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不老不死にはわからない  作者: ある
悪しき彼女の景色

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66/74

ために

 少女の瞳が、先ほどまでとはまるで違っていた。眠たげだった目は、今はまっすぐ存在を見つめている。遊びではない、興味本位でもない、本当に知りたいのだ。

 どうすれば、もっと泡と一緒にいられるのか。その真剣さに、存在はほんの少しだけ目を細めた。幼い、未熟。それでも、自分の感覚を、自分の言葉で語ろうとした。


 その姿勢には、確かな敬意を払う価値があった。存在は静かに口を開く。


「……あなたの感覚は、間違っていないわ」


 少女が瞬きをする。


「魔法は、生きているように感じることがある。応えてくれることも、寄り添ってくれることも」


 周囲の子供たちが静かになる。


「その感覚を、私は否定しない」


 存在は、空中を漂う泡へ視線を向けた。


「私たちは“扱う側”に立っている。魔力や象徴――シンボルを介して、目に見えないものを現実へ引き込む」


 泡がふわりと揺れる。


「あなたたちは、それを無意識にやっているの」


 存在の声は静かだった。けれど、不思議とよく響く。


「こうありたい。こうなってほしい。そういう意思が、現実を立ち上げる」


 子供たちが真剣な顔で聞いている。


「それを、あなたたちは“魔法”と呼んでいる」


 少女は泡を見つめた。自分の感情に寄り添う、小さな存在。


「でも」


 その言葉で、空気が少し変わった。


「それだけでは、結局――ただの鏡映しの操作にすぎない」


「……かがみ?」


 少女が小さく呟く。


「自分の想像を模しているだけ、ということよ」


 存在は周囲を見渡した。


「怖いから、安心したい。寂しいから、寄り添ってほしい。嬉しいから、もっと近づいてほしい」


 それは自然な感情だ。


「とても、勝手」


 子供たちが少しだけ目を丸くする。


「世界は、あなたのためだけに在るわけじゃない」


 風が吹く、草が揺れる、遠くで誰かの魔法が弾ける音。


「世界は、動いている」


 存在の瞳が、空を映す。


「あらかじめ定まった在り方なんて、まやかしよ」


 その声は、どこか遠くを見ていた。


「魔法も同じ。あなたの想像だけで閉じていたら、本当の意味では“出会えない”」


 少女は困ったように眉を下げる。理解が追いつかない。けれど、聞こうとしている。


 存在は少しだけ言葉を選び直した。


「……例えば、泡」


 ふわり、と泡へ指を向ける。


「あなたは、“自分を安心させてくれるもの”として泡を見ている」


「うん」


「でも、泡はそれだけじゃない」


 存在は静かに言った。


「水と空気が混ざり合って、一瞬だけ形を保ったもの。触れれば壊れる。不安定で、流れて、消えていく」


 泡がゆらゆら揺れる。


「でも、その不安定さがあるから、光を映せる」


 少女が、少しだけ目を見開いた。


「泡自身にも、“在り方”があるの」


 存在は続ける。


「あなたの感情だけじゃなく、泡そのものを知ろうとしてみなさい」


「……知る?」


「ええ」


 存在は頷く。


「もっと声を聴くこと。もっと関係を結ぶこと」


 その声は、どこか優しかった。


「世界は、ずっと呼びかけている」


 子供たちの目が、自然と存在へ向く。


「気づいてほしいって」


 静寂。風だけが吹いていた。


 子供たちは、言葉を失っていた。それは説明というより。まるで、“魔法そのもの”が語りかけているようだったから。


 少女は、困ったように泡を見つめる。


「……うぅ」


 頭が追いついていない。けれど、何か大切なことを聞いた気がする。そんな顔だった。一方で、周囲の子供たちは。


「え、俺の火って喋るの?」


「風に聞けばいいのか?」


「水に謝ったほうがいい?」


「泡ってそんな深いの!?」


 大混乱だった。頭を抱えている者もいる。湯気みたいに頭から魔力を漏らしている者もいる。ぽかーんとしている者もいる。


「お前の魔法、喋る?」


「いや知らん!」


「でも呼びかけてるって!」


「怖ぇよ!」


 完全に、情報量が多すぎた。男は、その光景を見ながら苦笑した。


(……ああ、うん)


 これは、存在らしい。相手によって態度を変えない、遠慮もしない、理解力を加減するという発想が薄い。


 目の前の問いへ、誠実に答えようとした結果がこれだ。


(子供には、もう少し噛み砕いた方がいい)


 このままでは、“凄い話をされた”で終わってしまう。


 理解へ辿り着けない。男は、小さく息を吐いた。そして前へ出る。


「ん?」


 存在が視線を向ける。男は、子供たちの前へ立った。手をひらひら振る。


「はいはい。ちょっと整理しようか」


 子供たちの視線が集まる。男は、自分でも思った。


(……僕、何やってるんだろうな)


 相手は、存在だ。世界の見え方そのものが違う。その言葉を、自分が説明する? 無茶だ、あとで絶対に後悔する。それでも、夫として、この妻の役に立てるなら。

 男は、にっと笑った。

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