【G・W企画 笑って泣いて7日連続投稿】 第1章 検問所 -クル国スターネーシュヴァラ-
クル国スターネーシュヴァラ。
ジャティラ隊長が率いるキャラバン隊商はクル国に入った。
この時代、国境には明確な線はなかった。
未開原野や河川、森林地帯、部族間の境界がそのまま緩衝地帯となり、どこから先がどの国の領土かは、隣接する国と国の認識で決まっていた。
北方大街道を進むと、前方に立て看板が現れ、道の両脇は柵で絞られていた。
クル国の第一検問所である。
―カカカ・カラカラララアァ~―
検問所の手前には、しっかりした造りの茶店や食堂が数軒あり、その周囲には大道商人が路端に店を広げ、それが点々と並んでいた。
それらの露店を一か所に集めれば、小さな市場になるほどの数である。
キャラバンはここで最初の簡易検査を受け、その後、積荷の検査と関税手続きに入る。
積載目録、帳簿、現物の照合などの事務処理があり、通過には早くて半日、普通で一日。場合によっては三、四日止められることもあった。
―ンモゥーウ~―
―ブルルルゥ―
そのため、隊長、経理官、外交官を除く隊員と使役家畜は、検問所の手前で待機するのが常だった。
沿道脇には広い林草地帯があり、牛やラクダたちはのんびり草を食んでいる。
太陽が中天へ昇る少し前に着いたため、使役人夫たちはすぐに天幕の設営にかかった。
宿駅の宿に泊まるのでなければ、旅はほとんど野営である。設営は日課そのもので、数人が取りかかれば、天幕はあっという間に立ち上がった。
Ehi, tato boiyyo ākaḍḍha.
Sādhu, evaṃ.
調理担当はすでに火を起こし、乾飯を鍋に入れ、道の傍らに落ちている石を拾ってきて伝統的な石かまどを作り、鍋を火にかけた。
Thokaṃ sākaṃ āharāmi.
露天では、朝市の売れ残りの野菜や豆、根菜、果物がまだ残っており、調理担当はそれらを手早く買ってきた。
他の隊員たちは、露天商や大道商人の並べた品物を眺めて歩き、気に入ったものがあれば買っていた。
Amutra sundaraṃ pānāgāraṃ atthi.
ナガはその茶店の前に出してある長椅子に座り、シーラダッサと話している。
胸元では、ワジラからもらった直径四アングラほどで、真ん中に二アングラ弱の穴が開いた牛車の車輪を思わせる翡翠のペンダントが、話しに合わせて小さく揺れていた。
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“Bahuṃ bhaṇḍaṃ dissati; iminā pamāṇena appampi gaṇhanto tīṇi divasāni bhavissanti.”
検問所のSulkagāhaka (税・通行料の徴収官)の署長は、開口一番にそう言った。
ジャティラ隊長と経理官、そして外交官が通されたのは、事務所の奥にある署長室だった。
署長席の後ろの窓際には、カンボージャ・アズレが窓から入る午後の日差しを受けて怪しく青い光を放ち、紫水晶のカペーラ、ピカピカと光る結晶の大きな黄鉄鉱など、珍しい鉱石がいくつも並んでいる。
どれも二ハスタはありそうな大きさで、その脇には女の背丈ほどもある西国バクトリア製の花瓶まで飾られていた。
さらに、足元のカーペットも西国バクトリア製。
どれも検問所らしくない驕奢な調度は、まるで小領主の私邸のようだった。
ジャティラ隊長は目をつぶったままでいる。
経理官がŚreṇilakṣaṇaが押された目録、貸借帳簿、補足の書類を出した。
徴税官の署長は、さっと目を通すと、
“Imā bhaṇḍā Gandhārato āgatāni, no?”
経理官;
“Āma.”
署長;
“Gandhāraraṭṭhe śreṇi-lakhaṇaṃ Kururaṭṭhe na pāmāṇikaṃ.”
署長;
“Idāni ahaṃ karaṇīyo kara-ādāyako; mama nītiyā evaṃ hoti.”
経理官;
“Evaṃ kira, Sulkagāhaka.”
徴税官は、あとの書類には目を通さずに外に並んでいる積荷の抜き取り検査をするように、下級役人たちへ指示を出した。
経理官が表に出ると、すぐに抜き取り検査が始まった。
宝石類の袋の周りには、下級役人が三人ほど集まって中を覗いていた。
二人が袋の縁を広げて、一人が中から石を選りながら計量皿へ移していた。
検査後、宝石の一部は袋に戻したが、計量用の天秤の皿に残った石は、三人がそれぞれ自分の懐にしまい込んだ。
それを確認した経理官は、再び検問所の事務所の中に入ってきた。
ジャティラ隊長の横に座り、テーブルの上に置いたままになっている貸借帳簿を左手に持ち、右手でペンを握り、
-タッ・タッ・タッ-
そのペンで三回、帳簿の表紙を叩いた。
ジャティラはおもむろに目を開けると、外交官に視線を流した。
外交官が口を開く。
“Bho kara-ādāyakapāmokkha, anubandhapattaṃ passituṃ icchatha?”
署長;
“Na attho; mayā paṭhamaṃyeva parikkhā āraddhā.”
外交官;
“Evaṃ kira…”
外交官は立ち上がって壁際に歩み寄り、紫水晶の置物に手をかけて言った。
“Tena hi, tasmiṃ anubandhapatte mayhaṃ pitāmahassa lekhā atthi.”
署長;
“Kassa nu lekhā?”
外交官;
“Sā mama pitāmahena Kurūnaṃ sabhāya khattiyānaṃ uddissa lekhā.”
署長;
“Kiṃ vadesi?!”
外交官;
“Mama pitāmaho pubbe Kurusabhāya eko ahosi.”
署長;
“… !!”
さーっと血の気が引いて、見る間に真っ青な顔になった。
スクっと立ち上がり、外へ飛び出して叫んだ。
“He tumhe! Sabbāni bhaṇḍāni puna saka-koṭṭhāsesu pakkhipatha—khippaṃ!”
表で検分作業をしながら、積荷を掠め取っていた下級役人は、呆気にとられた顔で徴税官をみた。
しかし、その顔が真っ青な鬼のような形相だったことに驚き、慌ててポケットの中身を全部元の場所に戻した。
経理官はその間に、積荷の目録と貸借帳簿から計算した個々の品目総量を、それぞれ関税の税率に合わせて計算し、それを一覧表にまとめていた。
徴税官が、下級役人が積荷を持っていないかどうか入念にチェックしたうえで、それらの役人を解散させてから事務所に戻ってきた。
署長;
“Na, na—accayo me, khatha; kalaho kato.”
“Evaṃ kira khattiyānaṃ sambandho…”
“Accayo me; imaṃ atthaṃ raho kātuṃ anuggahatha.”
"Tena hi, sesaṃ kiccaṃ gaṇakena saddhiṃ pavattetha. "
ジャティラ隊長は、そう言い残して検問所の事務室から出ていった。
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経理官の作成した《積荷一覧・関税表》に基づき、税金を決済する。
基本的な決済方法は、マーシャカ銀貨やカハーパナ硬貨による現金決済だが、条件によっては為替やギルドの預託金証書でも支払いが可能だった。
経理官は、税金の半分を現金決済、残りをギルドの預託金証書を発行して決済を終了した。
そのあと、積み荷の検分はなく、結局、事務手続きだけで終わった。
事務処理が終了して、秘書だろうか女性職員がお茶と菓子を持ってきたところで、二人は立ち上がった。
外交官は言った。
“Imaṃ pavattiṃ pitāmahassa na kathessāmi.”
“Ahaṃ pana kevalaṃ bhaṇḍānaṃ gaṇanāya niyutto.”
経理官は、そういってから、外交官の方を向いて軽くうなづくと二人は検問所を出た。
検問所の手前で、夜を明かしたキャラバン隊商は、夜明けまでまだかなり時間がある未明に、ハスティナープルを目指し、南東へ向かって出発した。
キャラバンが出発してから暫くして、スターネーシュヴァラの検問所から半ヨジャナほどクル国側へ入った森の中から、腕に革製の剣除けをはめ、頭巾で顔を覆った二人の男が馬に乗って出てきた。
その男たちの腰にはウーツの曲刀が下げられ、柄のところには数本の線のような印が入っていた。
男たちは、互いの眼を一瞬流し見ると同時に馬に鞭をくれて、真東へ走り出した。
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それから間もなくして、クル国スターネーシュヴァラの徴税官と署長が総入れ替えとなり、元貴族院議員の名士が署長に着任した。
前任の署長は、クル国の最北端にあるヒマラヤ山脈中腹の村で北方警備隊の副所長として赴任(左遷)されたという話しをコーサラ国でジャティラは耳にした。
BGM:
”Linda Ronstadt - How Do I Make You (Official Music Video)”
※スキッとしたい方のみ、どうぞ。
【脚注】
◯クル国スターネーシュヴァラ・Sthāneśvara。
現在のインド、ハリャーナ州タネーサル・Thanesar
◯ハスタhasta
約24 aṅgula(45–48 cm)
◯当時の税率(参考)
一般製品 10%
高級品・宝石・香料 16%
穀物などの必需品 5%-10%
※1/6・1/10・1/20 の比率は仏典、アルタシャーストラにも共通して描写される。
国、地域、王の変遷によっても税率は変動していたと見られる。
また通行税(街道・渡河)も徴収されたが、これは関税に比較すると微々たるものだった。
◯クル族貴族評議会のクシャトリヤ貴族(sabhā / parisā)
これは、今風に創作したフィクションではなく、
実在したクル国の貴族評議会とその筆頭クシャトリヤ家。
この時代のクル国は王制ではなく貴族共和制であり、王権政治は形骸化していたと比定されている。




