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不老不死にはわからない  作者: ある
第一章 記録には残らないもの

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教会の鐘

翌朝、天気は見事に晴れ渡り、陽光は町の石畳を白く照らしていた。男と存在、そして妹の三人は連れ立って町へと出かけていた。

市街地は賑わっており、青空のもと、色とりどりの旗や花飾りが風に揺れている。その中心にある教会の前には人だかりができていた。通りを横切るたび、ふんわりと花の香りが漂ってくる。


町は、祭りのような喧騒に包まれていた。

教会前には多くの人々が集い、祝福の声が風に乗って響いている。白いドレスに身を包んだ花嫁と、誇らしげな新郎の姿。鐘が鳴り、人々の拍手が通りを彩っていた。

妹がふと立ち止まり、言った。


「わぁ!! 結婚式だぁっ!!」


妹が足を止めて喜んだ。教会の扉の前には、白いドレスを纏った花嫁と、緊張気味に立つ新郎が立っている。人々は歓声と拍手を送り、鐘の音が空へと広がっていた


「ねえ、お兄ちゃんたちって……結婚式、してないよね?」


「……まあ、してないけど。まだ早いっていうか……急だったからね」


男は目を逸らすように答える。隣で歩く存在はその光景を、まるで異国の風習を見るような顔で見つめていた。


「ふぅん? 結婚の証ってやっぱり大事じゃない? 式を挙げないと、どこか本当の夫婦って感じがしないっていうか」


妹が説明するように呟くと、存在が小さく頷いた。


「……やってみたい、わ」


その言葉に、男は目を丸くした。


「え? 君が?」


存在は、視線を人混みから逸らすようにして言葉を続ける。


「花を纏って、立つこと……少しだけ、興味があるの。でも、ここは人が多すぎて、息が詰まりそう。人間が群れている場所は、やっぱり落ち着かないのよ」


妹はそんな存在を見つめ、小さく微笑む。


「じゃあさ、町の外に小さな花畑があるの。あそこなら静かだし、人も来ないよ。……三人だけで、小さな式をやってみない?」


「……それなら」


存在の表情がわずかに和らいだ。


「本番は、いつかでいい。今回は形だけの儀式。簡素で構わない。少しだけ、記録に残しておきたいの」


「……記録って……」


男が苦笑する。


「また観察か……」


「ええ。式の意味も、言葉の意味も、行動の価値も、少しずつ……観察しておきたいの」


その真っ直ぐな目に、男は何も言い返せなかった。ただ、そこに確かな"意思"があることに気づく。

妹は明るく笑い、手を叩いた。


「よーし! じゃあ簡単な飾りを作って、ちょっとした衣装っぽいのも用意しちゃおう。わたし、こういうの得意なんだ!」


存在はその勢いに押されるように、しかし不思議と拒まず、そっと頷いた。

男はその後ろ姿を見つめながら、ぽつりとつぶやく。


「まさか、君がそんなことを言うなんてな……」


風が吹き抜け、教会の鐘の音が遠くに霞んでいく。

その一方で、三人だけの、小さな儀式の準備が静かに始まりつつあった。




「よし、じゃあわたし、衣装の材料を買いに町まで行ってくる!」


朝の光が差し込む家の玄関先で、妹は勢いよく声を上げた。胸元の小さなバッグを締め直し、気合の入った顔で男と存在を見上げる。


「ずっとね、衣装に関わる仕事をしてみたかったの。だから、こうして人のために何かを作るのって……すっごく嬉しい!」


「無理はしないでね」


と男が言うと、妹はにかっと笑って手を振った。


「だいじょうぶ。お兄ちゃんの嫁さんだもん、張り切って当然でしょ! 任せといて!」


元気よく駆け出していく妹の背を、存在はしばらく無言で見つめていた。

朝の町のざわめきが、通りを穏やかに流れていく。

存在はふと、男の方へ顔を向けた。


「……あの子、まだ私と知り合って、わずか数日よ」


男は、うん、と静かに頷く。


「それなのに、どうして。こんなにも私のために動いて、楽しそうにしているの?」


存在の声には、少しだけ戸惑いが滲んでいた。どこか、理解できないものに触れたような、慎重な問いかけだった。

男は少し考えてから、ゆっくりと答えた。


「……家族だから、だと思うよ」


「家族?」


「うん。僕たちにとっては、君はもう、家族の一員だ。だから、あの子にとってもそう。血のつながりじゃない。あの子はそういう子なんだよ。理由なんて、あの子にとってはどうでもいいのかもね」


存在は目を伏せ、短く風の音に耳を澄ませるように黙った。

男は続ける。


「妹は、きっと“何かをしてあげたい”っていう気持ちが、自分の夢と重なって嬉しいんだと思う。きっかけは些細でも……人ってそういう小さな幸せを見つけていく生き物なんだ」


「……人って、変ね」


「変だよ。でも、いい意味で変なんだ」


存在は、妹が駆けていった方角をもう一度見た。あの明るさが、自分のなかのどこかにぽつんと灯ったような気がした。


「……じゃあ、私も……家族?」


「当然だろ。僕の妻だからな」


男が照れくさそうに笑って言うと、存在は肩を少しだけすくめ、そっけなく答えた。


「形だけ、でしょう?」


「……そうだけどさ」


その返しに苦笑しながら、男は軽く頭をかいた。

風が吹き、遠くで教会の鐘がひとつ鳴った。

花畑での小さな式に向けて、三人の静かな時間が、少しずつあたたかく広がり始めていた。

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