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不老不死にはわからない  作者: ある
悪しき彼女の景色

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入門棟

 男は、子供たちに囲まれている存在の様子を少し離れた場所から眺めていた。


 騒がしい、実に騒がしい。

 けれど、その光景にはどこか不思議な温かさがあった。


 ふと視線を巡らせる。集まっている子供たちの年齢は、かなりばらばらだった。


 存在の腰ほどしかない幼い子もいれば、弟と同じくらいの年頃の者もいる。

 中には、もう少し上に見える少年少女も混ざっていた。


「……思ったより、年の幅広いんだな」


 男が呟くと、隣にいた弟が頷く。


「ここ、入門棟みたいな場所だからな。最初はだいたい皆ここに来る」


 なるほど、と男は周囲を見渡した。


 魔法の制御、感覚の掴み方、遊びの延長線のような実践。

 ここはきっと、“魔法を好きになる”ための場所なのだろう。


 男は、ちらりと弟を見る。弟は、この中では明らかに年長側だった。しかも、才能がある。

 学園長の話からもわかる。潜在魔力量だけなら、かなりの持ち手なのだろう。この学園は、能力や適性によって学びの段階が変わる。

 ならば本来、弟はもっと上の環境にいてもおかしくない。


「……なぁ」


「ん?」


「お前、どうしてここにいるんだ?」


 弟が瞬きをする。


「どうしてって?」


「もっと上の学びがあるんだろ。お前なら」


 その瞬間。弟の表情が、少しだけ変わった。いつもの快活な笑みが薄れ、困ったように眉が下がる。


「……まぁ」


 視線が落ちる。そして、ふっと小さく笑った。


「俺にだって、目指したいもんがあるんだよ」


「目指したいもの?」


「うん」


 弟は地面の石を軽く蹴った。


「納得できるまでは、離れるつもりないし」


 どこか遠回しな言い方だった。それ以上は踏み込ませないような、核心を隠すような。


 男はわずかに眉を寄せる。


(……なんだ?)


 言葉の奥に、何かある。だが弟は、それ以上語ろうとはしなかった。代わりに、急に口を尖らせる。


「っていうかさ。兄貴、そういう顔するのやめろよ」


「どういう顔だ」


「全部わかろうとする顔」


「兄だからな」


「やだねぇ」


 そこで。


「ふぉっふぉっふぉ」


 穏やかな笑い声が割って入った。学園長だった。いつの間に近づいていたのか、弟の肩に優しく手を置く。


「この子の才能は、わしも理解しておるよ」


 学園長は懐かしそうに目を細めた。


「だからこそ、もっと上の階層へ行かんかと何度も誘った。中級棟でもよいし、上級棟でも構わん。年の近い、才能ある子らと共に学べるよう調整も提案した」


「……へぇ」


 男は少し驚く。やはり、それほどなのか。


 だが学園長は、そこで苦笑した。


「しかしな」


 ぽんぽん、と弟の肩を叩く。


「この子は、わし相手にも臆さぬ」


 弟が露骨に目を逸らした。


「ぜってーヤダ、とな」


「……言ったのか?」


「言った」


 悪びれない。男は思わず額を押さえた。


 だが学園長は楽しそうだった。


「学びの方向性を説いたよ。“君にはもっと適した環境がある”とな。すると、この子は言った」


 学園長は弟の口調を真似るように、少し大げさに声を変える。


『そんなの知ってる。でも、やるべきことがある。俺は変わんない』


 男は絶句した。そして次の瞬間。


「お前なぁ……!」


 ぎろり、と弟を見る。


「学園長に何て口を――」


「ダメなもんはダメなんだって!」


 弟は負けじと強く返した。


「俺はここがいいの! ここでやることあるんだよ!」


「だからって言い方が――」


「兄貴だって昔、似たような感じだったろ!」


「僕はもっと礼儀があった!」


「うわ、怪しい!」


「お前な……!」


 二人のやり取りに、周囲の子供たちがくすくす笑い始める。その空気を眺めながら、学園長は愉快そうに頷いた。


「兄弟でよく似ておる」


「似てません」


「似てるって」


「特に、“魔法への姿勢”がな」


 学園長の目が細くなる。


「力を求めておらん。優越でもない。ただ、“自分の中の何か”に従っておる」


 その視線は、男と弟を順番に見ていた。


「他とは少し違う。……面白きかな」


 学園長は、ゆっくりと前へ出る。杖を軽く掲げると、ざわついていた子供たちが自然と静かになった。


「さて」


 穏やかな声が、丘へ広がる。


「今日は、特別な客人を呼んだ」


 学園長の視線が、存在へ向く。


「魔法を知る者。魔法を観測する者。そして、おそらく――おぬしたちとはまるで違う視点で、世界を見ておる者じゃ」


 子供たちの目が、一斉に存在へ集まった。存在は少し居心地悪そうに視線を逸らす。


「今日ここへ来てもらったのは、力を見せびらかすためではない」


 学園長は続ける。


「もっと深く。“魔法とは何か”へ辿るためじゃ」


 風が吹く、草が揺れる。子供たちの瞳が、きらきらと光っていた。


「どうじゃ?」


 学園長は両手を広げた。


「何か、聞きたいことはないかな」


 その瞬間、子供たちがざわつき始める。


「聞きたい!」


「でも先どうぞ!」


「いやお前先!」


「火の魔法ってなんで熱いの!?」


「それ今じゃない!」


 皆、質問はあるのだ。けれど、誰が最初に口火を切るのか探り合っている。

 そんな中。すっ、と。一人の小さな手が上がった。あの、眠たげな少女だった。


 存在は静かに彼女を見る。


「……なに?」


 少女は、小さく息を吸う。そして、口を開こうとした。

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