お友達
「どうすれば――もっと、魔法とお友達になれるの?」
少女の問いに、場の空気が少しだけ静まった。それは、難解だからではない。むしろ逆だった。あまりにも素朴で、あまりにも子供らしくて。
だからこそ、存在はすぐに答えられなかった。
「……お友達?」
存在は小さく首を傾げる。
「仲良くなれるか、ということ?」
「うん」
少女はこくりと頷いた。その目は眠たげなのに、不思議な熱を持っていた。
存在は、少女を見つめる。この問いの奥にあるものが、まだ掴めない。魔法を友達と呼ぶ感覚。その距離感。力でもなく、技術でもなく、学問でもなく。まるで、誰かを好きになるような口調だった。
少女は続ける。
「わたしね、お風呂で魔法を知ったの」
「……お風呂?」
「うん」
周囲の子供たちも静かになる。少女は、自分の指先を見つめながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「もっと小さい頃はね、パパとママと一緒にお風呂に入ってたの。でも、“もう一人で入れるようになりましょうね”って言われて」
少しだけ眉が下がる。
「……すごく、怖かった」
その声は小さい。けれど、存在にはよく聞こえた。
「お風呂って、小さいのに、すごく静かなの」
少女は両手を抱えるようにして言う。
「世界に、わたししかいないみたいだった」
存在の瞳が、わずかに揺れる。
「外から聞こえる音とか。お水が揺れる音とか。自分が動くたびに響く音とか」
ぽちゃん。彼女は小さく手を揺らす。
「全部、怖かったの。知らない化け物みたいで」
周囲の子供たちが静かに耳を傾けていた。
「だからね」
少女は、少しだけ笑った。
「石鹸、いっぱい流したの」
「……石鹸を?」
「うん」
こくり。
「あまい匂いがしたから。やさしい感じがしたから」
少女の指先が、空中をなぞる。
「ふわふわしてて。柔らかくて。泡がいっぱい出来て」
その瞬間。ぽん、と。少女の周囲に、小さな泡が生まれた。
「わ……」
子供たちが声を漏らす。淡い虹色の泡、ふわふわと浮かびながら、少女の周囲を漂っている。
「不思議だったの」
少女は泡を見つめる。
「さっきまで怖かった音とか、お風呂の静けさとか。全部、消えたの」
泡が、少女の頬へ寄る。まるで慰めるように。
「気づいたら、笑ってた」
すると、泡も嬉しそうに揺れる。
「それからね。わたしが笑うと、泡も出てくるようになったの」
存在は、静かに目を細めた。魔力の流れを見る。術式は曖昧、理論も粗い。
だが。泡は確かに、少女の感情と共鳴していた。
「ぷかぷか浮いてね。近づいたり、離れたりするの」
少女は少し前へ出る。
「きっと、生きてるんだよ」
その言葉に、存在は反射的に少女を見た。
「……生きている?」
「うん」
少女は当然のように頷いた。
「わたしを見てくれてるの。助けてくれたの。だから――」
泡が、少女の肩へ寄り添う。
「仲良くなりたいなって」
その声は、どこまでも純粋だった。
「もっと、一緒にいたい」
存在は、黙る。理解した。この少女にとって、魔法は概念ではない。学ぶものでも、与えられるものでも、制御する対象でもない。
“傍に在るもの”。
もっと言えば。自分の内面と、深く繋がった存在。
(……私と、少し似ている)
存在はそう感じた。だが同時に、違う。少女の魔法は、もっと感情と密接だ。寂しさ、恐怖、安心。
そういう幼い感情の延長線上に、自然と魔法が寄り添っている。あまりにも未熟、あまりにも自分本位、魔法とは、本来そんな扱いやすいものではない。
感情だけで寄り添えば、暴走もする。飲み込まれることもある。――愚かだ。
なのに。存在の口元は、わずかに緩んでいた。
「……変な子ね」
「え?」
「魔法を、“友達”と呼ぶなんて」
だがその声には、拒絶がなかった。すると。
「あー、わかる!」
別の子供が急に声を上げた。
「俺も最初、お風呂怖かった!」
「わたしも!」
「親に捨てられたかと思った!」
「わかるー!」
一気に騒がしくなる。
「俺なんか、お湯に仕返ししてやろうと思って、小便ちびった!」
「きたなっ!」
「カッコいいだろ!」
「どこが!?」
意味不明な自慢まで始まった。それでも、皆どこか、少女の話に共感していた。
「火の魔法出たとき、俺、焚き火が返事したみたいで嬉しかった」
「私は風! 風が一緒に走ってくれたの!」
「水って怒ると暴れるよね!」
「わかる!」
子供たちは、自分の“魔法の始まり”を語り始める。理論ではない、もっと曖昧で、感覚的な話。
存在は、その光景を静かに見つめていた。こんなふうに魔法を語る者たちを、知らなかった。
すると。少女が再び、存在を見上げる。
「だからね」
泡が、ふわりと浮かぶ。
「お姉さんは、魔法を使うの上手なんでしょ?」
存在は目を瞬かせる。
「……上手?」
「うん」
少女は、真っ直ぐに言った。
「どうしたら、もっと自由に泡と遊べる?」
そして。
「教えてほしいの」




