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虚空の街  作者: 数ビット
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15/19

15

 雪が融けてから僕はまず安アパートに戻った。

 住んでいた街に何か変化があったかを確認する為で、また長く空けていた自分の部屋がどうなっているかを見ておきたかった。


 街はなにもかもが秋の頃のままで、吹き溜まった落葉が雪に埋もれていた。日陰の雪はまだ随分残っていた。あまり雪の多い土地だとは思っていなかったが、人がいなければこれほど雪が残るものなのだろうか。それとも人がいなくなった事で季節が変化したのだろうか。


 行きつけのコンビには自動ドアの閉め方が十分ではなかったようで床の敷物が吹き込んだ雪でぐっしょりと濡れていた。レジのカウンターに置いたお金はそのまま残っていた。どうやら誰もこのコンビニには来ていないようだ。


 僕は安アパートに戻ろうとして、あの歪んだ丸い影を思い出した。

 ビジネスホテルに寝泊りしていた時にはあの影は見かけなかった。ずっと寝てばかりいたせいかもしれないし、僕がこの街からはなれた事で影が僕を見失っていたのかもしれない。


 僕は用心しながら安アパートの自分の部屋のドアを開けた。部屋は出かける前に溜め込んだ食料などで溢れかえっていて雑然と散らかったままだった。自分の計画性の浅さに呆れるが、あの時は部屋の前に影が出現した事で落ち着いた行動が出来なかったのだ。


 僕は煙草で一息ついた後でドリップコーヒーでも入れようと思ったが、どうも面倒になってしまいインスタントコーヒーで済ませた。どうにも落ち着かない。またあの影が現れたらどうすればいいのか。


 地図を広げ、次の予定を考えた。

 いっそ東京まで行けば少しは状況が把握できると思った。この誰もいないという異変は一体どの範囲で起きている事なのかがわかるだろう。もし東京も誰もいない状態であっても、周辺の人が東京に向かっている筈だ。

 問題は交通機関が無く、地方都市の片田舎から自転車では数日かかるだろうという事だ。山も越えなければならないし、野宿する事になるかもしれない。


 僕が自動車やバイクに乗れれば良いのだが、既に殆どの車のバッテリーが上がっているだろうし、事故を起こしても救急車は来ないだろう。学生時代に知人が買ったスクーターに乗った時にアクセルの加減がわからず、ウィリーしてひっくり返った記憶がトラウマのように思い出された。原付バイクさえ僕は前に進める事が出来なかったのだ。


 僕は東京に向かう他にすべき事が無いかを冷静に考えようとした。勢いで行動する若さは無いのだから少しは思慮で補おうと思ったのだ。また街の様子を伺う為に少し時間を取りたかった。


 僕はあの影が怖かったので近くの一軒家に不法侵入して夜を明かす事にした。この程度の事ではあまり罪悪感も感じなくなってしまった。

 一軒家の子供部屋には石油ストーブが置かれていた。これがあれば僕は寒い思いをしなかったのにと思ったが、もう過ぎた事でもあった。まだ寒いが春の日差しが雪を融かしている。


 僕は気まぐれで、この一軒家の住人の誰かのスマートフォンを充電して中を覗き見る事にした。どういった人物がこの立派な一軒家に暮らしているのか興味が湧いたのだ。荷物からモバイルバッテリーを取り出し、見知らぬ誰かのスマートフォンの電源を入れた。ロックはかかっていなかった。

 画面には「部活のあとで駅前で”かいm”」と表示された。何かのメッセージを入力中だったようで予測変換に「垣間」「買いも」「買い物」などと表示されていた。


(持ち主は、スマホをいじっている途中で何処にいったんだ?)


 そしてようやく僕は気まぐれでスマートフォンを見るのではなく、この大異変の原因を知る為にスマホを調べる必要があったと気付いた。ネットに繋がらなくなった事でうっかり何も情報が得られないと思い込んでいたが、少なくともこのスマホの持ち主は……多分だが学校の友人とメッセージのやり取りをしている最中だったのだろう……その途中でスマートフォンを手放して姿を消した事になる。


 わかるのは、スマートフォンを手放す直前まで何の問題も無くごく普通の生活をしていたという事と、スマートフォンを手放してから戻ってこなかったという事だ。


 僕は他にスマートフォンがないか家捜しした。リビングに親のものと思われるものが見つかり、バッテリーを繋げて電源を入れた。ブラウザが表示され動画サイトを読み込もうとして通信エラーの表示が出た。この持ち主は動画を見ている途中でスマートフォンを手放したという事になる。


 僕は他の家にも入り込んでスマートフォンなどを探すべきかと考えたが、徒労に終わる事に気付いてやめた。得られる情報が「直前までは何も無かった」という事であれば何の役にも立たない。「直後に何が起きたのか」を知りたいのだ。

 だが理由はどうあれ所有者は使っている途中のスマートフォンを手放している。地震などの突然の災害か、突然消えてしまったのか、という事になるだろう。スマートフォンを使っている途中で突然消えるという理由はまるでわからないが、結果的には街から人は消え去っている。


(理由や原因はともあれ、「人がいなくなった事」は確実と考えるのが妥当……なんだろうな)


 それはいささかショッキングな結論だったが、これまでその可能性を感じながらも目を背けていただけに過ぎない。戦争や天変地異も荒唐無稽な考えだが、なんの痕跡も残さず何千何万という人々が非難したり移動したりという事も同じく荒唐無稽な事だ。

 僕だけが夢の中にいるという可能性も無きにしも非ずだが、ならば僕は安アパートで餓死している筈だ。この現実と思っている世界が涅槃なら、僕一人の為に誰もいなくなった街が用意されている事になる。


(一番の問題は、残された僕が主人公でもヒーローでも無い、ただの中年という事だろうな)


 映画であれば僕のような立場に陥った人間は世界を元に戻す為に原因を探り、都合よく原因がわかり、問題解決が出来る場所に向かい、そしてハリウッド風のハッピーエンドが用意されている。オーケストラの鳴り響くエンドロールは希望に満ち「そして世の中は平和になりましたとさ」という雰囲気を醸す。

 しかし人のいなくなった世界は静寂そのもので、鳥の声さえ聞こえてこない。


 もうすぐ1年が経とうというのに何もわからないまま僕だけ取り残され、これからどうすればいいのかもわからないまま呆けてインスタントコーヒーを飲んでいるのだ。


 僕は部屋を出て街をぶらぶらと散歩した。

 一応は久しぶりの街の様子を調べるという目的だが、季節の他には数ヶ月前との変化はなかったので、ただの散歩に等しかった。不法侵入や物品の無断拝借をする予定も無いただの散歩だ。


 街のはずれを見ると、遠くの山々の殆どが茶色に染まっていた。葉が落ちて枝だけになった木々が山を枯木色一色にしていた。まばらにくすんだ緑色も見えたが干からびた針葉樹の色だろう。


 市内を徘徊しビジネスホテルに長期滞在した事を考えれば、僕がこの街に留まる必要は無いように思えた。どこか知らない土地に移動しても寝泊りできる場所は幾らでもある。誰もいないのだから咎められる事もないし、誰かいたならむしろ好都合なのだ。


 この状況下で頼りになるのは自転車で、自動車やバイクは確かに便利ではあるがガソリンが作れば給油が出来ない。交通機関が無くとも自分の身体が動けば長距離の移動が出来る自転車は実用的なものと思えた。あまり荷物は積めないが現地調達すれば最低限で十分だろう。


 僕は地図を広げて何処に向かうかを考えた。隣の市町村の事はあまり詳しくは無く、どの辺りが賑わっているのかもよくわからないが、大きな道路を辿れば迷う事も無いだろう。

 何処に向かうも自由といった感じだが、最終的にはやはり東京を目指すべきだろうと考えた。出来れば東京に辿り着く前に僕以外の誰かを見つけ大異変の原因を知りたかったが、もし東京も誰もいないのだとしたら手がかりを見つける事は無理だろう。僕は最終的なゴール地点を東京と定め、あまり山を越えないで自転車で移動できるルートを考えた。


 この状況になってから既に随分と長い時間が経っているので、東京行きの予定も急ぐ必要は無かった。僕はあの歪んだ丸い影を警戒しつつも、もう少し暖かくなって行動しやすい季節になるのを待った。

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