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ビジネスホテルには雪が溶けるまでの4ヶ月ほど住む事となった。
街から誰もいなくなったという異変から8ヶ月が経った事になる。
冬の間は食料などの調達に労力の殆どを費やした。
なにしろカセットガスが足りなかった。料理の他に暖房もガス缶でまかなうには相当量が必要で、毎日を暖かく過ごすだけの量を確保する事は到底無理だった。街の何処かには灯油ストーブもあるのだろうが、誰もいない街から望むものを見つけ出すのは砂漠で砂金を探すのに似ていた。
なので寒さから逃れるには身体を動かすしかなかった。食料を探し、消耗品も探し、ホテルに持ち運んだ。出来ればビタミン剤なども入手したかったが、シャッターやガラスを壊さずに入れる店には置かれていなかった。
幸いな事にホテルの水道は使う事が出来た。しばしば赤錆が出たが、しばらく水を流せば綺麗な透明になった。水洗トイレも問題なく使えるようだった。
肉や野菜は未だカビが生じる事が無かったが、鉄分が酸化したような異臭が強くなっていた。カメムシの悪臭に似た臭いだ。食べる事を諦めかけたが、表面を水で洗えばなんとか食べられる事がわかった。生卵は白身が水のようになっていたが、加熱すれば問題なく食べる事が出来た。
食料などを持ち帰った後、1時間だけストーブに火をつけた。何も考えずにただ身体が温まるのを待ち、それから食事を作って食べた。栄養バランスが気になるところだが、一番不足しがちなのは水分と塩分で、意識して摂るようにしないといつのまにか動く気力が失われた。
そうした日々を1ヶ月ほど続けた頃、積雪の多さで何処にも行けなくなった。
駅前のビルが並ぶ一帯は風が渦巻いて雪が吹き溜まっていた。歩道から建物にかけては膝よりも高く雪が積もり、場所によっては1メートルほどの小山になっていた。踏み固めて歩く事も難しく、スコップで除雪して道を作るのも難しかった。
幸い、食料はしばらく持つだけの蓄えがあったし、水も大丈夫だった。無理をして凍傷になれば治るまで不自由な日々になるだろう。誰の助けも得られないのだから自分の身は自分で守るほか無かった。
そうして冬が過ぎるまでビジネスホテルの部屋に篭る日々となった。
(……これでは街から人がいなくなる前の生活と同じじゃないか)
ガス缶の節約の為に布団にもぐりこんで寒さをしのぎながら、再び鬱屈した気分に沈む毎日を過ごす事となった。
僕以外の誰もが……人に限らず木々は枯れカビも生えず生命体と呼べるものが尽く姿を消した大異変に際しながら、僕はその大異変の前と何も変わっていないのだ。
僕は僕自身に呆れ果てた。
若くもなく、才能もなく、資格や能力も持たない僕は、唯一生き残った人間でありながら、何も出来ないのだ。
まだ僕が唯一の生き残りだという確証は無い。僕の行動した範囲内でしか大異変の様子を把握していない。もっと大都市に行けば、または外国に行けば誰かが普通に生活しているのかもしれない。どうしてこうなったのかもわからないし、なぜ僕だけが残されているのかもわからない。
逆を言えば、僕が見てきた範囲では確実に誰もいなくなっている。僕が不法侵入しても盗んでも裁く人間がいないのだ。食べ物は腐らず、植物は枯れ果てている。どこかに無事な人間がいたとしても、人が消え去ったこの街に調査や救援に来る気配も無い。スマートフォンを充電してネットを見ようとしても繋がらず、街に点在する公衆電話は発信音さえならない。
僕は僕の他に誰かがいる筈だと考えて市の中心部までやってきたが、常に「どうせ誰もいやしない」という考えがつきまとうようになっていた。その考えは僕が人を探し「誰かいませんか」と声を出すたびに強くなっていった。
そうして僕がビジネスホテルに引きこもり続ける日々は2ヶ月ほど続いた。
鬱蒼としたネガティブな気分が当たり前になり、寒さで気力も無くなり、ただ眠る事だけを目的に生きているような状態になった。眠る為に目覚め、眠る為に食事を取り、寒さから逃れる為にベッドに潜り、眠り、トイレに行きたくなって目覚める。
気力というものがすっかり消え去ったが、眠る事は次第に楽しい事となっていった。
眠れば夢が見れるからだ。
夢の中では、幼少の頃の光景や、学生時代の状況、またはまるで見覚えの無い場所に懐かしさを感じたり、すっかり忘れていた付き合いの浅い知人と出会ったり、既に亡くなった両親と世間話が出来た。時には病院の中を彷徨う夢や、バラック小屋の並ぶ夕暮れの片田舎で迷子になる夢なども見た。少し恐ろしい夢でさえ僕が失いかけている感情が刺激される楽しさがあった。
病院の夢の中では、僕はどの部屋に行けばいいのかわからず消毒液の匂いが漂う病院の中をあちこち歩き回った。くすんだ緑色の壁の廊下の天井は高く、裸電球の眩しさが廊下の隅に濃い影を作る。手術道具を運ぶ看護婦が僕の横を通り過ぎる。僕は手術室には近付きたくないと思いながら、ガラス張りで中が見える病室での治療中の様子から目を背けながら、どこに行けばいいのかと彷徨い続けた。
バラック小屋の並ぶ片田舎の夢では、オレンジ色の夕日がバラック小屋を絵本の切り絵のように見せた。周囲は草原で道路は舗装されていないあぜ道、電信柱は木製で、戦前か戦後間もなくの頃といった雰囲気だった。僕は帰らねばと思ったが帰り道がわからない。霧絵のようなバラック小屋の中から誰かが見ている。その誰かはやはり切り絵の絵本のような姿だった。僕は帰りたいのにあぜ道に立ち尽くす事しか出来ないでいた。
夢から醒めると、夢はすぐに薄れて消えていった。
とっくに見慣れたビジネスホテルの部屋の様子が昨日の続きの現実である事を思い出させる。僕はしばらく夢で見た光景を忘れないように反芻したが、大体の夢はインスタントコーヒーを飲んでいるうちに忘れて思い出せなくなった。
窓を開けて雪の積もった街を見下ろしたが、雪は道路を覆い隠したままで、他の誰かの足跡も無かった。
食事は少し大目に食べるようにした。満腹で気分が少し悪くなったほうが寝込んで眠りに落ちやすいからだ。寝ている間に体温も高くなりやすい。どうにもならない事を悩んでも仕方がないと考えると、全てがどうにもならない事なので何も考える事が無くなった。
余計な事は考えるな、余計な事は考えるな……と念仏のように唱えながら1ヶ月も経つと、本当に余計な事は考えられなくなっていた。溜め込んだ食料はまだ十分にある。まだ食べた事の無いインスタントの味がある。それを試した後は夢を見ればいい。夢の中なら誰かがいるし、誰もいなければ次の夢を見ればいい。
そうした鬱屈した考えも1ヶ月を過ぎた頃に少しずつ弱くなっていった。冬が終わりに近付き日差しが暖かくなってきたからかもしれないし、ネガティブな精神状態に沈み過ぎた事への揺り返しかもしれない。春が近付くにつれて程々の鬱気分に収まっていた。
少しだけ元気のようなものが戻ってくると、自分の不潔さに嫌気がさしてきた。着たきり雀で寝てばかりいたので衣服は汗と皮脂汚れで酷く汚れていた。僕はコンビニに僅かばかり置いてあった下着に着替えた。汚れた服は洗濯しようと思ったが冷たい水での洗濯は大変だし乾きそうもないので捨てる事にした。
それから数日後には積雪が減ったので外に出た。凍ったドアを開けるのには苦労したが、久しぶりの外気は気分が良かった。遠くに出かけるのはまだ先になるだろうが、近くであれば移動できそうだった。




