第1章-38 蛇使いの森 #3 -マドラ国 ナガ・スーリヤ-
(前回からの続き)
カップラヴァーサで会った蛇使い父娘の招きで一族の住む森へ、
布施食の準備が整った。
サレーユに促されて、慧は長いテーブルのある場所まで帰ってきた。
すると、五ダヌスもある長いテーブルの上には、白く光るサーリ米の山がいくつもあり、色とりどりの果実がてんこ盛りになったフルーツバスケットも同じくらい並んでいる。
さらに、おかずの皿や鉢には、野菜の煮物、揚げ物、大きな肉の塊を炭火でじっくりローストしたであろう、美しき光沢を持ったローストシープがゴロンゴロンと四箇所に置かれていた。さらに汁物の大鍋がテーブルの両端にドーンと置いてある。
席に着く前から、香ばしい肉の香りが漂っていた。
(すっっっっっっっげぇーーー)
(汝よ、同じことを繰り返させるな。沈黙)
サレーユは、母親のサーミラと並んで、テーブルの向こうの地面に礼拝用の敷物を敷いて、横座りしていて、その後ろには、ずらりと子供の列が横四列に座っている。
さらに、その後ろに子供の母親であろう女性たちがズラリと横一列で座っている。
その Sapera 母子を全部合わせると百五十人ほどにもなるだろうか……
(食事前にマントラ)
(はい)
ヤナカの指示で、慧は短いマントラを詠唱した。
長いテーブルには、慧だけが着席している。
その向かいの地面には母親と子供の列。
慧は、神妙に食べ始めた。
❖❖❖❖❖[心情描写]❖❖❖❖❖
※読み飛ばしてください。
もう、お会いできないかと思っていましたサーリ様。
初めてお会いする、こちらは?
ああぁ、ジャックフルーツの煮物ですか、とろとろして美味しい、よく煮込まれて……
あ、この種の部分、なにかに似てますね、あれだ、あれです。自然薯の食感。これは塩気が効いてますね。
ご飯が進みます、塩っ気が実によろしい。
こちらは、揚げ物関係ですか。
なるほど、いわゆる天ぷらの源流的な食べ物ですね、これはっと、芋の類ですねホクホクして。
あ、大きな川海老が丸ごと天ぷらに?
カリカリして、しかも中身ずっしりで。
おっと、ラスボス登場。
この鈍く光るテリと光沢、見てくださいよこの風格。
心にズシーンときた。
なんですって?
ああぁ、炭火で?
一昼夜!
皆さんで、交代で休まず焼いていた?
すごい!
炭火焼きローストシープ?
聞いたことないです、ニッポンにはない。
では、このアブラの焦げたところを少々、味見ってことで。
!!!!!
これは……
食べたことがある人にしかわからない。
❖❖❖❖❖[ここまで]❖❖❖❖❖
慧は、デザートに出てきた冷たくて不思議なスイーツとフルーツを目一杯食べたところで、
(バンテ、マントラ唱えますか?)
(待て、特別なマントラを唱える)
(え?いつものじゃなく?)
(一族と森の呪縛を解く)
(ふーん、でもいつもと同じように言われたとおりに口に出せばよいのでしょう?)
(然り。ただ)
(ただ?)
(……)
ヤナカは、何も言わずにマントラを唱え始めた。
BGM
“Rabba Ho | Saieen Zahoor”
“Sukhaṃ vo hotu, dāyakā;
khemaṃ vo hotu sabbadā.
Ārogyaṃ bala-sampattiṃ,
dīghaṃ āyuṃ dadantu vo.
Hitāni ca anukampā,
Sabba bhūtāna muttamaṃ;
puññassa phalanubhāvena,
santi hotu nirantarā.”
”施しを与えた人々に、幸いがありますように。
常に安穏が続きますように。
健康、力、繁栄、そして長寿が与えられますように。
すべての生き物に対して、慈しみと善意が満ちますように。
絶え間ない平安が訪れますように。”
Arañña, porāṇā mātā,
lohitaṃ nāmaṃ visaṃ adāsi yā.
Tava chāyāya jāti amhākaṃ,
tava assāse sayitā mayaṃ.
Idāni nāyako patito,
vaṃsassa saddo chijjito.
Ahaṃ tapassī idaṃ vadāmi:
Mocetha dārake,
araññassa gabbhā nissaraṇāya.
Pādā tesaṃ muñcantu,
mūlāhi sappāhi porāṇasamayāhi ca.
Mā kujjha, arañña,
mā anubandha.
Na taṃ jahanti te,
bandhanam eva chindanti.
Lohitaṃ lohite gacchatu,
araññaṃ araññe tiṭṭhatu.
Jīvā maggaṃ yantu,
matā mūlesu nivattantu.
森よ、我らが母よ
血を与え、名を与え、身を授けし祖よ
我らは森より生まれ
森の息の中で眠ってきた
されど族は絶え
名を継ぐ血は断たれた
我、苦行の身より告ぐ
生まれる子らを
森の胎より解き
彼らの足を
根より、蛇より、古き誓いより離せ
森は鎮まり
追うことなく
子孫らは森を忘れず
ただ、宿命の鎖のみを解く
血は森に帰り
大地に留まる
生けし者は道を行き
死にて再び大地に還る
慧は、マントラを唱え終わった。
すると、にわかに空が暗くなり、たちまち、滝のような豪雨になった。
そして、ゴロゴロという音がしたかと思ったら、すぐに一発目の落雷が森の奥に落ちた。
-パッッシャーンン!!-
―ダッ!スウウウウウウンンンン!!!!―
-パッッシャーンン!!-
―ダッ!スウウウウウウンンンン!!!!―
-パッッシャーンン!!-
―ダッ!スウウウウウウンンンン!!!!―
凄まじい豪雨と落雷の連打、連打。やがて頭上にも落雷の音がした。
-パッッシャーンン!!-
―ダッ!スウウウウウウンンンン!!!!―
その雷光は、真昼の光よりも明るく光った。
そして、慧の眼の前にあった炭火焼きローストシープに落ちた!
一瞬、ローストシープの塊が太陽のようにパッと輝いた。
(あっ、美しい!)
と思ったのもつかの間、
次の瞬間、
―ブババァアァーン―
爆発したように炭火焼きローストシープの肉の塊が、ミンチになって四方に飛び散り、慧は上半身が全て羊の特製ミンチまみれになった。
キーーンキーーーン
耳が聞こえない。
何も……
見えない。
慧は、ヤナカに問いただした。
(知ってましたよね?これ)
(無論)
(……なな、なんで、先に言わねぇんですか?)
(汝よ、先に示せば唱えたか?)
(なわけないでしょ!)
(故)
(あのですねぇぇぇ……)
サーミラとサレーユが、水の入った桶を持ってきたので、それで身体を洗い清めた。
さっぱりした身体になった頃には、空はきれいに晴れていて、さっきの雷雨がまるでウソのようだった。
森の奥では相変わらず鳥たちの声が響いて、木々の葉がサラサラと音を立て、森の臭いが一層強くなった。
特別なマントラを唱えたのに、何も変わらない様子だった。
(バンテ、これって効き目あったんすか?)
(さて……如何なるものか……)
(ええー!そんなぁー)
(森が如何に図らうかではなく、そこにいる子どもたちがどのように望むか……
すなわち希望)
慧は、サレーユに見送ってもらい、その森を出て北方大街道に続く道に戻ってきた。
”Ajja, appamādena gacchāhi.”
”Āma. Anumodāmi.”
サレーユは、慧が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。




