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不老不死にはわからない  作者: ある
第一章 記録には残らないもの

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儀式

 部屋の窓辺に、ガラスの器がひとつ置かれていた。

 男がさきほど町から持ち帰ったブーケを、丁寧に水に差して飾っている。


「ほら、なかなかいい感じに収まったと思わない?」


 振り返った男の手に、ふわりと香りが残っていた。

 存在はその花に目を向け、わずかに首を傾げる。


「……あら」


「どうかした?」


「……君の手から、花の匂いがしたのかと思ったら……違うわ。私、なのね」


 男は目を瞬き、それからふっと笑う。


「気づいてたけど、君から……今日はすごく花みたいな、柔らかい香りがするんだ。なんというか、空気が静かになる香りっていうのかな」


「空気が……静かになる?」


「うん。落ち着くってこと。君がそばにいると、余計な言葉を探さなくてよくなる」


 存在はその言葉に返事をしないまま、窓辺の花に視線を戻す。

 月明かりを受けて、花弁の影が壁に伸びていた。


「……人間って、どうして儀式にしたがるのかしら。祝い事も、別れも、何かあるたびに形にして――今日は、その“群れ”を覗いたの」


「……群れ、か」


 男は花瓶の位置を少しずらしながら、言葉を探すように話す。


「儀式に限らず、誕生日とか……何かを成し遂げたときとか。たしかに、特別な日を作って残そうとすることは多いかもしれない」


「そんなことをしていたら、人生のほとんどが“儀式”で終わるじゃない」


「……考えたことなかったけど、そう言われたら、たしかに……」


 男は少し肩をすくめ、笑う。


「僕たち、人間って……誰かのために時間を使ってばかりいるのかもしれない」


 存在は、まるで感情を込めることを避けるように、あっさりと返した。


「哀れね」


 男はそれでも、否定せずに微笑んだ。


「……たぶん、確信が欲しいんだと思うよ」


「確信?」


「そう。出会った人との関係が、ちゃんと“あった”ってこと。名前や形や言葉で、それを確かめたい。

 それを相手と一緒に共有して、『僕たちは同じだね』って言いたいんだ」


 その言葉に、存在はゆっくりと瞬きをした。

 そして、問いかける。


「……私たちにも、そういう“確かさ”はあるのかしら?」


 男は少し考えてから、苦笑する。


「まだ曖昧だけど――いつかわかればいいね」


 会話が途切れ、部屋は再び静けさに包まれた。

 窓の外では、雲の切れ間から月がのぞいている。

 月光に照らされたブーケの花は、さきほどよりも、少し違う色に見えた。

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