングラあった。側面は樹皮の風合いを残して自然の造形美を醸す。








Thera Puṇ(プンナカ長老、)ṇaka, paṭh(最初にお願い)amaṃ eka(したいことが)ṃ yācanaṃ atthi






Kiṃ nām(何だね?)a?





Atthi ājīv(ガンダーラから)ako pabb(マガダ国へ遊行)ajito (中の)Gandhārat(アージーヴィカ行者)o Magad(がいます)haraṭṭhaṃ carati.






Ājīvako t(アージーヴィカ)i? Dullab(行者とは、)haṃ (近頃、)etaṃ etara(珍しい話じゃ)hi.







Nāmena K(名はケイ)ei; nīlav(、藍色の腰布)aṇṇaṃ niv(を纏っています。)āsanaṃ dhā(クル国を通る際)reti. So ce Ku(ご支援を)ruraṭṭhaṃ pāpuṇāti, anuggahaṃ karotha





Sādhu, ā(わかった。)ṇāpessām(すぐに知らせを出す)i khippaṃ




Anumodā(ありがとうございます)mi











Idāni pa(さて、長老)na, thera, (今回の積み荷)bahuṃ bh(は量が多い。)aṇḍaṃ ān(私の裁量で持って)ītaṃ; mama(きているものも) chandena(かなりあります) pi bahuṃ ānīta(ガンダーラ・ニーラ)ṃ. Seyyat(とか、、いかが)hidaṃ(ですか。) Gandhāra-n(ご覧になりますか?)īlaṃ. Passituṃ icchatha?








Kiṃ vad(なんと!)esi! Gand(ガンダーラニーラ)hāra-n(とな!)īlaṃ nāma?







Āma, das(よろこんで)sessāmi (見せてもらう)pītiyā








Atthi ca (珍しい宝石と)ratanaṃ(鉱石も) ca lohadhātu ca acchariyaṃ







Handa(ほほう、), taṃpi pas(それもみたいのお)seyyaṃ. Iminā(この年になると、) vayena añ(そういった異国)ñadesiyā (の品々だけが楽しみ)bhaṇḍāniyeva me nandī



西向きの窓の外から、木の香りを含んだ爽やかな風が入ってきた。

ジャティラがふと気づいたように眼を窓の外へ向けながら言った。



Lohadhāt(鉱石と言えば)uṃ nām(、そう。)a… evaṃ





Lohadh(鉱石がなにか?)ātu kiṃ?





Sattāha(七日ほど前、)ssa matt(スターネーシュヴァラ)hake Sthān(の検問所)eśvara-d(でも珍しい鉱石)vārepi ac(を見せて)chariyaṃ(頂いた) lohadhātuṃ addasaṃ





Evaṃ(ほう?)








それまで、満面の笑みだったプンナカ長老の眼が、鋭い猛禽類のような眼差しに変わった。


その、鋭くなった眼を、ジャティラはにこやかに押し返すようにじっと見つめる。







-ガチャッ-




Okāsaṃ k(失礼します)arotha







そこへ、ひげの濃い長身の契約官が入ってきた。


経理官のティルナッドがジャティラとプンナカ長老に声をかけた。



Idāni(それでは) kammanta(事務処理に)ṃ ārabhām(入ります)a



Evaṃ(うむ、), sesaṃ tu(あとは頼む)mhe karotha


Handa, th(それでは長老)era, gacchāma(参りますか?)




Āma, (うむ、)dassetha(見せてもらおう)









ジャティラは、長老の部屋を出て入口の馬柵に繋いであった馬に乗った。


しばらくすると、プンナカ長老が見事な黒毛の馬に乗って、建物の裏手から出てきた。















-----------------

その頃、ワジラの旅芸人一座は予定していたハスティナープラを経由せず、インダパッタに直接入った。





Vajirā(ワジラ), udakaṃ āha(水汲んでおいで)ra.”



“Āma, jā(うん、わかった)nāmi.”




飯炊き女マリカを手伝って、ワジラは川に水汲みに行った。





ヤムナー川は、西に傾いた陽の光を照り返し、川面いっぱいに銀の帯をキラキラとゆらしていた。


ワジラはサンダルを脱ぎ捨てて裸足になると、なだらかな土手を下りた。

腰巻きの腰のところをクルクルと両手でまくりあげ、膝上丈ほどにしてからゆっくり岸辺から流れの中に入っていった。

湿った砂が足裏に心地良くまとわりつき、三歩進むとひやりとした川の水が白いふくらはぎを撫でていく。


彼女は腰をかがめ、水くみ用の革袋の一つを静かに差し入れる。





-コポッ コボボボボボ-




水面が割れると、革袋が吸い込む水の音が小気味良く返ってきた。

向こう岸で、カササギか千鳥の鳴き声が聞こえ、風が吹くたびに水際の葦が揺れて擦れる音がしていた。


遠くのほうから街道の荷車の軋みが聞こえてくる。岸では気づかなかった川の匂いがワジラを包み、革袋が満ちてゆく重さを右手で感じていた。


革袋に、ドローナほどの水が満たされると、ワジラはそれを川の流れから引き上げ、取手の縄を左肩にかけた。




“Alaṃ, niṭ(はい、おしまい。)ṭhitaṃ. S(よくできました)ādhu kata(ワジラさん)ṃ te, Vajirā.”




川から上がると、腰布を右手で整え、ワジラは歩き出した。

一歩歩くたびに袋の底から滴がしたたり落ちては、キラッ、キラッと光っている。


ワジラの背後では、向こう岸にいた鳥がこちらの岸に移ってきたらしく、先程よりも賑やかに鳴いていて、まるでワジラの後ろ髪を引くようだった。





二十ダヌスばかり歩いたところで、



Uhu, garu(うう~重い。)kaṃ. Aya(いつものこと)ṃ pana(だけど) niccakammaṃ.”


Ayyo, dukk(痛っつ~!)hā vata!(足の裏に、) Pādatal(小石、)asmiṃ k(刺さるわぁ)huddak(~って)apāsāṇo v(サンダル! )ijjhati…( サンダル) aho, Upāh(履いてない)anā! Upāha(じゃ~ん!)nā na dhāritā mayā!”



“Are,bālā (あたしバカ?)ahaṃ, atib(おバカちゃん)ālāyeva.(よねぇ~)




BGM:

"More Than a Feeling"

挿絵(By みてみん)




ワジラはクルッと回れ右した。


すると、首にぶら下がっているクマのペンダントが大きく左右に揺れ、まるでワジラを見て笑いころげているようだった。





Alaṃ, ni(ほっときな!)ṭṭhitaṃ.(笑ってん) Sādhu kata(じゃないよ。)ṃ te.”




と、一人芝居のような独り言を言いながら、さっき水をくんだ川岸に戻っていった。



揺れていたくまのペンダント。

木彫りのくまが抱えた翡翠の玉が、いつになく深い緑色に変わって鈍い光を放っていた。


ワジラは、その事には気づいていなかった。











【脚注】

◯インダパッタ(indapatta)

現在のインド・ニューデリー付近



◯ Yamunā(ヤムナー)

古代インドの大河の一つ。

ヒマラヤから、現在のデリーをかすめて東に向かうヤムナー川。


◯ドローナ(droṇa)

約12–16 L

国・地域によって差がある。



◯装飾品に関する在家の戒

在家の五戒、八戒があり、瞑想寺院などでリトリートに参加する際、八戒に含まれているこの戒を義務付けられる。

従って、スマホ、パソコンはNG。



”私は、ダンス、歌、音楽、娯楽を見ること、

 花輪を着用すること、香水を使用すること、

 装身具、化粧で体を美しくすることを控える

 という戒めを守ります。”



挿絵(By みてみん)

(mālā(花輪・花飾り)イメージ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ