【G・W企画 笑って泣いて7日連続投稿】 第1章 流浪の民(後編) -マドラ国ローヒヤーナ・プラ-
結局、オババは次の街 Lohiyāna-pura までついて来ていた。
慧は、毎日のように布施食を分け与えていた。
ヤナカからは(そんなことはしなくて良い)と叱られているが、慧の性格上、見て見ぬふりは、やはりできなかった。
この街の中心を通りかかると、大きな旅籠が何軒も店を構えていた。
その軒先を歩いていると、どの店からも飯の炊きあがる匂いがしてくる。
その中の一軒から、主と見える恰幅の良い中年男が出てきて、慧を手招いた。
男に招き入れら、中の土間へ通されると、大きなテーブルには、豪勢な料理が並べられていた。
もちろん、フルーツ盛りだくさんで。
食事を終え、祝福のマントラ。
“Sukhaṃ vo hotu, dāyakā;
khemaṃ vo hotu sabbadā.
Ārogyaṃ bala-sampattiṃ,
dīghaṃ āyuṃ dadantu vo.
Hitāni ca anukampā,
sabbabhūtānamuttamaṃ;
puññassa phalanubhāvena,
santi hotu nirantarā.”
施しを与えた人々に、幸いがありますように。
常に安穏が続きますように。
健康、力、繁栄、そして長寿が与えられますように。
すべての生き物に対して、慈しみと善意が満ちますように。
絶え間ない平安が訪れますように。
詠唱を終え、慧は静かにその場をあとにした。
“アーロカの祈り”
それは、マドラ国首都シャーカラに入ったジャティラによって、すでに届けられていた。
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その店を出て、道を進み街を出てしばらくたった。
が、オババがついてこない。
慧は、少し気になって、戻ってみた。
街の喧騒が遠のき、妙な静けさがたちこめたような雑木林が続く道を戻っていくと、小さな川を渡る手前にあった祠の影でうずくまっているオババを見つけた。
Ayyā amma!
角のかけた苔むした匂いが立つその祠の影にうずくまっているオババを抱き起こすと、にこっと笑って言った。
Vaṅkitaṃ tvaṃ, he.
Kiṃ idaṃ re,
mā maṃ bhāyāpesi!
オババはその場に座り直して言った。
Nisīda thokaṃ.
Dakkhiṇa-hatthaṃ me dassa.
慧の右手をじっくり見るオババ、、
Huṃ… tvaṃ pana,
sakaṭṭhānaṃ puna gacchissasi.Mā cintesi.
[BGM]
“Toy Soldiers Martika”
そこまで言って、目をつぶった。
横に倒れそうになったオババを慧が抱き起こす。
Kacci kho amma, khemaṃ si?
Tiṭṭhatu taṃ.
Tato paraṃ, idha yaṃ tvaṃ sikkhitaṃ…
… tañ ca, Kuru-raṭṭhaṃ pavisitvāyaṃ sutabbaṃ,,mā pamajjasi.
Kadāci atthāya bhavissati.
Handa dāni…
Petalokaṃ netuṃ idaṃ atibhāriyaṃ,,,,
Tuyhaṃ dadāmi.
Hatthaṃ pasārehi.
オババは、慧の手のひらにきれいな藍色の透明な宝石を置いた。
(これ、サファイヤだろ。素人の俺でもわかる、すごいデカいな)
冷たくずしりと重みのあるその青い石は、内側から光を放つようにして、濡れたような青い色を妖艶に輝かせていた。
Aparañ ca kiñci atthi,
suta-kathaṃ te kathessāmi.
オババは、ぽつりぽつり話し始めた。
Ahaṃ kira jātiyā yevabalavatī indriyañ ca laddhā,
thāmasikā ca ahosiṃ.
Atha ekaṃ purisaṃ piyāyitvā,so ca dāra-dārako ahosi. Tassa bhariyañ ca putte ca jahāpetvā,
aññaṃ raṭṭhaṃ gantvā vasimhā.
Tattha satta putte labhimhā.
Ahaṃ mantikā bhūta-passikā ahosiṃ,
so pana giri-kammaṃ karoti.
Evaṃ jīvikaṃ kappayimhā.
Atha ekasmiṃ saṃvacchare,rogo pavattitvā,cattāro puttā kālaṅkatā.
Apare saṃvacchare,
bhattā me giriyaṃ āpadāya mato.
Tato paṭṭhāya,
kiñci kālaṃ sundaraṃ ahosi…
kiñci kālaṃ yeva.
Atha kho pana…
Jyeṭṭhā dhītā me vivāhaṃ gacchissati ti niṭṭhānaṃ akāsi.
Tassā pure-divase,
pacchimaṃ bhojanaṃ dātuṃ icchantī,nagaraṃ bhaṇḍaṃ gahetuṃ gatā ’mhi.
Nivattitvā āgacchantī,gharaṃ aggi-parikkhittaṃ addasaṃ.
Avasesā pi puttā sabbe kālaṅkatā.
Hihi…
pacchime avasiṭṭhā ahaṃ yeva ahosiṃ.
Bhayānakaṃ,
kammaṃ nāma.
Ahaṃ pana,
taṃ purisaṃ gaṇhituṃ pure yeva,
evaṃ bhavissati ti jānāmiṃ.
慧は、何も言えずに聞いていた。
Tvaṃ… appamattā hohi.
Lobho ca alobho ca,
paṭiviruddhā viya dissanti…
atha kho,
gati ekā yeva hoti.
Atha pana…
Amma! Daḷhaṃ tiṭṭha!
Suṇāhi…
issāya vā kujjhitvā vā,
sīsaṃ uṇhaṃ hoti, na?
Taṃ pana,
na jvarena hoti.
Attano āyatiyā jīvita-mūlaṃ,sabbaṃ ḍayhāpeti.
Tasmā…
sace kodhaṃ vā issaṃ vā uppādesi,
evaṃ attānaṃ vadeyyāsi…
‘Petaloke pi ḍayhitukāmo ’sī?’ ti.
オババは、そう言うとまた目を閉じてガクッと首を垂れた。
He amma!
慧が揺すっても、オババは目を開けなかった。
初めてあった時の窪んだ頬は、こころなしかふっくらしていて、赤みを帯びていた。
その顔の赤みとは裏腹に、傍らにおいた青い石の色がさっきよりも濃い藍色に変わっていた。
その深い藍が、慧の心の中に何かを囁きかけたような気がした。
慧は、オババを仰向けに寝かせると、両手を胸の上で組んでやった。
その寝顔のような表情には、幼い娘のようなあどけなさが浮かんでいた。
(人がこんなにあっけなく死んでしまうこと、俺はいままで知らなかった......)
慧は心のなかで呟くように言った。
そして、それは他人事ではないことも、このときに思い知らされたような気持ちになった。
もう一度、左手の中にある青い石に目をやると、さっき見たときよりも深い青に変わり、やつれたような輝きが残っているだけだった。
◯Lohiyāna-pura
現在のルディアーナ周辺
マドラ国の詳細な街に関する資料が薄いため、これはパーリ語でその地方名と王城を表現。
由来想定:Lohita / Lohi(赤・赤き川)
※ サトレジ(Sutlej)流域の赤土・河川連想
◯サファイア/ルビー(Corundum 類)
• saṃskṛta:
◦ 青:nīla-maṇi
◦ 赤:padmarāga
• Pāli:nīlamaṇi, padumarāga
• 産地:スリランカ
• 備考:王家献上品としてアラタシャーストラに記載。




