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市の中心部には駅に併設されたショッピングモールがあり、雨風をしのげる場所は十分にあった。とはいえその空間の殆どのシャッターは閉まっていて、自由に出入りできるのは深夜12時以降も列車の到着予定のあった駅の辺りだけだった。キオスクさえシャッターが閉じている。
また駅周辺もショッピングモールに繋がる通路も外気と殆ど同じ寒さだった。電気が通っていないので何処も薄暗く、人の気配も無かった。
駅とショッピングモールを繋ぐ通路の片隅にガスコンロを置き食事を作る事にした。
ここは常時であれば最も人が行きかう場所なので、この近辺で僕以外の誰かを探す拠点にしようと思ったのだ。僕がいない時に誰かが来れば、僕がいた痕跡に気付くかもしれない。
またこんな場所を拠点に出来るのかという事も実際に試してみたかった。立派な建物も電気が失われ空調が止まっていると野外と大差がなかった。
鍋にペットボトルの水と米を入れ、ガスコンロの火をつけた。炎が揺れ、建物の中も微風が吹き込んでいる事がわかった。どうりで寒い筈だ。雪が降る頃にはここを拠点にする事は難しいかもしれない。
鍋が煮立ったので弱火にする。日本に生まれてよかったと思うのは、米があれば大体どうにかなるという事だ。コストパフォーマンスが高く保存も利く。案外適当に炊いても食べられる。おかずが無ければ塩を振ればいい。もし肉が主食の国だったら僕は餓死していたかもしれない。
炊いた米を蒸らしている時間、僕はこの近辺をどのように探索するかを考えた。地図を広げてみるがアテがあるわけでもないので判断に困る。
寒いので小さな鍋で湯を沸かしインスタントコーヒーを淹れた。食料は現地調達するつもりなので荷物にはあまり入れて来なかったが、ペットボトルの水と米とコーヒーは用意していた。
(闇雲に人を探しても見つけ出すのは難しそうだ)
鍋のご飯を半分ほど食べ、残りはラップに包んだ。
昼下がりの駅構内は奥に行くほど暗く、寒かった。スマートフォンの電源を入れたが、やはりネットに繋がる様子は無かった。僕は寝袋やガスコンロなどの重い荷物を床に置き、最低限の物を持って駅を出た。
駅前のタクシー乗り場のある広い場所で、僕は何度か「誰かいませんか」と声を張った。
耳を済ませて返事を待ったが、立ち並ぶビルの屋上が風を切る音しか聞こえてこなかった。鳥の声も有線放送の音楽も聞こえてこない静寂だった。
僕は改めて地図を広げ、周囲の公園とコンビニの場所を調べた。
そして手近なコンビニに入って大きなビニール袋を拝借した。そして公園に向かいながらビニール袋に落葉を集めた。公園でも落葉を袋に詰め、大きなビニール袋2つ分の落葉を抱えて駅前に戻った。
駅の周囲を探して四角い縦型の灰皿を見つけ、それを抱えて駅前の交差点の中央まで運んだ。
そして蓋と吸殻入れを取り出して、金属製の四角い筒となった灰皿に落葉を詰め、用心しながらその落葉に火をつけた。乾いた落ち葉は次第に大きな炎を上げて燃え上がっていった。
(うまくいくかはわからないが、もし誰かいればのろしに気付くかもしれない)
公園で火遊びした時のように火をつければ危険だが、のろしを上げるという方法は名案ではないかと思った。
もし誰かがいたとすれば、僕のような何ものかわからない者が声を上げても警戒するかもしれない。僕以外の誰かが何人も集まっていたとすれば尚更だ。誰もいなくなった街で小さなコミュニティを形成している人達がいたとすれば突然現れた部外者を危険視するかもしれない。
とはいえ僕の目的は他に誰かがいるのかを探しているだけだ。もし話が出来れば「どうしてこんな事になっているのか?」を尋ねたかったし、もしそれが叶わないとしても僕以外に誰かがいるとわかるだけで十分だった。中年一人には消費しきれないほどのものが街中にあるのだし、不法侵入や火事場泥棒が裁かれないなら心配事も減る。
灰皿で作った即席の焚き火は北風で火の粉が散る事は無かったが、詰め込んだ落葉の上のほうが燃えると火が弱まった。吸気孔が無いので奥まで燃えないのだ。僕は落ちていた街路樹の枝で落葉をつついて燃やし、火が弱まったらビニール袋に残っている落葉を追加投入した。
僅かな煙を短時間だけ立ち上らせてものろしとしての効果は薄いだろう。長い時間燃やし続けるほうが効果があるだろうし、焚き火をしていれば北風の冷たさも少しは紛れる。きょうは夕方まで火を燃やし続けるつもりだ。
木の枝で詰め込んだ落葉を掻き混ぜながら(僕は交差点の真ん中で何をしているのだろう)と思った。
人がいなくなった事で僕はこんな奇妙な事をしているのだ。
まるで現実味が無い……まるで夢の中のようだ。
あまり大きな炎にならない焚き火の火を眺め続けているうちに、これは本当に夢の中の事なのではないだろうか?と錯覚しそうになった。
夢でなければ、本当は僕は既に死んでいるのかもしれないとさえ思った。
そもそも街中の人間が何の理由もなく一斉に消え去り、僕一人だけが何の理由も無く取り残されたという状況が変なのだ。人が消え去ったのなら何かの理由や原因がある筈だが、4ヶ月経ってもその原因の断片さえ見当たらないのだ。
ならば街から人がいなくなったのではなく、僕一人だけが何かの異常で人がいなくなったと錯覚していると考えるほうが幾分現実味がある。その錯覚の理由が夢の中なのか死んでいるのかは自分ではわからない。僕はまだ生きていると思っているし、昨晩もコンビニの固い床に寝袋で寝た時には何某かの夢を見ていた気がする。目覚めた時には身体の節々が痛んだ。その痛覚が錯覚とは思えないし、いまもまだ肩が凝っている。
ではこの状況は一体何なのか?
4ヶ月も僕は誰とも会わず、停電した電気が復旧する様子もなく、ネットも繋がらないままだ。木々は枯れ、スーパーの食品にはカビも生えない。こんな状況は学校の教科書に書かれた過去の人類史に一度も無かった筈だ。恐竜が絶滅した時のように巨大な隕石が落ちたわけでもないだろう。
……隕石ではなく、核爆弾ならどうだろう? 爆発すれば電磁場で精密機器が壊れるそうだし、放射能で植物が枯れる事とも符合する。放射能から逃れる為に街中の人が何処かに避難し、僕だけが取り残されたのかもしれない。
その考えを頭の中で答え合わせしてみる。孤立無援の中年がアパートに引き篭もっていたのだから避難指示に気付かなかった可能性は低くない。テレビもラジオも見ないし誰からの連絡もないのでネットも普段は殆ど見ていなかった。生肉が腐らないのも放射能が原因かもしれない。確証など無いが、一番理にかなった可能性ではなかろうか?
だとすれば、どうして僕しかいないのかという僅かな疑問が残るだけだ。
落ちぶれた中年は僕以外にもいる筈だと思っていたが、核爆弾か何かで街中の人が避難した事に気付かない間抜けは僕しかいなかったのかもしれない。90年代の不景気で失敗を重ねたのも僕一人だったのかもしれないし、再起の展望も無いまま歳を取って両親の残した金で安アパートに引き篭もっていたのも僕だけだったのかもしれない。
そんな筈は無いと思いたかったが、僕に似たような人間と僕は出会っていない。時々眺めるネットニュースで不幸な人生の人の記事を目にした事もあったが、実際には僕よりも不幸ではなかったのかもしれないし、実在しないフィクションだったのかもしれない。
(結局、僕だけがどうしようもない人間だったのかもしれない)
妙な笑が込み上げてきた。自省でもなく自虐でもなく、どうにもならない中年が交差点の真ん中で焚き火をしながら自身の間抜けな人生を痛感している事が滑稽だった。僕を道化として描いた映画を見てみたいとさえ思った。もちろんそんな映画は誰も見ないであろうが。
焚き火に落葉をくべながら見上げると、焚き火の煙は案外と低いところで拡散して見えなくなり、駅前のビルに囲まれた交差点から立ち上るのろしの煙は誰にも見えないように思えた。置いてきぼりの僕は誰もいない街で無意味な焚き火をしているだけなのだろう。
(何をしても僕は駄目な奴だ)
ビニール袋に詰め込んだ落葉も多すぎたようで、2袋あるうちの1袋しか使い切らないようだ。
そろそろ日が沈むので焚き火をやめて駅の拠点に戻ろうと思った。適当に何かを食べて寝袋にもぐりこみたかった。
西日でビルの影が駅前の街を暗くした。
恐ろしい夜闇に包まれる前に拠点に戻り眠ってしまいたいと思った。
(……何故、闇が恐ろしいのだ?)
唯一理屈で説明出来ない事があった。あの歪んだ丸い影だ。
夢を見ている僕の妄想、核か何からの避難から取り残された僕の幻想、僕の頭が変になって周囲の人間が認識出来なくなっている可能性……そういった理屈とは別の、本能から湧き上がってくる闇への恐怖。
歪んだ丸い影は動植物とか自然現象・物理現象とは無関係のように動き、その動きも人間や動物の持つ意識とは異なったもののように思えた。虫のような動きだったようにも思える。実体を持たないのに影として存在しているのだ。
思い返せば、核などの世界的災厄であればネットが見れた時にその情報が刻まれていた筈だ。人々が一斉にネットをやめたような更新時刻の不自然さにも説明がつかない。何の騒ぎも無く静かに街中の人が何処かに避難したというのも考えられない。何軒も不法侵入した一軒屋の中は先程まで人がいたように感じられたし、財布は置きっぱなしで貴重品を持ち出した様子もなかった。
(間違った事を考えるな、わからない事をわかったと勘違いするな。この状況下でも正しい事を見つけ出さないと、僕はまた間違った人生を増やしてしまう!)
僕は街から人がいなくなる前から人生に絶望していたし自分を見失っていたが、それで満足していたわけじゃない。抜け出せるなら抜け出したいと思っていた。街から誰もいなくなった理由を自分のせいではとネガティブに考えても、間違った考えなら何も意味が無く、ただ愚かなだけだ。
僕は焚き火の火がある程度燃え尽きた事を確認してから駅の拠点に戻った。
もし残り火の火の粉が飛び散って周囲で火事が起きたとしても、夜の火事なら誰かが気付くだろう……誰かがいればだが。




