第1章 川魚の岩塩焼きと大テナガエビの鬼殻焼き、切りっぱなしの竹筒で炊く竹筒飯 -ガンダーラ国アスニー川付近の村-
("足止め"の続き)
ガンダーラ国アスニー川の渡し場、増水による”足止め”となったキャラバン、
宿に泊まっていたモッガラーナ副隊長、占い師の住む小屋を訪ねた。
ガンダーラ国アスニー川付近の村の外れ。
鳶が、晴れ渡った青い空に輪を描いて飛んでいる。
その鋭い目が見下ろすと、河岸から百ダヌスほど離れた草地の端に、ぽつんと一軒のこじんまりとした家が建っている。
その家の東側には太い欅が二本、四方に張り出した見事な枝ぶりが、屋根の上に覆いかぶさるようにして強い日差しを遮っていた。
ーツィーツツゥィー
モッガラーナ副隊長が、その家に続く小道を歩いてきた。
鬱蒼とした枝の奥から、ツグミかムクドリの鳴き声が聞こえてくる。
古びた瓦葺きの屋根の縁あたりには、
長い年月にわたり積もった欅の落ち葉が腐葉土となり、厚く堆積している。
そのふっくらした土の上には白や青の小さな花がいくつも咲き、その家の煤けた土壁と黒塗りの扉の醸す雰囲気とは対照的だった。
モッガラーナは、黒塗りの扉の前に立って、コツコツと扉を叩いてから訪いを入れた。
Khamāhi, koci atthi nu kho?
家の前には、扉の右手に大きな瓶が置かれ、左手には女神を思わせる石像が据えられている。
扉を中心に二ダヌスほどの半円を描くように黒い砂地が広がり、その先には草地が続いていた。
青草の中には黄色い花が一抱えほどの群れになって咲き、ほのかな香りがあたりに漂っている。
黒い砂地はしっかりと踏み固められており、人の出入りが多いことを示していた。
程なくして、入口の扉があいた。
扉の向こうで、頭上に三段に髪を束ねた年配の女が、鋭く光る眼をこちらに向けて言った。
Kuto āgato si?
Gandhārāyaṃ Takkasilāto āgato ’mhi.
Ehi, abbhantaraṃ pavisa.
部屋の中には、柑橘系の香りが漂っていた。
モッガラーナは、薄暗い家の中へ入ると、部屋の右手にある机のほうへ導かれた。
背もたれのある椅子に座ると、年配の占い師と向き合う格好になった。
女の首には、喉元にぴたりと沿う短い首飾りがあった。象牙の楕円飾りには見慣れぬ文字が刻まれ、その左右を黒い縞瑪瑙が固めるように支えていた。
モッガラーナは、その首飾りに見たことのない意匠が凝らされていることに気づいた。
Herī nāma ’mhi.
Kiṃ pucchituṃ icchasi?
Huṃ. Moggalāno nāma ’mhi.
Nakkhattānaṃ gatiyā jānituṃ sakkhissasī ti sutaṃ.
Kacci vaṭṭati?
Āma, vaṭṭati.
Ito paraṃ Sūrasena-raṭṭhe Sākalaṃ gamissāmi.
Pacchā Madurā-nagaraṃ atikkamitvā,Vatsa-raṭṭhaṃ gantvā,Kosala-raṭṭhaṃ pāpuṇissāmi.
Āma.
Antarā ca,
Campāra-raṭṭhe coragaṇānaṃ gatiṃ jānituṃ icchāmi.
Sādhu, jānāmi.
Muhuttaṃ āgametha.
占い師は奥の部屋へ行き、何枚かの薄い板と水鉢を持って出てきた。
それらをテーブルの上に置いた。
そして、水鉢の中に何かの樹の実を5つほど投げ入れてから、薄い板切れの中の1枚を取り出すと、自分の正面に置き、真剣な表情でその板に書いてある文字を読んでいる。
時々、顔を上げて水鉢の水面に浮かんだ樹の実を気にしている様子だった。
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一方、護衛隊のなかに参入している傭兵部隊は村外れの草地に天幕を張って宿営していた。
朝は夜明け前に起きて訓練を行い、夕暮れから夜には、夜間訓練を毎日続けている。
彼らは金で雇われた傭兵だった。
Ha!
Khi!
-ズン-
The!
-ドドーン-
Hoha!
彼らは村兵とは違った。
曲刀の扱い、槍の返し、足の運びにも、まったく躊躇なく体が動く。
金で雇われる者たちだが、その身のこなしは王の近衛よりなお秀でるように見えた。
その本領を発揮するのは、まだもう少し先の話ではあるが...
―ジュ ジュ ジュジュゥー―
―パチン! パチパチチッチチッ―
河原一面に焚き火の匂いと、炊事のときの米や魚介が焼ける香りが漂っている。
日が傾き、ヒマラヤから夕方の涼しい風が吹く時間になると、牛飼い達はアスニー川に行き、小魚や川海老を獲って来る。
そして、河原の竹林から竹節のところを1ハスタに切って、十本ほど用意する。
麦や稗、あるいは近所の農家から安く買ってきたくず米などの穀類を川で洗い、竹筒の中に入れて水を加える。
焚き火を焚いて、獲ってきた魚や、大きなテナガエビを串焼きにして、その竹筒を焚き火の周りに立てておけば、日が暮れる頃には飯の準備が整った。
Ehi, imaṃ macchaṃ passa re!
Ati pītaṃ, mahā rasaṃ hoti!
今回初めてキャラバン隊の一員になった若い連中が賑やかに炊事を手伝っていた。
Ayaṃ pana kuṭṭa-maccho pi sundaro viya dissati —
gandhaṃ pi muñcati re!
竹筒の飯が炊け、魚が焼ける頃には、一旦休憩に入った護衛の傭兵たちも来て、一緒に飯を食った。
竹筒の中の米と雑穀は、ふっくら炊けていた。
内側からにじんだ竹油がほのかに香りを増し、舌触りの粗い雑穀米にまろやかさを与えている。
BGM:
"Dire Straits - Sultans Of Swing "
夕食の準備が整った。
焚き火の遠火で焼いた川魚の岩塩焼き。
大ぶりテナガエビの鬼殻焼き。
そして、この竹筒で炊いた竹筒雑穀飯。
竹の根本にあった竹皮を取ってきて、それを皿の代わりにした。
右手の人差し指、中指、薬指、そして親指の先で食べた。
飯は、いま竹筒から出したばかりで、指で掴むにしても熱くてままならない。
どうやって食えばよいかと思い、周りを見てみると、ベテラン牛飼い連中は川魚の岩塩焼きを上手に開き、ひと口大にちぎってその身に雑穀飯を挟み込むようにして口に放り込む。
Evaṃ kira! Idaṃ kathaṃ dubbaṃ bhav eyya
河川の増水で渡渉ができずに”足止め”を余儀なくされることは、ある意味ではキャラバンの良い休息の日々となる。
また、普段は乾燥した麦粥に水を加えるだけの携帯食、そして干したナツメヤシや乾物で飢えを凌ぐ、禁欲的で生活の色彩を欠いた日々から解放される短い時間でもあった。
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再び、占い師の家。
水鉢の実は、いつの間にかひとつだけ右側の縁へ寄って、残りは水鉢の中央から左へ散っていた。
無言のまま占いを続けていたヘリーが顔を上げ、モッガラーナの眼を刺すように見つめて口を開いた。
Tvaṃ…
dve kalyāṇā vattā atthi,
dve ca pāpakāvattā atthi.
Katamaṃ sotukāmo si?




